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自分は何故嫌われるのかと悩む人へ [心理の不思議 18]


[アート]自分は何故嫌われるのかと悩む人へ



    「どうして、自分は他人から好かれないのだろう?何故、一度は友だちになっても、すぐに離れられてしまうのか?」

    そんな風に悩む人は、案外多いものだ。

    職場の同僚たちの集まりがあっても、声をかけてもらえない。

    上辺の付き合いは出来るが、それ以上は拒否されてしまう。

    そういう人は、たいてい、自らが本当の自分を見せることを拒否している人だといわれる。

    そういう人は、自分に自信がない人でもある。そして、そういう自信のない自分を他人に知られたくないがために、わざと自信のあるふりをする。

    無理にでも明るくふるまったり、出来ないことを出来ると言ってしまうことさえある。

    そういう見え見えの虚栄心は、黙っていても自然と相手に伝わるものなのだ。

    偽物の立派さや強さをアピールすると、どうしても不自然さが付きまとうもので、それがその人の印象を胡散臭いとか姑息に見せるのだという。

    時々、やたらに自身をマスコミに露出したがる人がいるが、特別取材対象になるような職業についているわけでもなく、何かの賞を受賞したという経歴もなく、著名人とか有名人というわけでもない。

    では、

    「いったい、あなたは何者?」

    と、訊きたくなるような人もいる。

    中身が伴わないのに、名声だけを欲するような人も、やはり周囲からは敬遠の対象となりやすい。

    本当の自分を見せることなく、他人の共感を得ようというのも虫の良い話だ。

    しかし、勘違いしてはならない。一見、何もかもさらけ出しているように思えても、実はそれすらも計算ずくという人もいる。

    そういう人は、結局自分の最も核心部分には、絶対に踏み込ませようとはしない---周りには、赤裸々な本音に思わせる部分さえもダミーだということだってあるのだ。

    それを長年の習慣として無意識下で行なってしまっているがために、自分が何故嫌われるのかが想像できないのである。

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安心感とは何なのか? [心理の不思議 18]


[アート]安心感とは何なのか?



    もしも、あなたがトイレの個室へ入っていた時、常に誰かにのぞかれているのではないか---という気持ちを持っていたとしたら、安心して用を足せないのと同じように、人が不安になるのは、自分の内面が誰かに知られているのではないだろうか?---と、感じた時だという。

    つまり、人は誰からも干渉されないという自分だけの世界を持てた時、安心出来るのである。

    そして、その安心感があってこそ、人は人としての役割を果たすことが出来るのだそうだ。

    安心感を覚えている時は、勉強にも集中出来るし、仕事にも前向きに取り組める。他人からいらぬ口出しをされることがないと思うだけでも、自由に能力を発揮することが可能になるのである。

    統合失調症の人が常に不安感と戦っているわけは、自分だけの世界が持てず、いつも誰かに内面をのぞかれているという緊張を強いられているからだともいわれるのだ。

    また、自閉的な人が他人との接点を受け入れようとしない理由も、他人の存在を消し去りたいがための拒絶的心理なのだという。そうしなければ、心の安定が保てないからなのである。

    では、何故、人は時々自分の内面を他人からのぞかれているような不安に襲われるのであろうか?

    それは、自分に自信がないということに他ならない。

    自信がないことを相手に見透かされるのではないか?

    間違っていることや弱点を知られるのではないか?

    誰もその人の能力に関心など寄せてはいないにもかかわらず、勝手にそんな気持ちが心の中で増幅され、ますます不安感を育てるのだという。

    ところが、顔を合わせるだけでも、そうして不安感を掻き立てる相手もいれば、まったく不安や緊張を覚えないという相手もいる。

    不安や緊張を覚えずに済む相手とは、自分とはまったくかけ離れた存在か、もしくは肉親のように何もかもを知られている相手かである。

    これらの人とは自分自身を比べる必要がないので、安心感を得やすいのだそうである。

    要は、中途半端に似た相手が現われた場合、最も人は不安を感じるのかもしれない。

    では、どうしたらいたずらに不安を感じる必要がなくなるのであろうか?

