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人選は満遍なく [ちょっと、一息 18]


[喫茶店]人選は満遍なく



    信濃毎日新聞に掲載されている「のびのび育児 信州はなし隊」を毎回興味深く読ませて頂いている。

    若い父親や母親たちが、暗中模索しつつも子育てを頑張っている姿が彷彿として、なかなか楽しめる紙面座談会である。

    その記事に、「雨の休日の過ごし方」という回があった。

    「雨の休日を家族でどう過ごしますか?」との質問に、ジンヤ、はつね、みかん、百花、ジャスミン、コウタロウ、新司といったパパ、ママたちが、我が子との雨の休日について、独自の過ごし方を発表し合っているのである。

    ある父親は、「子供が小さい頃は、よく相撲をした」と語り、また別の父親は、「旅行に行って家族みんなで楽しんだ」と話す。

    また、別の父親は、「子供が小さい頃は、家で布団の上で遊んだ」と、言っていた。

    そして、一人の父親がそれに対して、「休日は何処かに行かないともったいない気がしてしまうけど、家で過ごすのもいいですね」と、応えていた。

    ここまで読み進めていて、わたしは、小さな違和感を持った。

    「休日って、わたしの家には、そんなものはなかったな・・・」

    そうなのである。この座談会に出席している父親たちは、おそらく全員が勤め人なのだ。

    わたしの家は、商売をしているので、未だに休日も平日もない。

    もしも、この座談会に、休日なしの商店経営や旅館経営などの父親や母親が入っていたら、この会話はどうなったであろうか?

    おそらく、雨の日だからと言って、子供と遊んでいる時間など決してとれないのではないだろうか。

    最近のアニメや漫画に生活感がなくなってきたのは、登場する子供たちがほとんどサラリーマン家庭の子供たちだからなのである。

    しかし、世の中はそんな勤め人だけで構成されている訳ではない。

    酒店、精肉店、雑貨店、鮮魚店、洋品店、宿泊業、飲食店、俳優、芸術家、新聞店などなど、千差万別の職業人がいるのである。

    座談会形式の記事を考えるならば、そんな休日などとはほとんど無縁の人たちの声も拾う方が内容に深みや現実感が出たのではないだろうか。

    この辺りで、紙面座談会の人選を一考してみるのも良いのではないかと思った。

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矛盾だらけの人々 [ちょっと、一息 18]


[リボン]矛盾だらけの人々



    「ギャルママ」モデルの益若つばささん(26)がブログに自分のネイル写真を掲載したところ、ネットで「そんな爪で家事ができるのか」といった声が挙がり、議論が起きている。今のネイルは昔より丈夫だというが、実際どうなのか。(YAHOO!ニュース




    ネイルアートをしたままで家事が出来るのか?

    この疑問や批判は、年齢層によってもさまざまだと思うが、わたし自身は、酢の物をネイルアートをした爪のままの素手で揉んでは欲しくないというのが本音だ。

    ただ、そういう人が作った料理でも違和感なく食べることが出来るという人ならば、別にその手で料理をしてもらっても構わないのではないだろうか。

    それにしても、そういうネイルアートを施した爪のままでといだコメを炊いたご飯は食べられても、他人が素手で握ったおにぎりは食べられないという人も世の中にはいるらしい。

    「母親やおばあちゃんが素手で握ったおにぎりだけはOKなんだけれど、友だちや親戚のおばさんが握ったのは、どうしても不潔な気がして食べられない」

    と、いう若い女性もいるという。

    年配の人たちに言わせれば、「あなたのネイルアートの隙間に入っているゴミや雑菌の方がよっぽど不潔よ」と、いう反応になるのだろうが、要は、その人その人の価値観の相違であろう。

