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認知症リスクは、睡眠時間で決まる [ちょっと、一息 23]


[時計]認知症リスクは、睡眠時間で決まる



    東北大学の滝靖之教授らの研究チームが、睡眠時間の長い子供ほど、記憶や感情に関わる脳の部位である「海馬」の体積が大きいことを発見したそうだ。

    研究チームによると、うつ病や高齢者のアルツハイマー型認知症患者では、海馬の体積が小さいことが明白になっており、

    「子供の頃の生活習慣を改善することで、健康な脳を築ける可能性がある」

    と、いうことのようである。

    研究チームは、2008年からの四年間で、健康な五歳から十八歳の290人の平均睡眠時間と、それぞれの海馬の体積を調べた結果、睡眠が10時間以上の子供は、6時間の子供より、海馬の体積が一割程度大きいことを突き止めた。

    滝教授は、東日本大震災以後の被災者の健康状態も調査していて、

    「十分な睡眠をとれず、ストレスを感じたことが、子供の脳にどのような影響を与えるのかも、見て行かなければならない」

    と、話したという。

    寝る子は育つというが、これは体格のことだけではなく、脳のことでもあるようだ。

    今の時代、学習成績を心配して子供に夜遅くまで塾通いさせるのも仕方がないだろうが、子供が大人になってからの将来のことを考えるならば、むしろ毎日の睡眠時間をたっぷりとって、脳の成育に努めることの方が、より大事なのかもしれない。

    わたし自身のことを考えれば、子供の頃は午後八時には寝ていたような気がする。

    そんな訳で、小学校低学年の頃は、夜八時以降のテレビドラマなど観たこともなく、学校に行っても友だちと話が噛み合わなかったことが印象深い。

    だから、未だに睡眠時間が短いと頭が回らなくなるんだな。

    でも、だからといって、それほど記憶力が良いとも思えないのだが・・・どうなんでしょ?

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またまた話題いろいろ [ちょっと、一息 23]


[バー]またまた話題いろいろ



    ビッグマックの調理法というものがユーチューブに公開されてからの再生回数は、二カ月余りで約200万回に達したという。

    そこでは、味のポイントとなるバンズ(パン)に塗るソースのレシピは、マヨネーズに刻んだピクルス、マスタード、白ワインビネガー、ガーリックパウダー、オニオンパウダー、パプリカパウダーを混ぜ合わせたものだということも紹介されたそうだ。

    で、とてもこれだけの調味料は揃えられないので、手近にあるもので、それなりに混ぜ合わせてみた。

    まずはマヨネーズ。ピクルスの味は酸味と甘みなので、ポッカレモンと砂糖で代用。

    さらにマスタードはないので、和がらしで代用。白ワインビネガー、オニオンパウダー、パプリカパウダーは無視するとして、ガーリックパウダーを入れる。

    これらを良くかき混ぜてからトーストしたパンに塗ると、なるほど、なかなかの美味である。

    また一つ、パンに合うソースを発見した。




    商売をしていると不思議な客が来ることがある。

    店に入って来るなり、

    「これしか商品がないんですか?」

    と、言う。こちらが、「どれほど大量にご入り用なんですか?」と訊くと、客は変な顔をして立ち去った。

    また、ある客は、入って来るなり、

    「トイレを貸して下さい」

    と、言う。案内すると、

    「これしかないんですか?」

    と、言う。こちらは、「あなた、いったい、幾つ身体を持っているんですか?」と訊くと、これまた奇妙な顔で出て行った。

    最近は、実に意味不明な客が多い。

    彼らは、いったい何を目的にやって来るのだろうか?