    それは、自分に自信を持つことだという。内面をのぞかれても、恥ずかしくないという一種の開き直りを作ることが大事だそうだ。

    過剰防衛の心理や虚栄心が、むしろ不安感を増殖させる原因なのだということだった。

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大人の中の幼児性 [心理の不思議 18]


[本]大人の中の幼児


    道路を歩いていたグループのうちの男性3人をひき殺そうとしたとして、埼玉県警所沢署は8日、殺人未遂容疑で所沢市美原町、建設作業員衣斐昂容疑者(23)を逮捕した。同署によると、「道路を広がって歩いていたので注意したら、生意気な口をきかれ頭にきた」と容疑を認めている。
    逮捕容疑は7日午前1時40分ごろ、所沢市緑町の市道で、運転していた普通乗用車を22~23歳の男性会社員3人に後方から衝突させ、殺害しようとした疑い。2人は頭や腰に打撲などを負い、1人は右足を捻挫した。
    同署によると、衣斐容疑者は運転中、白線で仕切られた歩道を約10人で2列になって歩いているグループを発見。車を降りて注意したところ、口論となった。会社員らは最後は「すみません」と謝ったが、同容疑者はいったん立ち去った後、車をUターンさせるなどして追い掛けて来たという。
    衣斐容疑者は3人にけがをさせたまま、車で逃走。同署が8日午前、市内のホテルで同容疑者を見つけ、逮捕した。現場にブレーキ痕はなかったという。(YAHOO!ニュース




    近頃、正義感を暴走させる人が多くなったように思う。

    自分は良いことをしているのだから、注意された人はそれに従うのが当然だ----と、いうような利己的な自分本位の正当性の押し売りである。

    だから、これを無視されたり断られたりすると、途端にその正義が悪へと豹変する。

    良かれと思ってしたことが、実は相手には迷惑なことだったとなった時、「おれの好意を受けられないのか」と、怒る場合と同じ理屈である。

    つまり、注意をする者が自分のことだけを考えているために、相手の気持ちへの想像力が回らないのである。

    自分が「道を広がって歩いたら、他人に迷惑だろう。気を付けろ」と、言った際、相手がどんな感情を返して来るかということまでも推量出来ないために、逆に言い返されて動転したわけである。

    これも心理学的にいうと、「無意識下の依存症」ということになるそうで、幼児性の最たるものなのだという。

    相手の反応は、こうあって欲しい。こうあるべきだ----と、思う通りの結果が出なければ承知出来ないというのは、正しく子供の考え方だというのである。

    しかし、このケースとは反対に、勇気を出して注意をしたら殴りかかられたなどということも世間には良くある話なので、注意するにもそれなりの覚悟で声をかけなければならないとも思うのだが、それにしても、これは如何にもやり過ぎである。

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頑張り屋には耳の痛い話 [心理の不思議 18]


[本]頑張り屋には耳の痛い話



    この秋から、SBCでは「レジデント~5人の研修医」なる医療ドラマが始まるらしいが、はて?・・・何処ぞで聞いたようなタイトルだな。(爆)




    ところで、あなたの周囲にやたらがむしゃらに仕事をこなす人はいないだろうか?

    休日返上で仕事に明け暮れるような、仕事生き甲斐人間だ。

    しかし、そういう人は、あまり幸せそうな顔をしていないのは何故だろう?