    ある女子高生は、

    「毎日朝シャンをしないと気持ち悪くて一日過ごせないが、お風呂へ入るのは三日に一遍でも平気」

    だそうだ。

    また、トイレから出たあとはたいていの人は手を洗うが、

    「本当の手の汚さはトイレへ入る前の方が汚いはずだから、自分は入る前に手を洗って、入ったあとは洗わない」

    と、半ば信念をもって言い切る女性もいた。

    では、その手のままで食事をするのかと、こちらは不安に思うのだが、

    「汚い手のままでトイレットペーパーを使う方が、よほど身体には悪いはずだ。尿に大腸菌はいない」

    と、女性は言うのである。

    しかし、トイレでたす用は、小水ばかりではないはずなのだが・・・。

    まあ、清潔、不潔の感覚は、正に人それぞれということなのだろう。

    今日の信濃毎日新聞の記事に、こんな言葉が書かれてあった。

    「常識の別の言い方は、偏見である」

    そうはいっても、世の中には常識がなければ、社会秩序の基準というものがなくなってしまう。

    ネイルアートをしながら料理をするギャルママたちも、徹底してそのスタイルを貫くなら、社会には彼女たちだけの世代が生活をしている訳ではないことを理解した上で、たとえ風当たりは強くても、胸を張って常識に立ち向かって欲しいものである。

    きっと、若かりし頃の思い出の一ページにはなるだろうから----。

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不思議なペット事情 [ちょっと、一息 18]


[猫]不思議なペット事情



    ヤフー知恵袋に何ともユニークな質問があった。

    「ペットの犬が死んだという同僚が三日間の喪中休暇をとり、それだけでも他の社員たちは呆れていたのに、死んだ犬の葬式に出席して欲しいという告別式案内状が社員全員に届いた。

    犬の葬式に花代や香典を包むなど考えられないということで、皆、他に用事があるとの理由で、葬式への列席は断わった。

    すると、この同僚は、「死んだ犬は家族同然なのに!」と、激怒。

    しかし、犬の葬式に香典を包めば、金魚が死んだ、鈴虫が死んだというだけでお金を包まねばならなくなる。

    それでも、ペットの葬式に出席しなければいけないのか?わたしには、絶対にそんなことは出来ない」

    

    これに対する回答者の意見は、「確かに、愛犬が死んで悲しいのは判るが、その悲しみを他人にまで強要する必要はない。この社員は特殊な人です」と、いうものが多かった。



    それにもう一つ。

    「身内が亡くなって悲しんでいる人に対して、『判るわ。わたしも〇〇ちゃん(犬の名前)が死んだ時は、本当に辛かった』と、人間の死と犬の死を同レベルで悲しむ人の神経はどうなっているのか?実に、不謹慎だ」

    と、いう質問もあった。

    これについても、回答者たちの答えは、「犬の死と人の死を混同するなどおかしい。犬はあくまでペットであり、人間の価値と同じレベルで考えるのは間違っている」というものが大半で、日本人の意識は、まだまだ健在であることが判りほっとした。

    しかしながら、上記の質問のような、「ペットは家族以上の存在」と、考える飼い主が増えているのも事実である。

    飼い犬を「ちゃん」付けで呼ばなかったというだけで、烈火のごとく怒る飼い主もいる。

    回答者の中には、「自分も飼い犬を溺愛してはいるが、他人さまに対してまでそうしろというようなつもりはない。犬を飼っていない人に話す時は、『うちの犬』というように呼び方を替えている」と、いう常識人もいた。

    「本当に犬嫌いの人に、愛犬を『犬畜生』と、呼ばれて腹が立ったが、犬は犬なので仕方がない」と、いう回答者もいた。

    

    ペットの葬儀で思い出したが、昔、ご近所に飼い猫の葬式をした人がいた。 

    まだ、ペットの葬儀が珍しい頃だったので、近所でもかなり話題になった。

    そこへ参列した飼い主と友人のある主婦が、その時の会場の雰囲気をこんな風に話してくれた。

    「ちゃんと、人間のお葬式のように庵主さんが来られて、『猫ちゃん、猫ちゃん』って、お経をあげるんでびっくりしたわよ」

    でも、その風景を想像すると、何となく微笑ましくさえ思えた。

    おそらく、その猫の飼い主が、猫が生きている頃はおよそ猫を溺愛しているようには見えなかったからであろう。

    猫は、特段、家族といった具合ではなく、ただの飼い猫として一生を過ごしたのだが、その葬儀を執り行ったことで、猫に対する飼い主の愛情が垣間見えたからである。 

    参列した飼い主の友人たちも、香典などを持ち寄ることもなく、葬儀の後も和気藹々とした他愛もないおしゃべりをするお茶会で過ごしたという。

    もしも、質問中の同僚社員が、告別式案内状を郵送するような仰々しいことなどせずに、ペットを失った自分の寂しさを癒すために近しい人たちに集って欲しいというだけの、そんな簡素なほのぼのとした葬式なら、社員たちも違和感を覚えることなく出席してくれたのではないだろうか。

