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介護貯金 [ちょっと、一息 36]


[家]介護貯金



    「太田元総理」という番組で、超高齢化社会に向けて、元気な高齢者の力を社会に還元するにはどうしたらいいか----という議論がなされていた。

    そこで、タレントから、

    「元気な高齢者(もしくは、40歳以上の人たち)たちには、要介護の高齢者たちの介護をお願いし、その労働期間をポイント制として、今度は自分が介護される側になった時に、無料で介護を受けられるという権利である『介護貯金』のようなものを整備してはどうか?」

    との意見が出されていた。

    実は、この『介護貯金』についてだが、わたしもこのブログの過去ログで2009年3月に同じようなことを書いていた。


    ~今日の雑感~


    (文頭略)一つ思い付きました。「介護労働年金」という物です。これからの少子高齢化社会は、団塊の世代が高齢化してくることで、ますます年金の給付額にも影響が出て来るといいますよね。「こんなことでは、自分が年金をもらえる年齢がドンドン先送りされて、きっと七十歳以上にならないともらえないようになるんじゃないだろうか?」とか、「今の給付水準を維持するなんて、どう考えても無理だろうから、たぶん、かなりもらえる金額は減らされてしまうんだろうなァ」と、考えれば考えるほど悲観的な未来像になりそうです。そうなれば、年金を支払おうなんて思う人も減少することは当然で、将来の老齢化社会の困窮は目に見えています。
    そこで、心配なのは、高齢になった時に、もし介護が必要となったら、何処で誰に面倒を見てもらうかということです。頼りの年金がほとんどもらえないとなれば、地方自治体が行っている介護サービスも満足に受けられないという可能性も・・・・。では、お金はないけれど、体力ならあるという若いうちに、自分が老後受けるであろうと思われる介護のための蓄えをしてしまおうというのが、この「介護労働年金」です。老人福祉施設やグループホーム、病院、もしくは訪問介護など、自分の家族以外の人の介護をすると、その分が、今度自分が年を取った時に介護サービスとして受けられるというシステム。もちろん、年金との併有受給も可能。
    こういう、いわゆる労働貯金のようなものがあれば、無報酬でも、皆さん率先して介護現場へ出向くのではないでしょうか?かつて、聞いた話では、ドイツには、徴兵制度のようなものががあるのだそうですが、兵隊になるか、それとも介護現場で働くか、二者選一が出来るのだとか。------ただ、この、我が「介護労働年金」構想にも、穴はありまして、このシステムを利用したい人たちのための育成費用をどこから捻出するのかとか、自分が今度面倒を見てもらう段階になったら、少子化により、介護する側の若者たちが減ってしまい、自分の番まで回ってこないということもあり得る訳で・・・・。まあ、所詮は素人の戯言ですから、あまり現実味はない話ではありますけれど・・・・。(^_^;)


    この記事では、『介護労働年金』としてあるが、正に、『介護貯金』のことである。

    ようやく、こうした発想が世の中に出てきたことが、ちょっと嬉しかった。

    これが実用化されれば、もらえる年金が少ない高齢者も、少しは安心の老後が送れるのではないだろうか。

    それから、番組内で東大の現役学生たちが提案していた、「災害時に被災地へ学生パワーを投入するための災害時緊急派遣訓練を、学生に義務づける」というものも、悪くないように思った。

    避難誘導、消火活動、行方不明者捜索、救護、炊き出し、非常用食料運搬と配布、衛生(トイレ管理)、交通整理、避難所確保と割り振り、安否情報整理と発信、その他情報収集と発信、非常用衣類や生活用品の運搬と配布、支援物資仕分け、学童への勉学支援及び乳幼児保育、高齢者や身障者の介護と介助、カウンセリング補助などなど・・・。 

    ボーイスカウトやガールスカウトのような組織を作り、いざという時は、都道府県や市町村と連携、協力してすみやかに出動できる態勢を組んでおくと便利かもしれない。

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色々おしゃべり 52 [ちょっと、一息 36]


[時計]色々おしゃべり 52


    
    今日は、朝から通院だの買い物だので大忙し。[あせあせ(飛び散る汗)]