    それは、仕事がその人にとっての逃げ場になっているからである。

    つまり、そういう人は、決して仕事が好きなわけではないのだ。

    ただ、心の中の言いようもない空虚感を満たすために、何かをしていなければやり切れないから、無我夢中で自分を追い込むのだという。

    そして、何かを達成した時だけ、生きているという実感を得ることが出来るのだ。

    ある有名な漫画家が、これに似たようなことを話していたことがある。

    「別に漫画を描くことが好きで描いているわけではない。描いている時は、常に苦痛で仕方がないのだが、描き終わった時の一瞬の安堵感が、自分にとっての最良の時間に思えるのだ」

    こういう感覚は、トップアスリートにも共通するものなのかもしれない。

    走り始めた頃は、走ること自体が楽しくて走っていたのだろうが、記録が更新されて周囲の期待が高まるにつれ、自分は目に見えない何者かに走らされているという義務感を覚えるようになるマラソン選手も多いという。

    それでも、走り続けるのは、走ることでしか自分自身を実感できないからであろう。

    そうやって、弱い自分から目をそむけているに過ぎないのである。

    だが、その苦痛は、ある時突然限界を超える。自分を追い込んで追い込んで、それでも自身が納得できる結果が出ない場合、達成感すらも手に入れられなくなる。

    疲れても仕事から離れることが出来ず、休養が取れない。

    何もかも忘れて放り出してしまえれば楽なのだが、それは怖くてできないのだ。何故なら、その仕事を離れてしまうと、自分が生きて社会の役に立っているはずだという証明さえも消えてしまうからである。

    それがうつ症状を引き起こす原因の一つだともいわれているそうだ。

    だから、真面目で熱心な人は、決して勤勉な人ではない。

    仕事をしていないと不安に押しつぶされそうになるから、頑張るしかないのである。

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殴りかかる人たち [心理の不思議 18]


[パンチ]殴りかかる人たち



    以前に、このブログにも書いたのだが、近頃はすぐにキレる大人が増えているそうで、そのキレ方が昔とはかなり質が違って来ているという。

    かつての日本人は、文字通り耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだのちに、堪忍袋の緒を切らすというのが相場だった。

    しかし、今は、人ごみで肩が触れた途端にブチ切れて、誰かれ構わずナイフで刺す----などという瞬間沸騰型が多くなっているそうだ。

    これは、何も若者に限った現象ではない。

    むしろ、年配者の中にこうしたタイプが増えているのだという。

    たとえば、駅の切符売り場の自動販売機の使い方が判らず戸惑っているお年寄りを見付けた駅員さんが、

    「何か、お困りですか?お手伝いしましょうか」

    と、声をかけたところ、いきなりお年寄りに顔面を殴られたという話も聞く。

    親切心から助け船を出したのに、どうして殴られなければならないのか訳が判らないという駅員さんだが、このお年寄りは認知症でも何でもない。

    話を聞けば、殴りかかるにはそれなりの理由があったのだ。

    「おれは、今まで人から助けてもらうようなことは一度もない。そんな弱い人間じゃないんだ。それを勝手にもうろくしたような扱いをされて、我慢が出来なかった。おれにだって、プライドはある。切符ぐらい一人で買える」

    とはいえ、そのお年寄りの後ろには、切符を買おうとする他の客たちが列をなしていたのだから、駅員さんとしては気配りをするのは当然である。

    が、そんな理屈はこのお年寄りには通じなかったようで、

    「どうして、もっと時間をかけて買わせてくれなかったんだ。恥をかかせやがって、バカにするな!」

    と、腹立ちは収まらない。

    つまり、高齢者にはこれまで自分の力で世の中を間違いなく渡って来たというゆるぎない自尊心があるため、如何に親切心からであろうと、それを否定する者は許せないのである。

    「本当に困ったら、自分の方から訊きに行くので、それまでは黙っていろ」

    と、いう訳である。

    精神科医が言うことには、

    「ストレスとは、怒りである。寂しさや孤独感が怒りに変わり、それがストレスとなる。ストレスが高じると、それを発散するために暴力を振るうのがキレるということで、これをなくすためには、感情を意識から切り離すことである。

    腹が立ったら、何故腹が立つのかを客観的に分析する癖を付けることで、怒りはある程度コントロールできるのだ。そして、腹が立った時は、一つ大きく深呼吸をする。そして、その時は、吐く息を出来るだけ長く続ける。こうすると、意外にその怒りが小さくなるという実験結果も出ている」

    そうである。

    しかし、傷付けられることを極端に恐れ憎む人たちの怒りをコントロールすることは実に至難の業である。

    自分は他の人間たちよりも特別でなければならない----と、考える人々が、キレる大人になるといっても過言ではないようである。

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あなたの観察意識は正しいか? [心理の不思議 18]


[レストラン]あなたの観察意識は正しいか?