    殊に若い人たちが口下手になったのは、インターネットが普及し過ぎたためだという。

    文字で書き込むのはスラスラ出来るのだが、いざ、実際に言葉を口に出す段になると、まったく思考回路が働かない。

    言語能力が視覚とリンクしないと機能しなくなっているのだそうだ。

    そういえば、キーボードを打つのがまだおぼつかない頃は、逆にパソコンを使いながら同時に文章を考えることがほとんど出来なかった。

    一度紙原稿に書いた物をパソコン画面に写すのは出来ても、文章を考えながら打鍵するのはかなり難しかったように記憶している。

    文字を手書きすることが当たり前の脳は、容易にはワープロ脳に変換できない仕組みなのかもしれない。

    でも、さすがに四年近くもパソコンをいじっていれば、打鍵しながら考えることも出来るようになって来た。

    慣れとは恐ろしいものである。

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「嘘!」を連発する女性 [ちょっと、一息 23]


[喫茶店]「嘘!」を連発する女性



    「戦中生まれは、おしなべて教養がない」

    近所の80代女性の口癖である。

    産めよ増やせよの時代に誕生した世代だけに、世の中がひどい食糧難にあえいでいる頃、親も子供を食べさせることだけで精一杯のため、教育や教養までも手が回らなかった年代ということなのだろう。

    そんな世代の70代前半の知り合い女性の一人に、ことあるごとに、

    「嘘!」

    を連発する人がいる。

    わたしが共同浴場に入った時、まだ日が高い時間だったので節電も考えて浴室内の照明をつけるのを躊躇い、そのまま入浴していると、しばらくして蛍光灯がつき、その女性が入って来た。

    「やだ、あんまり暗かったから電気つけて来たけれど、誰が入っているのか---って思っちゃった」

    「ええ、さっきはまだあまり暗くなかったので、電気なしで入ったんだけれど、急に暗くなったみたいですね」

    と、わたしが言うと、その女性は、わたしの言葉が終わらないうちに、

    「嘘!」

    と、叫ぶように言ったのである。この一言に、こちらはカチンと来た。

    嘘とはどういうことか?こちらは本当のことを言ったに過ぎない。それを嘘というのなら、その証拠を見せてみろ!

    そう反応したくなるようなほど非常識な言葉である。

    そういえば、バブル期前、何かと言えば「嘘!」を連発するのが若者たちの間で流行ったことがあった。

    まさか、その言葉を未だに若者言葉だと勘違いして使っているわけでもないだろうが、「嘘!」という一言が、どれほど相手の気持ちを逆なでするかまで、彼女の貧困な想像力では考え及ばないようであった。

    その話を80代女性にしたところ、

    「仕方がないさ、食って寝てただただ生きることしか知らないような世代だからね。こっちが大人にならないと・・・」

    と、苦笑いした。

    でも、そういう世代がわたしたちの上にいるとすれば、彼らが介護される側になった時、どんな世の中になるのだろうか?

    息をするかわりに「嘘!」を連発されたのでは、真面目に介護をしてやろうという気もなくなろうというものである。

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巨大街コンを分析する [ちょっと、一息 23]


[ムード]巨大街コンを分析する


    昨夜のNHK長野局の番組「知るしん」では、先日松本市で開催された巨大街コン「松コン」についての特集を取り上げていた。

    近頃、全国で開催されている参加者1000人、2000人規模の街コンだが、どうして、このような合コンが盛んになったのかを、番組では専門家の分析を合わせて紹介していた。

    巨大合コンには、主に二つの目的があるという。

    一つは、文字通り、若い男女に出会いの場を提供し婚活を目的とするため。

    もう一つは、街全体を合コン会場と見立てることで、若者たちに様々な飲食店を紹介し、閉塞的な街の経済を活性化するという目的だという。

    この「松コン」は、これで二回目の開催だそうだが、主催者側が前回参加した男女にアンケート調査をしたところ、

    「同じテーブルについた相手と年齢差がありすぎて、話が合わずにつまらなかった」

    「こっちは、真剣に結婚相手を探しに来ているのに、隣に座った相手が既婚者だった」

    と、いうような発言もあり、今回は、参加者全員に自分のプロフィールや希望する相手の年齢や経歴などを書き込むマッチングシートを用意してもらい、それを参考に対面する相手のグループを決め、また参加者にもマッチングシートに書かれている事柄を会話のきっかけとして活用してもらうという方法をとったそうである。