    病院の駐車場はいつも止めるところが満杯だったので、とうとう未知の領域である立体駐車場へ入ってしまった。

    院内は大勢の患者でひしめき合い、椅子がなくなるほどの込み方で、ついに看護師さんたちが補助椅子としてパイプ椅子を動員。

    「血圧、ちょっと高めですね」

    と、新しい担当医の先生。

    「なんか、イライラしてしまって・・・」

    正直に答えると、先生は納得顔で苦笑していた。

    帰りに処方箋を持って入った薬局では、隣に腰かけていたおばあさんが、店内の暖かさでつい居眠り。

    薬剤師さんが何度か名前を呼んで、ようやく目を覚ました。

    「病院へ来ると疲れてしまって・・・」

    と、おばあさん。

    その気持ち、よく判ります。






    ----というようなこととは反対に、人の気持ちが判らない人、自分のことしか考えられない人----ということで、知恵袋にこんな投稿があった。

    投稿主は若い主婦。

    夫婦共働きなのだが、時間のやりくりをして、夫のために一生懸命ご飯を作っているというその主婦が、ある時ミント風味の料理を作ったのだという。

    自分では、なかなかのおいしさだと自負する出来栄えで、夫にそれを出したところ、夫は「歯磨き粉の味がする。とても食べられない」と言い、吐きそうになったとのこと。

    こんなおいしいものに、どうしてそこまでの言い方をするのか----と、ショックを受けたその主婦は、料理をすべてゴミ箱へ捨ててしまったのだという。

    そして、「ミントの味がする料理だって世の中にはある。これがおいしく感じられないのは、夫が変なので、わたしが悪いのではないと思うが、それだけではなく、夫は、わたしの作る料理によく文句を言う」と、不満タラタラだ。

    夫は、「これからは、コンビニのおかずで済ませたり、外で食べたりするから」と言い出す始末。

    人の気持ちの判らない夫に腹が立つ。皆さんの考えを聞かせて欲しい----という内容だった。

    

    回答者の多くは、

    「夫がミント味が嫌いなら、次は違う味付けにするね・・・で、話は終わりなんじゃないの。食べられないと言っている相手に対して、それでも自分の味覚の方が正しいと押し付けるのは変」

    「人の気持ちが判らないのは、あなたの方。自分の尺度でしか物事を考えられないなんて・・・」

    「旦那さん、あなたみたいな奥さんによく我慢しているなァ・・・」

    「世の中の料理に、ミント味の物がいくつあると思っているんですか?もしも、そんなものにチャレンジするならば、ミントの量を少なくするとか、食べる人への心遣いがあって当然。もっと、料理をしっかり勉強して下さい」

    という反応だった。

    この投稿を読んで思うことは、殊に女性は、相手の反応はこうあるべき----と、決めつけやすい傾向があるということである。

    回答の中にもあったのだが、女性である投稿主は料理の味をけなされたことを、自分への全否定と捉えてしまい、せっかく作ったものをゴミ箱へ捨てるというような極端な行動に走ってしまったのだろう。

    ところが、男性である夫の思考はこれとは異なり、料理の味付けが下手ならそれを直せばいいので、投稿主そのものを否定するつもりなど全くないのである。

    すべてかゼロか----でしか物事を判断できない女性と、それはそれ、これはこれ----と考える男性とでは、よほどしっかりと会話をしなければ、判り合えるはずもないのであろう。

    男性には、「妻が食事を作るたびに、『おいしい?』と、訊いて来るのだが、まさか『まずい』とは言えない」と、ぼやく人も多い。

    ある男性がこんなことを話していた。

    「お前の料理、いつも小料理屋で客に出すことを考えて作れば?----と、妻に言ったら、とんでもない冒険はしなくなった」

    なるほど、面白いアイデアである。

    さて、あなたなら、奇想天外な料理を自慢する奥さまを、何と言って諭すだろうか?

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色々おしゃべり 51 [ちょっと、一息 36]


[夜]色々おしゃべり 51


   
    昨夜の午前二時ごろのこと。

    外でいきなり男性の大声が-----。

    「また、来やがったのか!!何してんだ!?」

    何が起きたのかと、こっちも驚いて目が覚めたのだが、しばらくして、近所の家の横に警察官が何人もやって来た。

    朝になって、その家の人に事情を訊くと、

    戸外に駐車していた自家用車のドアの鍵をこじあけようとした者がいたので、怒鳴りつけたら、慌てて自転車で逃走したのだという。

    車内を物色しようとしていたのか、それとも車自体を盗もうとしていたのかは判らないが、現場を見付けた息子さんが追いかけたのだが、相手は自転車なので捕まえることが出来なかったのだそうである。

    でも、また----と、いうことは、以前にも狙われたことがあるということなのか?