    東洋水産のマルちゃん正麺 「豚骨味」----食べみましたよ~。

    塩分6グラム以上とかなり高めなので、スープの素は半分弱しか入れませんでしたが、それでもなかなかの塩加減でしたね。

    麺(かなり細麺)はコマーシャル通り、これまでのインスタントとは少し違って、もちもちとしてコシがありました。

    喉ごしも滑らかで、おいしかったと思います。

    ただ、ラーメン店で出されるような本格生麺をイメージして食べると、やや期待を裏切られてしまうかも。

    インスタントラーメンがおいしくなった----という感覚で食べると、素直に感動できるのでは。





    では、質問です。

    あなたは、ある女性の次のような行動を目にしました。

    さあ、この女性はあなたにとってどのような印象の人だったでしょうか?

    A この女性は、階段で転んだおばあさんを助けている。

    B 次の日、この女性は街頭募金箱に1000円札を入れていた。

    C 翌日の昼過ぎ、この女性はホテルの前で知り合いらしき男性と待ち合わせをして、並んで歩き出した。

    D その夕方、女性は、ホテル前で会った男性と飲み屋へ入り、その後別の男性と出て来た。





    こうした場面を想定させて実験をすると、この女性への評価は二つに分かれたそうです。

    一つは、女性の行動を総合的に判断して、A~Dの行動を関連付けて評価するという考え方です。

    つまり、これは、

    女性は、おばあさんを助けてあげる親切な心の持ち主で、募金活動などの社会貢献も率先して行なう誠実な人。ホテルの前で待ち合わせした男性は、会社の同僚で、仕事の打ち合わせをした後、二人で行きつけの飲み屋へ入り、そこで偶然顔を合わせた女性の夫(やはりこの店の常連客)と二人で家路についた。

    と、いうように考えるタイプ。


    もう一つは、女性の行動の、ある一部のみを単純化して評価するという考え方です。

    つまり、こちらは、

    女性についてのAとBは、まったく無視してしまい、CとDだけを取り出して、女性は昼間からホテルで男と会うようなふしだらな人間で、今度は飲み屋へ入り、そこでも別の男をひっかけるようなどうしようもない悪女。

    と、いうような評価をしてしまうタイプなのです。

    あなたが、どちらの評価をしたかで、あなた自身の物の見方が偏見にとらわれやすいものか、そうでないものかが判るのだそうです。

    女性の行動を総合的に評価出来た人は、何か事件があっても、それに対して一つの情報だけを拡大解釈することなく、多面的に観察することの出来る人だそうですが、CとDの印象が強く残った人は、ともすれば、事件の一面だけをクローズアップして短絡的に物事を理解しようとする傾向がある人だとか。

    さあ、あなたは、どのような評価をしましたか?

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女性同士の友情とは・・・ [心理の不思議 18]


[カバン]女性同士の友情とは・・・




    ヤフー知恵袋を読んでいると、本当に人間関係の複雑さが垣間見れて勉強になる。

    まあ、中には、釣り(嘘の話をでっちあげて、同情を買おうとする投稿)もあるようだが、常連回答者は良く判っているもので、その人の過去の質問などもしっかりと精査して答えているようである。

    人間関係の複雑さといえば、以外に厄介なのは女性同士の友情の破たんであろう。

    有名なところでは、現在進行中の歌手の小林幸子と女性元社長との問題も、正にこれに当たる。

    長年培ってきた女性二人の友情にひびが入るのは、たいていどちらかの女性に彼氏や夫が出来た時と、相場が決まっている。

    小林幸子側は、問題は既にお金で解決したと思っているようだが、元社長の気持ちは金銭では何も埋まらない。今回小林がようやくの思いで発売した新曲のCDを、元社長へ送ったところ、完全に受け取りを拒否されたそうである。