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自信満々な人々 [ちょっと、一息 18]


[カラオケ]自信満々な人々



    
    最近の若い人たちの中には、とにかく自分に自信満々な人が多いように見受けられる。

    こんな現象は、わたしたちが若い頃には考えられないことであった。

    たとえば、文筆家にしても、若くして世間にのし上がろうとするなら、親子の縁を切り、羞恥心さえかなぐり捨てたような下品な文章でも書かなければ注目を集められなかったものである。

    しかし、今は20代、30代でも一人前の文筆家や事業家として、堂々と会場を借りて講習会を開く人までいるそうだ。

    単にブログやツイッター等で、ささやかに独自のアイデアや経験談を語ったり、ご近所同士や親しい仲間内で、和気藹々と漬物のつけ方や料理作り方を教え合うのとは訳が違う。

    わたしたちのような常に年配者に従って来た世代の者たちにしてみれば、冒険心があると言うのか、怖い物知らずと言うのか、大した度胸だと舌を巻かざるを得ない。

    わたしなど、未だに自分の書いている物が本当に人さまの目に触れてよいものか否か、思考錯誤の連続である。

    かつて、英会話学校の先生から華道教授として指南して欲しいと頼まれた時も、自分の実力がどれほどのものか判っているので、丁重にお断りした。

    若くしてそういう講義や講演が出来る人というのは、どれだけの知識や経験を持っているのであろうか?

    年配者は、たとえ知っていても知識や教養をひけらかすようなことはしない。

    若い人たちが訳知り顔に話すことも、たいていの年配者は既に知っていることばかりなのだ。

    だが、年配者は、相手を立てる術を子供の頃からしつけられているので、決してそのようなことは口にせず、

    「若いのに大したものだね」

    と、わざと驚嘆してみせたりもする。

    だが、自分を過信している若手の文筆家や事業家には、そうした大人の思いやりはほとんど伝わらない。

    だから、わたしは、そういう人たちにあえて問いたい。

    「あなたは、人さまに何かを教えることが出来るほど、知識や教養のある経験豊かな人物なのですか?」

    と-----。

    他人に物事を教えるということは、それほど単純なことではないはずなのだが・・・。

    近頃は、にわか教授が多すぎるような気がする。

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ほぼ街中が買い物難民状態 [ちょっと、一息 18]


[バス]ほぼ街中が買い物難民状態



    わたしの住んでいる地域には、スーパーマーケットという物が一、二軒しかない。

    八百屋さんは二、三軒あるものの、選り好みが出来る状態ではない。

    肉屋さんや魚屋さんは皆無である。

    コンビニもあるが、一家の食卓や日用雑貨をコンビニの商品だけで間に合わせることは難しい。

    そこで、買い物といえば、自動車を持つ人は遠くまで買い出しに出る。

    だが、運転免許を持っていない人や、免許はあっても車を持っていない人たちは、必然的に近所の個人商店で買い物を済ませることになるのだが、これも、とにかく歩かなければ店までの往復はかなわない。

    運転免許を持たないお年寄りなどは、毎日を買い物だけのために費やさねばならないことになる。

    しかも、この炎天下でさえ、ある人は買い物用のカートを引き、ある人はシルバーカーを押しながら、腰を曲げて痛む足を引きずりながら歩くしかないのである。

    この大変さは、若い人たちには決して判らないと、お年寄りたちは言う。

    今や、この地域の大半のお年寄りが「買い物難民」と言っても過言ではない。

    高齢になれば体力も落ちるために、買える品物の数も限られてくる。

    油や醤油、洗濯用の柔軟剤、シャンプーリンス、トイレットペーパー、野菜等々、重い物やかさばる物は一度に買うことが出来ない。

    配達を頼めばいいという声もあるが、配達料を支払うだけの経済的余裕はない。

    買い物のための乗り合いバスを用意すればいいという案もあるが、バスが家の前まで来てくれるわけではないし、買い物先からも好きな時間に帰ることが出来なければ意味がないということで、実現した試しがない。