    スタジオでは、この街コンの様子をVTRで観ながら、アナウンサーが専門家の女性に色々質問を投げかけていた。

    「どうして、今の若者たちは、ここまで至れり尽くせりで合コンをセッティングしないと、結婚相手を見付けられないのか?」

    という質問に対して、専門家の答えは、

    「彼らは、いわゆるゆとり教育世代よりも年齢的にはやや上の世代なのだが、それより上の世代に比べても競争社会の原理を知らない人たちなのだ。学芸会では皆が主人公を演じたような学校生活を送った彼らには、相手を打ち負かしても意中の人を奪いたいというような積極性はない。

    しかも、かつては街の中に大勢いた男女の仲を取り持つお節介おばさんがいなくなったのも、独身男女を増やす原因になっている。そんなお節介おばさんの役割を、こうした地域の街コン実行委員会が肩代わりしているわけだ」

    というものであった。しかも、

    「かつてのバブル期に若者だった人たちは、高い向上心や野心もあり、田舎で就職するよりも都会へ出てひと旗揚げたいと思ったものだが、今の若者たちはそれほど大きな夢を持たない。地元で就職して、地元で結婚し、子供をつくり、地道に生活の基盤を固めたいという気持ちが大きい。

    それには、見ず知らずの人が主催する合コンなどへ参加するよりも、身近な人たちが主催する合コンに参加する方が安心感があるということで、こうした地域密着型の街コンが流行るのではないか」

    と、分析していた。

    今度は、長野市でもこの街コン「長コン」が開催されるという。

    こうした巨大合コンをきっかけに結婚相手が見付かれば、それはもちろん幸いだが、出会いの経験が少ない若者たちにとっては、これを機会に異性との会話を楽しむだけでも人生の張りあいになるのではないだろうか。

    多種多様な意見の交換が出来れば、知識の幅も広がり、人間的厚みも増すことになる。

    人が一番自分を解放できるのは食事をしている時だともいわれるので、異性との出会いを求める独身者は、一世一代の婚活なのだと神経質にならずに、あえてレクリエーション気分で参加してみるのも人生勉強になるのかもしれない。

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恥さらしのジョーク [ちょっと、一息 23]


[TV]恥さらしのジョーク


    
     フランス人コメディアンのローラン・リュキエが、サッカー日本代表のゴールキーパー川島永嗣選手の腕を4本にした合成写真について「福島原発事故の影響か」と揶揄(やゆ)した問題について、自身のツイッターで「表現の自由」を主張した。

    現地時間12日に行われたフランス代表との国際親善試合で、日本代表は川島選手の活躍もあり1対0で勝利。これを受け、リュキエが司会を務めるフランス国営テレビ「フランス2」の番組では、川島選手の活躍ぶりを示すためか、彼の腕を4本に合成した写真を映した。その際にリュキエが「福島の影響ではないか」と冗談めかして発言したことが大きな問題になり、フランスの外相や、テレビ局が相次いで謝罪する事態となっていた。

    当のリュキエはこれまで沈黙を守っていたが、「あなたの福島についてのジョークは日本に住むフランス人のわたしを恥ずかしくするものだ」とのツイートに対し、「恥に思う必要はない。フランスが、コメディアンが自由な表現をできる国であることを誇りに思うべきだ」と今回の件は「表現の自由」に基づくものだと返答。

    「ゴールキーパーがチェルノブイリの近くに住むウクライナ人だろうと、フェッセンハイム原発の近くに住むフランス人だとしても同じジョークを飛ばしただろう」と続け、「日本、ましてや福島の被害者を揶揄(やゆ)しての発言ではなかった」と主張。「原子力もこのような議論も終わりにしよう」と結んでいる。