    そこまでは詳しく訊かなかったが、不況が長引くせいで、こんな泥棒まで出没するようになってしまったのだとしたら怖い話である。

    警察には、しばらく近隣を夜間パトロールして欲しいと、お願いしたとのことだった。
   
    



    「家庭の医学」という番組で、長野県の寝たきりランキングは意外にも高い方だった。

    つまり、長寿ではあるが、寝たきりになる高齢者が多いということのようだ。

    寝たきりにならない都道府県別では、埼玉県が一位。

    県民あげてのサッカー人気が高く、高齢者でもサッカーに興じる人が多い。

    自転車に乗る人が多く、自然と足腰が鍛えられている。

    犬を飼っている家が多く、犬の散歩を日課にしている人が多い。

    このような理由が考えられるそうである。

    つまり、自転車利用率が高いということは、埼玉県は平たん地が多いということでもあるのだろう。

    土地が平らだと、人は歩くことに抵抗感をあまり持たなくなる。

    ところが、長野県のような山間地では、何処へ行くにしてもアップダウンがきつくて、自転車などでの買い物や通勤通学は難しい。

    若い頃から農作業で身体を酷使しているので、筋肉や骨への負担が大きく、膝や腰を痛めている人の割合が高い。

    急峻な地形が歩きに適さないために、自ずから自動車移動が多くなる。

    豪雪地域が多いことや冬が長く夏が短い、一年の寒暖の差が激しいなどなどで、高齢者が家の中で過ごす時間が長くなり、必然的に足腰が弱ったり、認知症発症のリスクが高まる。

    高齢者が長寿であるために、寝たきりになっている人の割合が他の都道府県よりも多い。

    長野県に寝たきりの高齢者が多いということには、それらもろもろの理由が考えられるだろう。

    そう考えると、長野県の長寿日本一は、ある意味とんでもなく奇跡的なことといえなくもない。

    他の都道府県民の健康は、日々の何気ない食事や生活環境から導き出されているものであるが、長野県民の健康は、県民全体が長年にわたり一生懸命努力してきた成果なのである。

    そうでもしなければ、こんな過酷な場所に住んでいる人々が長寿になどなるわけがないのである。

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変化はストレスを生む [ちょっと、一息 36]


[演劇]変化はストレスを生む



    この前、洗面所で懸命に顔を洗っている夢を見た。

    顔を洗うという夢は、恋愛や友達関係で、良い意味での新しい出会いがあるという暗示だとか・・・。

    因みに、髪を洗う夢は、発想の転換でいい結果が得られる可能性があるということだそうだ。
    



    高齢になればなるほど、身の回りの変化に心身がついて行けず、大きなストレスになるという。

    たとえば、家庭内にショックな出来事があったり、これまで住んでいた場所から別の地域へ引っ越す、もしくは、家を建て替えたということだけでも、気分が落ち込んだり、体調を崩したりすることも多いそうである。

    歳をとるにつれて新しい環境への順応性が乏しくなるということに加え、これまでの日常が歪められるということに対する拒絶反応が激しくなるということのようである。

    病院で見かけた光景だが、今までの担当医が変わるということだけで、驚きのあまり泣きだしてしまった高齢女性もいるし、「裏切られたような気分だ」と、憤慨する女性もいた。

    隣家の家族が別の街へ引っ越すとい聞いた途端、食事が喉を通らなくなった人や、果ては、いつも明るく応対してくれたスーパーの店員さんが店をやめると聞いただけで、気分が悪くなり寝込んでしまったという人もいる。

    「そんな、まさかその程度のことで・・・」

    若い人は笑うかもしれないが、高齢者にはそれだけでも天変地異が起きたような衝撃なのである。

    高齢者が抱える寂しさや不安感は、若者の比ではないという。

    日暮れが訪れるだけでも恐怖だという人もいるくらいで、極端に刺激を嫌うのも高齢者の特徴なのである。

    そして、そんな身の周りの変化がストレスを呼び込み、そのストレスから逃げ出すための思考力の減退が、必然的に認知症になる確率をも高めるのだそうである。

    何十年にも渡り欠かさず観ていたお気に入りのテレビドラマが終了したことで、一気に認知症が進んだというお年寄りもいるそうだ。

    若者は、とかく刺激が欲しくて世の中に変化を求めたがるものだが、今や超高齢社会となった日本では、大きな変化はむしろ国全体の命取りになる可能性もあるのだ。

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色々おしゃべり 50 [ちょっと、一息 36]


[喫茶店]色々おしゃべり 50



    皆さんには、こういう経験はないだろうか?