    つまり、食べる物や日常使う品物は、いつも同じものばかりになってしまうのである。

    いや、同じ物でも食料や雑貨が確保できるならまだましな方だ。

    これからの超高齢時代に向かって、ますますこうした買い物の不便さは加速するであろう。

    自治体職員が無料で高齢住民の代わりに買い出しを担当してくれるようなシステムでもあれば、かなり助かるお年寄りたちもいるのだろうが、タクシー代を数回500円ほど割引してくれるぐらいのサービスしか提供できていないのが現実である。

    だが、高額なタクシー代をわずかに割引してもらっても、それで毎回買い物に出かけられるような家計の余裕が、年金生活者にあろうはずがない。

    生活は待ったなしで毎日続くのである。

    生きて行くというのは、それほど単純な問題ではない。

    頭もしっかりしていて、買い物さえ出来れば、ずっとこの場所に住み続けたいと思うお年寄りの中には、足が言うことをきかないために仕方なく住み慣れた家を離れ、子供が住んでいる県外へ引っ越さねばならなくなった人もいる。

    このままでは、いつか近いうちに高齢者の命自体が脅かされる事態が起こり得るのではないか・・・と、懸念されてならない。

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時代遅れも甚だしい! [ちょっと、一息 18]


[時計]時代遅れも甚だしい!



    神奈川県警大和署に勤務していた男性警察官4人が今年3月、後輩の女性警察官に対し、服を脱ぐよう強要するなどの性的嫌がらせをしていた問題で、名和振平警務部長は27日、「捜査を進め立件の可否も含めて判断する」と述べ、立件できないとの当初の判断を撤回し、4人の立件を視野に捜査することを明らかにした。

    読売新聞が27日に報じ、県警本部や大和署には同日午後4時現在、計282件の電話が寄せられた。「警察は何を考えているのか」「厳正な処分をしてほしい」などの批判がほぼすべてを占めたという。

    名和警務部長は同日夜、県警で記者会見し、「当初、立件できないと説明したが、最終的な判断ではなかった。今後さらに慎重に捜査を進め立件の可否も含めて厳正に判断する」と述べた。容疑については、強要や暴行、強制わいせつなどが考えられる、とした。今回の問題については「長年、警察は男性ばかりの組織で女性を対等のパートナーとみる意識が低かった」と語った。(YAHOO!ニュース




    
    女性警察官に服を脱ぐように強要した4人の男性警察官の行為はもってのほかだが、

    「長年、警察は男性ばかりの組織で女性を対等のパートナーとみる意識が低かった」

    と、臆面もなく語った上司の感性にも、開いた口がふさがらない。

    この県警は、いったい何時代の人間たちで構成されていたのであろうか?

    未だに、江戸町奉行所の管轄だった訳でもあるまい。

    平成も24年の今日、このような時代錯誤も甚だしい人間たちが生息しているとは、驚きを通り越して言葉も出なかった。

    いや、この上司もこんな言葉を平然と言うところをみれば、精神構造は4人の警察官とさほど大差はないのであろう。

    おそらく昭和30年代の生まれだと思うのだが、新人類とかつては呼ばれた世代が、このような大時代的感覚でいるとは、情けないというか、同じ日本人として恥ずかしい限りだ。

    今や、女性宇宙飛行士が珍しくもなくなり、新幹線も女性が運転し、輸送機の機長も女性が担当し、海上自衛隊の艦船にも女性幹部が乗艦し、スキー純ジャンプでも男性以上に女子選手が活躍している時代である。

    警察内部でも優秀な女性の台頭著しいことが悔しいのかもしれないが、あまりに大人げなく、潔さのかけらもない。

    確かに、セクハラ行為を甘んじて受けていたこの女性警官も、そんなに嫌なら相手の男性たちを殴り倒して逃げ出すことは出来たはずだが、恐怖心からか応じてしまったことにも問題はある。

    そもそも、そんな素行不良の男性警官たちと一緒に行動したこと自体が、間違いの始まりだったと思うし、このような男性優位の認識しか出来ない上司に相談したことも判断が甘かったようだ。