    このリュキエというコメディアンが、本気で赤文字のようなことを発言していたのだとしたら、彼はコメディーの本質を履き違えているとしか思えない。

    本物のコメディーとは、特定の誰かを不愉快にするものではないし、フランス人特有のウィットに富んだジョークだというのなら、かなりお粗末な素人芸だ。

    とても、公共の電波を使って顔を出すようなプロのレベルではない。

    開き直りにしても悪意が感じられ、正に「フランス人の恥さらし」という名前にふさわしいであろう。

    言うに事欠いて、「ゴールキーパーがチェルノブイリの近くに住むウクライナ人だろうと、フェッセンハイム原発の近くに住むフランス人だとしても同じジョークを飛ばしただろう」とは、彼はもはや全世界を敵に回す覚悟さえあるようだ。

    原発事故の真の恐ろしさを知らない無知蒙昧な人間とは、こうも論外な発言をするものかと、彼の両親も息子に言葉を覚えさせたことを後悔していることであろう。

    「表現の自由」---?

    それは普通の人間的感性を持った者のいう言葉だ。





     日本代表のGK川島永嗣(29=スタンダール)が当地で、東日本大震災の被災地に向けた会見を開いた。フランス国営テレビが、川島の腕が4本ある合成写真を映し「福島(第1原発事故)の影響」と発言したことに対して「冗談にもならない」と反発。さらに「福島には、いまだに家に帰れない人もいるんです。世界中の人々が日本を救って欲しい」と訴えかけた。

    初冬を迎え周囲の木々が紅葉した練習場から会見室に入ってくると、川島はしっかりした口調で語った。日本代表として出場した12日フランス戦後、フランス国営テレビが、自身の腕が4本ある合成写真を放送。司会者が「福島(第1原発事故)の影響ではないか」と発言したことは現地でも大きな波紋を呼んでいる。




    川島選手は、良く辛抱したと思う。

    ここまでされれば、放送局とリュキエに対して法的措置を考えても何ら不思議ではないくらいだ。

    リュキエは、「日本、ましてや福島の被害者を揶揄(やゆ)しての発言ではなかった」と言い訳しているようだが、ならば川島選手ならば揶揄していいということであろうか?

    川島選手の腕が四本になったのが原発事故の影響ならば、それは福島の人たちも皆腕が四本になっていなければならない理屈になる。

    詭弁も大概にせよといいたい。

    三流コメディアンのバカげた一言で、世界中が憧れるフランスの芸術性や威厳は、はかなくも枯れ葉のごとく舞い飛んでしまった。
 
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ブログに見える性格いろいろ [ちょっと、一息 23]


[カメラ]ブログに見える性格いろいろ


   
    時々、クリックする、あるおしゃれなブログ。

    美しい西洋の庭園などが写真でアップされていて、どんなブロガーさんが書いているのか羨ましくさえあるが、こんな生活は映画の中の出来事としか思えないわたしのようなガサツ者のブログとは、雲泥の違いである。

    ブログには、書いている人のセンスや個性がにじみ出る。

    ブログに自分なりのカスタマイズを行ない、サイドバーにたくさんのリンクを張り付けている人は、何事にもこだわりの強い人で、自家用車の内装なども徹底的に自分流を貫く個性派なのだろうと思う。

    これとは逆に、ブログの体裁はごくあっさりとしていて、余計なものは一切排除しているような人は、何事においてもあまり執着ということがない人で、その時の気分しだいで自由にブログを使える大様さも持っているのではないかと想像する。

    テンプレートをしょっちゅう交換する人には、二通りの性格があるように思う。

    一つは、季節に応じて毎年定期的に替える人。

    こういう人は、規則正しいことが好きで、世間体を気にする繊細さを兼ね備えているものの、注目を浴びたいという密かな向上心も高い。

    一方、何の脈絡もなくその時の気分しだいで、夏でも冬バージョンを使ったり、季節感など無視して交換する人は、人生も行き当たりばったりの「明日は明日の風が吹く」といった感情優先、夢見るタイプ。

    そして、長年にわたり、一度もテンプレートを替えることなく淡々と同じ調子で、自らが定めた規則に忠実な形態で地道に書きすすめている人は、保守的、真面目な半面、面白みがない面倒くさがり屋といった側面があるようだ。