    相手が話した内容を、あとでこちらが、

    「この間、~~って言っていたけれど、あれはどうなったの?」

    と、訊ねた際、その相手が自分から話したことをすっかり忘れた様子で、

    「何の話?・・・」

    とか、

    「へ~~、そんなことあったんだ」

    などと、まるで人ごとと言わんばかりに記憶にないかのような反応を見せることが・・・。

    わたしの知り合いに、しょっちゅうこうした態度をとる女性がいる。

    先日も、彼女が仕事をやめたというので、理由を訊ねると、

    「主人が会社から帰って来た時に、わたしが家にいる方がいい----っていうから」

    と、答えていたのに、次に彼女に会った時、

    「ご主人、帰ってきた時に奥さんが家で待っていてくれるようになって嬉しいんじゃないの?」

    と、言うと、彼女は何とも怪訝な顔つきで、

    「別に、わたしがいてもいなくても、主人には関係ないけれど・・・。あたしが仕事やめた理由、そんな風に聞いてたの?」

    などと、まるでこちらが誤った情報を仕入れていたような反応なのだから、驚くやら呆れるやら----。

    自分がいったい何をしゃべったかということも忘れているということは、かなり彼女の記憶力が怪しくなっているのではないかと思うのだが、どうやらそう単純なことでもないらしく、

    「実は、彼女の口から出ることは八割がたその場の思いつきのようよ。仕事をやめたのだって、彼女自身が疲れてしまったからで、ご主人はむしろ続けて欲しかったようなんだから・・・」

    との経緯を後日知り合いから聞いた。

    つまり、記憶力の問題というよりは、もともといつも何かにつけても上の空で返事をしているというのが真相のようだった。

    しかし、そういう態度は大人としてどうなのだろう・・・と、思ってしまう。

    信頼度ゼロのレッテルを貼られても仕方がない。

    とはいえ、彼女に限らず、近頃は人の話を覚えていない人が多くなった。

    何回同じ内容の話をしても、その都度まるで初めて聞いたような反応なのだ。

    それだけ、皆、自分のことばかりに真剣で、他人の事情などにほとんど関心がないということなのだろう。

    たまに、「この前もそう言っていたよね」などと言われれば、「おいおい?覚えていたのかい」と、逆にビックリしてしまう。

    学生の頃は、友達同士あうんの呼吸で判りあえたことも、今や人と会うたびにまた最初から同じ話題の蒸し返しである。

    時間がいくらあっても足りやしない。

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色々おしゃべり 49 [ちょっと、一息 36]


[カバン]色々おしゃべり 49 



    ゴールデンウイークだというのに、街中は閑散としている。

    旅行客に訊けば、

    「祝祭日や休日になると、ホテル旅館宿泊費が割り増しになるでしょう。だから、出来るだけそういう日は避けて旅をするようにしているの」

    と、言う。

    で、今度はこの状況を宿泊施設側に訊ねれば、

    「今のお客さんたちは、交渉が嫌い。

    問い合わせ電話をかけて来た場合でも、『いくらいくらまでしか出せないんですが・・・』と、交渉してくれれば、こちらもそれなりの宿泊プランを提案させてもらうんだけれど、そういうことを一切せずに、値段を聞いただけで諦めて電話を切ってしまう。もっとすごいのは、ホームページの宿泊料金を見ただけで、問い合わせすらしないという人も・・・。

    今の人たちは、他人とのコミュニケーションが苦手な分、かなり損をしているんじゃないでしょうか?」

    とのことだった。

    世間体を気にするのか、それとも面倒くさがりなのか、自分から何かを切り開くという意欲が足りないらしい。

    こんなところにも、需要と供給のアンバランスが見て取れる。

    クレームは平気で付けるのに、交渉事は苦手というのもおかしな話だが、それが今風の人間の生き方なのだとしたら厄介なことである。

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    ***  雲一つなかった今日の空と桜





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大家と店子 [ちょっと、一息 36]


[家]大家と店子



    これはあくまでも一般論としての私見だが・・・。

    アパート経営をしてみると判るのだが、いわゆる大家と店子の関係は、微妙なものがあり、大家が店子のことにあまりに干渉し過ぎたり、大家が貸家の近くに住んでいたりする場合、その物件への入居状況は芳しくなくなるということなのである。