    それにしても、最近、警察官や教師という本来国民を守り指導する立場の人間たちの間に不祥事が続発している。

    その背景に、男性がかつてのように女性から信頼され敬ってもらえないという一種のフラストレーションが関係しているのではないかという専門家もいる。

    男性が女性よりも優位でいたかつての時代には、戦争というものがあった。

    戦地へ送られ、いつ死ぬか判らない男性を、生きている間ぐらいはせめて厚遇してあげようという女性たちの母性的配慮がそういう間違った男女差別を生んでしまったのである。

    だが、日本に戦争などなくなり、戦争自体も体力など関係ない情報戦や近代兵器戦が主流となった現代において、男性が厚遇される理由がなくなったために、男性の中には現実を受け入れられず精神のバランスを欠いている者がいるのだという。

    警察官や教師の希望者には、今後は、適正を測るために性格や男女間のあり方に関する認識テストを実施した方がいいのではないかと考える。

    とにもかくにも、この警務部長の一言は、信じられないほどの愚言と言わざるを得ない。



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何をして欲しいんだか? [ちょっと、一息 18]


[ビール]何をして欲しいんだか?



    毎日、暑い!!

    埼玉から来た観光客には、「熊谷とあまり変わらないね」と言われ、東京から来たという観光客には、「都内の方が涼しいくらいだ」と、言われてしまった。

    ここは、温泉の熱が地面から上がるので、特に暑く感じるのかも・・・。



    会うたびに「足が痛い」「腰が痛い」「関節が腫れていて痛い」などなど、自分の身体の不調ばかりを訴える高齢女性がいる。

    年をとれば、身体も至る所ガタがくるのは仕方がないのだから、そんなことをいちいち人に話さなくてもいいと思うのだが、顔さえ合わせればうるさいくらいに訴えるのだ。

    あまりに鬱陶しいので、「そんなに辛いならお医者さんに診てもらえば?」と、言うと、

    「病院へ行けばお金がかかる」

    と、愚にも付かない理屈をこねる。

    「後期高齢者なんだから、一割負担で済む」

    そうアドバイスしても、絶対に病院へは行こうとしない。

    さらに、説得すると、

    「何で、そんなに冷たい言い方しか出来ないの?」

    と、へそを曲げる。

    冷たい訳ではない。実際、素人判断ではどうしようもないから、辛いなら病院へ行った方が良いとアドバイスしているだけだ。

    訴えられるたびに、「そんなに痛むなんて、大変だね」とでも優しく声をかけてもらいたいとでも言うのだろうか?

    でも、毎回会うたびにそれを言われては、正直返事をするのも面倒になる。

    どうも、彼女は、痛くても不安でも、病院には行きたくないので、誰かに「大丈夫だよ」の一言をかけて欲しいようなのだ。

    とはいえ、そんな無責任なおためごかしが言えるわけがない。

    こっちにしてみれば、「本当に不安なら、一度病院へ行った方が良い」としか返事のしようがない。

    まあ、本気でどうにかしたいと思うのなら、自分から進んで診察を受けに行くだろうから、もはや黙ってみていることにした。

    が、黙っていれば黙っていたで、「薄情者」と言う。

    「はっきり言わせてもらうけれど、あなたの病気なんか、わたしの病気に比べれば指のささくれ程度のものなんだよ。病院へ行きたくないからそういう屁理屈を並べているんだろうけれど、気が小さいにもほどがある!」

    喉まで出かかった言葉を、懸命に飲み込んだ。

    同情して欲しいのなら、もう少し素直になってもらいたいものである。

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ブログの世界にもイジメは横行している [ちょっと、一息 18]


[ペン]ブログの世界にもイジメは横行している



    この間のある会合で、ブロガー同士のイジメ問題に話題が及んだ。

    ある女性ブロガーは、「ブログを始めた当初から、嫌がらせを受けた」と話す。

    彼女は、

    「出来るだけ無視をして、関わり合いにならないようにしながら、これまで記事を書いて来たが、近頃はブログを離れ、気心の知れた相手とだけ会話が出来る『フェイスブック』の方へスタンスを移している」

    とも、語った。

    因みに、ブログ内のイジメとは、イジメる側のブロガーたちがお互いのブログのコメント欄で、ターゲットブロガーの悪口や陰口を書き合ったり、時には、自ブログに相手を誹謗中傷する記事を書いたり、また、ターゲットブロガーのコメント欄へ、直に嫌みや皮肉、攻撃的コメントを書き込んだりすることを指す。