    何故、こういうことになるのかといえば、男性と違って女性は、自分に彼氏や夫が出来ると、それ以外の他人にはほとんど気が回らなくなるからなのである。

    男性は、自分に彼女が出来ても、それはそれとして友情はまた別物と考える機能が脳内に備わっているようだが、女性は文字通り全身全霊の意識が、男性へと移行してしまうという特徴があるらしいのだ。

    だから、恋人が出来た女性は、会話の内容までが愛する人の話題で埋め尽くされることになるし、もしもその女性がそこまでのおしゃべりでなければ、好きな男性と付き合っている間は、それまで頻繁にメールのやり取りをしていた女友だちへのメールが、ぱったり途絶えたりするなど、極端な変化が見えるのだそうだ。

    今回の、知恵袋には、5年もの間、ルームシェアをして来た二人の女性のうちの一人が、一年半付き合った彼から結婚を申し込まれたことで生じた騒動について、投稿されていた。

    Aさんは、ルームシェアをしているBさんとかなりの仲良しで、ほとんど家族同然のように暮らしていたそうなのだが、Bさんも良く知っているAさんの彼氏が、Aさんにプロポーズ。Aさんは、二つ返事で承諾し、そのことをプロポーズされた翌日、Bさんに伝えたのだそうだ。

    「わたし、結婚することになったので、もうすぐ部屋を出る。居住期間の更新はこの間したばかりだから、負担した自分の分の更新料5万円はもったいなかったけれど、あなたは一年間住み続けられるのだから、ここを出たあとはどうするかその間に良く考えてね」

    すると、Bさんは、「結婚、ご愁傷さまって感じ」と言って、それからはAさんにとても冷たい態度になったのだという。

    そして、「こんなに長い間同居していたのに、結婚を勝手に一人で決めちゃってひどいじゃない。結婚したって、あなた、料理なんてどうするのよ。今までは、結婚なんかしないって言っていたのに、騙された。わたしがこの部屋を出て行くまで一年しかないなんて、簡単に準備なんかできるわけない」と、激怒。

    これを聞いたAさんも、

    「料理ぐらい出来るし、結婚しないって言っていたのも一時期のこと。わたしに恋人がいることは、あなたも知っていたんだから、こういう日が来ることは判っていたはず。だいいち、結婚するかしないかを、どうしてあなたに相談しなきゃいけないのか、さっぱり判らない。結婚は、わたしと彼の問題なんだから、報告だけでいいじゃない」

    と、反論した。

    多くの回答者が書いていたように、BさんはAさんの家族同然の感覚だったんだろう。だから、結婚を即諾するのではなく、「プロポーズされたんだけれど、結婚しようと思う」と、Bさんに一言先に伝えてから彼にイエスと言って欲しかったと、言いたかったのではないかと思われる。

    そして、もっと穿って考えれば、BさんはAさんと二人、ずっと独身のまま一緒に暮らしたかったんだろう。おそらく、Bさんは、Aさんに裏切られたようなショックを感じたのだと思う。

    結婚を控え、幸福感の極致にあるAさんは、回答者たちの「やはり、Bさんに相談してから決めるべきだったのでは?」というアドバイスの意味が良く理解できないというが、こういうことは一定の形なのだと思う。

    Bさんは、家族同然だと思っていたメンツをつぶされたことに対して腹を立てているのであり、Aさんの結婚自体を妨害しようとなど思っているのではないはずである。

    しかし、独身のBさんに対してある種勝者目線になってしまった今のAさんには、そうした配慮の必要性は理解できないようである。

    女性の友情が脆いのは、女性は、通常はどれほど気遣いのある賢い人でも、こと男性との恋愛関係が始まると自分のことしか見えなくなるという特有の欠点を持っているからなのだ。