    つまり、店子にとっての大家は、いつもは遠くにいて店子のことに関心を持つことはないが、店子が部屋が水漏れしたとか、隣近所がうるさいなどの苦情を訴えた時だけは、手厚く面倒みてくれるような立場が理想なのである。

    おそらく、ブログも同じようなことが言えるのではないだろうか。

    大家であるサイト運営側と、店子であるブロガーとの距離が近しく、何かとブロガー側に干渉して来るサイトはあまり居心地がよろしくないということになるのかもしれない。

    ブロガーは、自分の書いている記事が常に運営者の目に触れていることを望まないし、かといって、サイトに不満がある場合は即座に是正して欲しいと思うものである。

    ましてや、運営者側が記事の削除などをブロガー側に申し入れる際は、何故削除しなければならないのかという詳細を、きっちりブロガー側に説明することが望ましく、それが出来ないようなサイトは必然的に人気がなくなるということになろう。

    また、運営側が一部のブロガーと過剰に親密だったり、それが他の多数ブロガーの周知するところとなったような場合も、利用者たち間に興醒めが起きる原因にもなる。

    言いたいことがあるなら、ちゃんと店賃を払ってから言え-----と、いうことにもなるのかもしれないが、もしも大家が全利用者から店賃をとることにでもなったら、ほとんどの店子はそのアパートを引き払って、別の借家へ引っ越すだろう。

    くどいようだが、ここでは一般論としてブログというものを考えている。

    決して、ある特定のサイトについて述べている訳ではないことをご理解いただきたい。

    世の中は、持ちつ持たれつ----何事においても、大切なのは相互の距離感なのかもしれない。

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何か変・・・? [ちょっと、一息 36]


[本]何か変・・・?



    実は、もうかなり前から奇妙に感じているのだが、向こうのサイトのアクセス数が何者かに操作されているような気がしてならないのだ。

    事情通に聞けば、そういうことはあり得るとのことだが、もしもそんなことが実際に起きているのだとしたら、何とも利用者をバカにしているといわざるを得ない。

    どうして、そんな印象を持ったかといえば、常にアクセス数が上位にあったブログが、毎日これまで通りに更新されているにもかかわらず、突然、ある日を境に急降下していたり、一時また以前のように持ち直したかに思えても、翌日には、また急激に閲覧数が減っていたりすることが度重なっているからである。

    「サイト側が閲覧数を操作して、好意が持てないブロガーをサイトから去らせようとしているんじゃないの」

    と、勘ぐる人もいる。

    それにしても、毎日地道に真摯な内容のブログを書いているブロガーのブログほど、そういう傾向があるというのも確かで、つまりは、そういうブログは広告収入源になりにくいということなのかもしれない。

    では、広告収入源になるブログとは、どういうものかといえば、いわゆる写真満載の「食レポ」のようなものや企業ブログ、もしくは小、中学生には読んで欲しくないような大人の事情が書かれているブログである。

    総合的にサイトの閲覧数が減って来ていることも薄々察せられるし、特典ブログの有料化を始めたことなども考え合わせれば、数年前に比べて経営状態に変化が起きたとも推量できるが、とにかく、ブロガー同士のコミュニケーション自体の活気のなさも大きな問題といえよう。

    かつては、(わたしは参加したことはないが)サイト主催のオフ会も精力的に行なわれていて、またサイトとは関係なく親しいブロガーたちが独自に開くオフ会も、たびたび開催されていたのだが、そういうブロガーたちのブログも今では閲覧ランク外へ押し出されようとしている。

    おそらく、サイトの経営者たちが3、40代と若いために、訳知り顔でしきる年配のブロガーたちを疎ましく思っているのかもしれないが、何とも残念なことである。

    SNSやツイッターに押されて、ブログを書く人たちも少なくなっているのかもしれないが、もしも事実ならば、アクセス数を操作してまでブログを閉じさせるような姑息な真似は感心できないといわざるを得ない。

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追いかける患者 [ちょっと、一息 36]


[新幹線]追いかける患者




    検索をかけていたら、偶然、あるブログにぶつかった。

    何処のサイトのブログかは分からないが、それは40代ぐらいの女性がん患者のブログで、彼女のこれまでの症状がプロはだしの専門用語を交えて事細かに書かれ、現在は小康状態を保っているらしい。

    が、そんな文章の中で驚いたのは、治療のために、居住している都内から、なんと宮城県まで通っているというくだりである。

    宮城県まで出かけての治療は、そこにお気に入りの医師がいるということなのであるが、おそらく、都内の病院に入院していた際に担当していた医師が宮城へ転勤したことで、そこまで追いかけて行っているということのようであった。