    明るめの色やデザインのテンプレートを好む人は、社交性のある明るい性格。または、そういう性格に憧れている人。

    暗めの色やデザインのテンプレートを好む人は、自分の世界観を大切にする気真面目なタイプ。

    無機質なデザインのテンプレートを好む人は、理論派で知的な感性の持ち主か、そういう大人に憧れている人。

    ほぼ白で統一されているテンプレートを好む人は、束縛されたくない自由人。外見よりも中身重視の詩人タイプ。

    ----なんて、勝手なことを思い描いているこの頃である。

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またまた雑感いろいろ [ちょっと、一息 23]


[爆弾]またまた雑感いろいろ



    昨夜の雨の影響か、今日はかなり寒い。

    山には雪でも降るんじゃないだろうか?

    沖縄では、また米兵による女性への集団暴行事件が発生した。

    アメリカの海兵隊では、「沖縄へ行けば、何でも好きなことが自由に出来るから、思い切り羽を伸ばせ」とでも、教えているのではないかと思うような、呆れ返った事件である。

    街を普通に歩いている女性が、いきなり追いかけられて襲われるなど、米兵とは、トラやライオンなどの猛獣と大差ない。

    猛獣が街に野放しにされているのだとしたら、捕獲チームが随時警備にあたる必要があるだろう。

    沖縄県警は、もっと巡回の回数を増やし、街の至る所に監視カメラを設置するなど、警戒態勢を強化すべきではないだろうか?

    森本防衛大臣は、「今後このようなことがないように、アメリカ軍へ強く抗議する」とは言っているが、バカの一つ覚えのように何度同じ言い訳を繰り返すのか、沖縄県民の我慢も既に限界のはずだ。

    オスプレイの訓練飛行を妨害するために、凧をあげている抗議派の人々もいるそうだが、これに文句を言うアメリカ軍の兵隊教育がこの体たらくでは、彼らに凧あげを非難する資格などない。





    で、東日本大震災の被災者のための復興資金だが、被災地のためにはほとんど使われていないことが判り、問題になっているとのこと。

    どうやら、政府が掲げた、「日本の再生なくして被災地の復興はない」という文言が、こうした復興資金の垂れ流しを許したという背景があるらしい。

    そのために、復興資金が、被災地とは直接関係もない東京の競技場修復工事に使われたり、一部の中小企業にいたっては、それこそ地震被害とは何の結びつきもないのに、日本再生のためという屁理屈をつけて融資を申請したというところもあったそうだ。

    経営していた印刷所を津波で流され、借金の返済もままならない被災地の印刷屋さんは、何度も経営資金の融通をお願いしたが門前払いを食わされたと、心底憤っていた。

    「東北人が優しいから、舐められているとしか思えない」

    そんな霞が関への怒りが、被災者の間には確実に広がり始めている。

    この災害は、文字通り東日本大震災である。東日本(主に東北)以外の関係者に復興資金を回すこと自体が、そもそも間違っているのではないだろうか。

    お昼の報道番組では、「東京のひび割れを直す方が、東北の人々の生活よりも優先されるなんて絶対に変だ。『東北の復興なくして、日本の再生はない』----これが本来の政府の言葉だろう」と、コメンテーターたちが口々に反論していた。

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よもやま話 3 [ちょっと、一息 23]


[喫茶店]よもやま話 3


    
    雨が降っている・・・。[雨]

    こんな鬱々とした日は、 時々、誰かれなしのブログをクリックして開けてしまう。

    途端、目に飛び込んできた文章・・・は、

    旦那と妻ブロガーののろけ話のオンパレード。(ーДー;)

    なんて、ブログを開けてしまったのか----と、ガックリくる。

    しかし、何でも書いていいとはいっても、良くもここまで旦那LOVEを声高に叫べるものだなァ。

    幸せな人は、その幸せ感を誰かにアピールし、自慢したくて仕方がなくなるようだ。

    自分の旦那のことをハンサムだとか、素敵だとか----「女房妬くほど亭主モテもせず」という言葉を知らないのかね?