    たぶん、このAさんも自分では気付かないうちに、これまでもBさんに彼氏とののろけ話を嫌というほど吹聴していたに違いない。Bさんは、それを内心ウザいと思いながらも、友情を壊すまいと、黙って聞いていてくれたのだろう。

    ブログを読んでいても、好意を持つ男性が現われた途端に、記事内容が恋愛感情一色になってしまうブロガーもいる。

    しかも、ついつい他人のコメント欄にまでお門違いの「恋人大好きコメント」を書き込んでしまい、顰蹙を買っていた女性ブロガーもいたくらいだ。

    いくら自分はその男性が好きでも、他人には何一つ関係ないことなのだから、それはそれと割り切って冷静にお互いの感情を思いやり尊敬の念を育んでいけるのならば、女性同士の友情ももっと長続きできるのではないかと思うのだが・・・。

    これも、自分と彼しか見えなくなってしまった女性には、なかなか難しいのである。    
    
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ヒステリー性格 [心理の不思議 18]


[カバン]ヒステリー性格



    今日は、朝から大雨。

    この地区の秋祭りだというのに、この雨では御神輿も出ないのではないだろうか?

    今年は何故か祭りといえば、雨が降る。



    ある女性が、女友だちの結婚披露宴へ出席した話を、その時の写真を見せながらとても楽しそうに語っていた。

    新婦も可愛いが、新郎がかなりのイケメンだったので、写真を見せられたわたしたちは、口をそろえて、

    「新郎の人、すごいハンサムだね~」

    と、言った。

    だが、その女性は、それに対して何のリアクションもしない。

    披露宴に出された食事の話題などを早口でまくしたてるのだが、新郎新婦に話題が触れると、徹底的にそれを無視するのだ。

    そこで、わたしが、もう一度、

    「新婦さんも可愛いし、ホント、似合いのカップルだよね」

    と、繰り返したのだが、彼女は、やはりそれに対しては完全スルー。

    披露宴で自分が得意の歌謡曲を歌ったことや、新郎側の男性出席者何人もから声をかけられたというような自慢話しかしないのである。

    女性と別れたあとで、わたしたちの会話は、「あの反応なに?」と、いうことに終始した。

    すると、一人の知り合い女性は、「あれ、たぶん、やっかみだよ」と、言う。

    つまり、披露宴へ出席した女性は、新郎があまりにイケメンだったので、新婦に嫉妬したに違いないというのだ。

    「自分の亭主よりも男前だったから、あの女にはもったいない---って、思ったんだよ」

    「でも、新婦は昔からの友だちでしょ?」

    わたしが言うと、彼女は、

    「友だちだって関係ないよ。彼女は、自分以外の人間が自分よりも良い思いをすることが許せないんだから」

    と、話すので、それじゃァ、何でわざわざ披露宴に出席してお祝いの歌まで歌ったのかと、呆れると、

    「あのね、女にはパーティーの華にならないと、気が済まないって人がいるんだよ。騒ぎごとは好きなんだけれど、自分以外の人間が注目を浴びるのは我慢がならないわけよ」

    彼女はさらに説明する。

    結婚式で新婦以上に注目を集めたいというのも、大きな勘違いだと思うのだが、女性の心理は超複雑だ。

    要は、「相手のブドウは酸っぱくあって欲しいが、自分のレモンは甘いと思わせたい」という心理なのだろう。

    自分を実際以上に見せるためには、相手の持ち物をけなすしかないのだ。

    確かに、新郎はイケメンだが、そんなことは絶対に認めたくない。でも、悔しい。

    おそらく、あの女性は、他人を褒めることが出来ないヒステリー性格の持ち主なのである。

    たった一言、「新郎もハンサムで新婦も可愛いから、素敵な美男美女カップルだったよ」と、素直に答えられれば人生はもっと楽だろうに・・・。

    もしも、誰かを褒める時は、茶化すような冗談口しか叩けないのも、そういう人の特徴なのだ。

    何故なら、お腹の中は、いつも世の中すべてに対する憎らしさでいっぱいなのだから。

    でも、彼女だって、優しいご主人と可愛い子供さんに囲まれた、人も羨む何不自由ない暮らしをしている。

    それでも、まだ足りないというのだろうか?