    患者の中には、時にこうした「医師を追いかける患者」がいるそうだが、新幹線を使うのか、飛行機を使うのか、そこまでの旅費や宿泊費をかけてまで追いかけるというのには、さすがに仰天だった。

    東京ならば、その辺の医師不足の田舎とは違って素晴らしい医師が数多くいて、設備の充実した病院もたくさんあるのではないかと思うのだが、そこはやはり医師と患者の相性というものが優先するのだろうか・・・。

    また、そのブログには、国内にいるいわゆる名医と呼ばれる医師たちの情報が満載で、よくぞここままで調べあげたものだと感心してしまった。

    しかも、その女性患者は、別の医師に対してはかなり自己主張もしているようである。

    手術担当医とは、手術の仕方で口論になったとまで書いていた。

    追いかける患者は、医療知識豊富な患者でもあるようだ。

    とはいえ、その真似のできないほどのバイタリティーがあればこそ、治療もうまく行っているのかもしれない。

    ブログの内容からは、何故かすごく充実した気合いがそこここに感じられ、むしろ闘病を楽しんでいるような雰囲気さえも・・・。

    そのポジティブさには脱帽だった。

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外国人の旅の仕方 [ちょっと、一息 36]


[船]外国人の旅の仕方



    近頃、日本へ来た外国人の旅の仕方に変化が出てきたらしい。

    わたしも以前、このブログに書いたのだが、これまでの外国人旅行者は、日本人が旅をする時のように、ちゃんとネット検索などで予備知識を身に付けた上で来日し、日本国内の名所旧跡めぐりをするのが通例だったそうだ。

    しかし、近頃は、事前の下調べなどなしに、いきなり日本へやって来て、自国とのギャップや冒険を楽しむという方法が主流だそうだ。

    その方が、断然勉強になるし、ワクワク感が違うという。

    日本は、安全安心な国なので、気軽に冒険旅行が楽しめるのがいいのだそうである。

    とはいえ、そんな何があっても構わない----覚悟で日本にやって来る外国人ばかりではない。

    ユーチューブに投稿されたニュース番組では、夫の仕事の関係でどうしても日本へ来なければならなかったアメリカ人の女性が、未知の国日本での仰天体験をブログに書いていたところ、それが編集者の目にとまり、ついに本として出版されたと報じていた。

    「日本へ来て、初めてデパートへ行った時のこと、玄関にいきなり店員さんたちがぞろっと並んだかと思うと、いっせいに『いらっしゃいませ!』を連発し始めたものだから、何が起きたのかと意味が判らなかった。

    『いらっしゃいませ!』というのは、土足厳禁ですよということではないかと思い、その場で靴を脱いで店内へ入ろうとしたんだけれど、また、『いらっしゃいませ!』。今度は遠くにいた店員さんたちまで声を合わせて言うので、『いらっしゃいませ!歯にホウレンソウが挟まっていますよ』とか言っているのでは?と、勝手に考えてしまって、本当にパニックだった」

    その女性は、そう当時面食らったことを、不気味そうな顔色で語る。

    異文化の中で生活することがどれほど大変か----と、いうことを日本へ来る外国人たちに知っておいてもらいたいという趣旨のようだ。

    それにしても、どうして、彼女がそんなことぐらいでパニックを起こしたのか、そちらの方が疑問だ。

    店員さんの一人に、「どうして、こんなに皆さん並んでいるんですか?『いらっしゃいませ』って、どういう意味ですか?」と、訊ねてみればいいだけのことである。

    よほど、この女性は大人としての社会経験が薄かったのだろう。

    言葉も文化も違う外国を旅する時は、自分のこれまでの経験則などあてにならないということを最初から肝に銘じておくべきである。

    それにしても、今は外国人旅行者にとっても旅がしやすい時代になった。

    一昔前ならば、温泉場の旅館やホテルなどはトイレも和式が大半だったし、英語の案内表示なども充実してはいなかった。

    が、今の海外の若者たちは、むしろそんな一昔前の日本の姿にこそ憧れを懐いているようだ。

    「旅は、困難ながあってこそ面白いもの。至れり尽くせりなんて感動出来ない」

    東京や大阪、京都などのステレオタイプの日本を見て歩くのも悪くはないが、冒険がしたいのならやはり田舎に行くべきである。

    だからといって、地獄谷のサルの顔だけを見て帰国するのも、芸のない話ではあるが・・・。

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