    ま、まだ新婚さんなのかもしれないが、変わったブログもあったもんだ。




    そういえば、この間の「ネット依存症のママが増えている」の番組で取り上げていたのだが、近頃は「ヌードになるママ」というのも流行っているらしい。

    妻がヌードになることを許す夫も夫だが、そんなヌード大好き妻(バツ2)曰く、

    「自分が綺麗だということを確認することで、変わり映えのない所帯じみた生活に張りが生まれる」

    とのことだった。だが、子供たちは、

    「どうせ写真を撮るなら、服を着て撮って欲しい」

    と、呆れていた。子供たちの感性の方が至極まとものように思うのだが、彼女は自分のヌードが美しいと信じて疑わない。

    傍から見れば、自己陶酔型が病的に高じているとしか思えないのだが、彼女自身がやたらにハイテンションのため、周囲も既に諦めムードだ。 

    こりゃ、三度目の離婚も秒読みか・・・?と、思わせるほどの勘違いぶりだった。

    司会者の女優も眉をひそめながらVTRを観ていたが、近頃の主婦は、「子供のことよりも自分の方が大事」という人が多いようである。

    どうやら、こうした自分大好き現象も、がむしゃらに自己啓発活動にのめり込む近頃の主婦たちの目立ちたい願望と、間違いなく根底でリンクしているものと思われる。




    良い母親と悪い母親を見分けることは簡単だ。

    作った料理を「まずい!」と、子供が言ったとしても、それを叱ることなく、どうしたら子供がおいしく食べてくれるかを考えるのが良い母親。

    作った料理を子供が「おいしい」と、言わないとブチ切れ、おいしそうに食べることを強要するのが悪い母親だという。

    まあ、そもそも、うまかろうがまずかろうが、料理を作る母親はまだいい方で、まったく自分では台所に立たないような母親もいる。

    子供も母親自身も他人が作る料理を食べ、食事はいつも家族バラバラに摂る。

    子供と夫は家で店屋物やコンビニ弁当などで食事を済ませ、母親は友人と外食などという家庭も、最近では珍しくなくなったそうだ。 

    「お袋の味」を知らずに育つ子供の将来は、いったいどうなるのであろうか?

    「お袋の味」というものは、人間の味覚の原点である。つまり、食に関する心張棒がないということが、人の性格にどういう影響をもたらすのか?

    それは、誰もが推して知るべしであろう。

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それでも有名になりたいのか? [ちょっと、一息 23]


[カバン]それでも有名になりたいのか?



    最近、疑問を感じないではいられない風潮が、社会に流行っている。

    聞いた話では、ある女性は、自分の子供病気で亡くなったことを手記にして出版し、講演までも行なって収入を得ているといい、また、ある女性は、夫と離婚したことをエッセイにまとめて出版し、これまた講演をして歩いているという。

    また、ある女性は、姑の介護の苦労話を書いて出版し、またまた講演をしたりテレビ出演までもしているらしい。

    (テレビ出演をすることで、何か特別自分が偉くなったように思い込んでいる女性も少なくないようだ)

    彼女たちの年齢は、おしなべて30代後半から40代である。

    そして、とてもそんな悲惨な体験をして来たとは思えないほど、やつれた風もなく、おしゃれで、若々しく、洗練されていて、ダイエットにも励んでいるのかスタイルも抜群である。

    たぶん、自分は見られているという自意識もハンパないのだと思う。

    それにしても、いったい何が、彼女たちを、これほどの有名願望に目覚めさせたのだろうか?

    我が子が幼くして亡くなることは、確かに究極の悲劇である。

    しかし、そんなことは普通の生活をしていれば、身の周りにごまんとある話なのだ。

    わたしの祖父母も、三人の子供を戦争や病気で若くして亡くしているし、近所の夫婦も最愛の娘さんを20歳そこそこで交通事故で亡くしている。

    だが、そうした親が、そのことを手記にして出版しようなどと思うことは決してない。

    子供の死を売名行為に使うなど、親として絶対にしてはならないことだという理性があるからだ。

    離婚にしても、姑の介護にしても、またしかりである。

    そのこと自体は、当人にとっては地獄の苦しみだったり、あり得ないほどショックなことではあるかもしれないが、ほとんどの人は、そうした辛い体験をしても手記を出版しようなどとは考えないはずである。