    それほど、隣の芝生は青く見えるのか?

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褒められると黙りこむ人は・・・ [心理の不思議 18]


[喫茶店]褒められると黙りこむ人は・・・



    あなたの周囲に、やたらに自画自賛をする人がいたら、一度試してみて欲しい。

    「そうなの。それはすごいわね。じゃァ、今度はあなたにお願いしようかしら。そういうことはお得意のようだから」

    そんな風に、自画自賛する相手を褒めたとき、一瞬でも相手が言葉に詰まるようなら、その自慢はほとんど嘘だと考えて良いそうである。

    自画自賛が癖の人は、とかく実際よりも自分を立派に見せたいという欲求を満たすため、話を大きくでっちあげる傾向がある。

    本当は、自分から頼んだことでも、人望を見こまれて相手から持ちかけられたことのように話を逆転させたり、自分がしたことではないのに、自分がしたように吹聴したり、やってもいないことをやったということなどお手のものなのである。

    嘘も方便と言うが、そういう人は方便だけで生きているようなものなので、真の自分を認めるのが怖いのだ。

    だから、真実をズバリと突かれると、二の句が継げなくなる。

    「今日は、頑張って大仕事をした」

    と、そういう人が言っていても、額面通りに信じてはいけない。

    それも真実かどうか疑わしいからだ。

    単に、あなたからの褒め言葉を期待しているだけかもしれないのだから。

    そういう時は、こう訊ねてみよう。

    「へえ~、それはお疲れさま。で、どんな大仕事をしたわけ?」

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ストレスは、適度に感じる方が良い [心理の不思議 18]


[音楽]ストレスは、適度に感じる方が良い



    ストレスといえば、すべてが悪玉のように思われがちだが、実はそうとも言い切れない。

    人間が生きて行く上で、ストレスが重要な役割を果たしている場合もあるのだ。

    夏は暑い、冬は寒い。

    これもストレスの一種である。

    料理をする時は、火傷に気を付けようと緊張するし、自動車の運転だって、四方八方に注意を配らなければならない。これも、立派なストレスである。

    お腹が空くことも、隣の人と会話する際の気配りも、テレビ番組の録画をし忘れた時の落胆も、やはりストレスなのである。

    これらのストレスがあるから、人間は自分でそれを回避するために、自然と身体を守ることが出来るし、休養をとったり、気分転換を図ることも出来るのだ。

    もしも、こうしたストレスを感じなかったら、どうなってしまうだろう。

    不安も緊張もない生活があったとして、人間は生きていられるのだろうか?

    以前、何かの報道番組が交通事故で脳に障害を負った女性の特集を取り上げていたが、その女性は、恐怖とか緊張とか不安というものを一切感じなくなってしまったのである。

    熱いコーヒーはすぐに飲んだら火傷する----ということは判るのだが、それに対する恐怖心がないので平気で飲んでしまい、大変なことになったり、刃物は危ないという認識はあるものの、危ないことは怖いことという感覚がないので、料理の最中に手を切りそうになることもしょっちゅうだ。

    そして、対人関係でのストレスもないので、いつもハッピー。怒るとか、悲しむという感情も麻痺している。

    彼女は、そのことを甘んじて受け入れてはいるものの、一方では、驚いたり、悲しんだり、怖がったり、悩んだり----という感情があるからこそ、人間なのだということもちゃんと理解してるようであった。

    つまり、ストレスとは、「身体が危険なので、防御姿勢をとれ」という重要なサインなのである。

    では、こういうストレスを最小限にするためには、どうしたらよいかというと、殊に人間関係がもとで生じるストレスは、お酒などに頼るのではなく、誰かに相談する、話をするということが良いそうである。

    しかし、それには相手の話にもちゃんと耳を傾けること。

    いつも、自分のことばかり訴えるのは、マナー違反である。
    
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