    そういう女性たちには、おそらく彼女たちなりの、

    「辛く苦しい体験は、何もあなただけではない」

    と、いうことを皆に知って欲しいから----と、いう理屈もあるのだろうが、ほとんどの人たちには、

    「何を偉そうに・・・。あなたの経験なんかよりも、わたしの方が大変な目に遭っているわ」

    と、いう気持ちの方が大きいはずである。

    つまり、手記を書いたり講演をしている女性たちは、そんな今の自分の姿にただ酔っているだけなのだ。

    子供や夫、姑をダシに使って、単に自身が有名になりたいがために・・・。

    他人の経験は、結局は他人の痛みに過ぎない。

    自分の痛みは、自分にしか判らないのが、人間なのである。

    そのことを知っていれば、自分の体験談などおこがましくて、おいそれとは語れないはずなのだが、自分を悲劇のヒロインと信じてしまっている女性には、そんな常識は通用しないのだろうな。

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フェイスブックでのぼやきは中傷にあたるのか? [ちょっと、一息 23]


[本]フェイスブックでのぼやきは 中傷にあたるのか?



    和歌山県印南町立印南小学校の40代女性教諭がインターネットの会員制交流サイト「フェイスブック」に「モンスターやっつけた」などと保護者を中傷する書き込みをしていたことが分かった。同校は15日、教諭を担任から外し、自宅待機にした。県教委が処分を検討している。

    町教委によると、教諭は保護者面談について、7月22日に「明日から面談始まる。あー怖っ!地獄の3日間!」▽同24日に「今日のモンスター、いっぱいほめて、機嫌よくお引き取りいただきました」▽同25日に「はぁー!モンスター、態度悪い上に遅刻かよ!」「おーわった♪おーわった♪モンスターやっつけた~っと」--などと書き込んでいた。

    公開範囲が限定されておらず誰でも見られる状態だった。教諭は同校に勤めていることは公表していなかったが、顔写真などから特定された。教諭は町教委に「モンスターは特定の保護者を指したのではない。面談の緊張から、面白がって大げさに書いてしまった。申し訳ない」などと釈明しているという。発覚した今月12日に、教諭は町教委の指示を受け、フェイスブックの会員登録を削除した。(YAHOO!ニュース



    保護者面談とは、教師にとって、これほどまでに神経をすり減らす一大仕事のようだ。

    この女性教諭も、その極度の心労から解放された勢いで、フェイスブックに本音を書き込んでしまったのだと思うが、公開範囲を限定していなかったことが、失敗だったということだろう。

    それにしても、フェイスブックというものは、昔で言えば交換日記の類と考えていいのではないかと思う。

    つまり、特定の人たちだけの間で読むことが出来る、かなりプライベートな性質の書き物のはずだから、顔写真から筆者を特定するというのも、プライバシーの侵害のようにも思えるのだが・・・。

    いや、もしかしたら、如何に筆者を特定できたとはいえ、それを読んだ者にとやかくいう権利などないはずなのだ。

    一方では、自由に物が書き込める場所を作っておきながら、それを活用すれば文句を言われるなど、明らかに矛盾している。

    今回の件に関しては、公開範囲限定をしていなかったことを、脇が甘かったと指摘されても仕方がないのだろうが、勤務する小学校が特定されていたわけではなさそうだし、教師も何処かで日々溜まるうっぷんのガス抜きをしなければならないのだとしたら、ネットでぼやくぐらいは大目に見てもいいのではないかと思う。

    むしろ、「モンスター・ペアレント」に対処する心労を何処へも吐き出すことが出来ずに、内面へ鬱積させた教師の方が、よほど恐ろしい。

    フェイスブックの詳しい使い方は、わたしにはよく判らないが、これを腹の立つことや日々の悩みのはけ口とするのならば、せめて写真は顔が特定しにくいものをアップするとか、もう少し工夫をした方が賢明だったように思われる。

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