    ブログのイジメは、実に不思議なのだが、相手がどんな人間なのかも判らないうちから始まることが大半だ。

    イジメる側は、たいてい数人の仲良しブロガーの集団で、決まって一人のブロガーをターゲットにすることが特徴である。

    きっかけは実にささいなことで、書き込んだコメントに返事がもらえないとか、相手の返事の内容が気に添わないとか、お高く止まっていることが気に食わないとか・・・ほとんど、理由らしき理由がない場合が多い。

    こうしたことは、確かにブロガーのモラルとして腹は立つが、イジメに発展させようという気持ちにまで移行するのは、「結局、ブロガー同士が顔見知りではないからでは?」と、先の女性ブロガーは考える。

    ブログの場合、相手が、何処の何者かということが判れば、そう簡単にイジメは起きないのだということである。

    つまり、イジメる側にとって、名前も顔も知らない相手は、現実性が実感できないために架空の人物を攻撃しているような、相手からは、決して実際の反撃は受けないはずだというような、漠然とした安心感があるのではないかとも想像出来るのである。

    ブログは、フェイスブックなどとは異なり、匿名性が基本であるから、イジメが横行しやすいともいえるのだと思われる。

    特に、女性ブロガーはそのターゲットになりやすい。

    ブログ内でも、力的に弱い者をイジメる方がリスクが少なくて済むと思うからであろう。

    しかし、そのブロガーの後ろに何者がいるかまでは、普通イジメる方は想像を巡らそうとはしない。

    そして、イジメを受けているブロガーが本当にか弱い女性であるという保証もないのだ。

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カロリーを制限し過ぎると〇〇が減る [ちょっと、一息 18]


[ファーストフード]カロリーを制限し過ぎると〇〇が減る



    年齢に関係なく女性たちの関心の一番は、やはりダイエットだろう。

    どうしたら、痩せられるか?

    痩せることは簡単だそうだ。

    炭水化物を極力摂取せずに、良質のたんぱく質を摂り、空腹を満たすために野菜を大量に食べればいいのだという。

    そして、ウォーキングなどの継続的運動。

    これを続ければ、あっという間に10キロ、20キロは痩せられるそうだ。

    しかし、ダイエットというと、一般的には朝、昼、晩トータルでの食事制限が必要だと思われがちである。

    食事の量を極端に減らし、一日スズメの涙ほどの量しか口にしないダイエットは、確かに痩せ効果はあるかもしれないが、同時に筋肉までも減らしてしまい、人間を歩くこともままならない無筋力状態に陥れてしまうのだそうだ。

    カロリーを減らすと、何故筋肉が落ちるのかと言えば、管理栄養士さん曰く、

    「体内の熱源であるカロリー摂取量が落ちると、身体は自動的に筋肉を壊して、それを熱源に使い出すからである」

    とのことだった。

    わたしも、栄養失調状態が長かった病中には、筋肉量が異常に落ちてしまい、たった五センチの段差でも足が上がらなかった。

    では、端的にカロリーとはどのような食品を指すかといえば、早い話がサラダ油、オリーブ油、マーガリンなどの油類である。

    これらは、摂り過ぎてはもちろんまずいが、摂取しなさ過ぎても身体に悪影響を及ぼす食材であるから、野菜などと合わせて上手に使うことが必要だ。

    ダイエットに限らず、タンパク質や塩分を減らす食事を心がけている場合も、カロリーは極端に減らすことなく、パンにマーガリンを塗ったり、野菜にはオリーブオイルが入ったドレッシングをかけたり、かき揚げなどを食べるのも、良い方法だそうである。

    筋肉量を減らさぬように健康的なダイエットを心がけるには、やはりバランスの良い食生活が大事だということのようである。

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彼がメールの返事をくれないわけ [ちょっと、一息 18]


[携帯電話]彼がメールの返事をくれないわけ



    「彼がメールの返事をくれないわけ」を取り上げた記事があった。

    10項目ほどその理由をあげていたが、その中で最も「なるほどなァ・・・」と、思ったものは、

     他に好きな人が出来た。

     単に面倒くさがり屋。

     携帯をスマホに替えたばかりで、メールの打ち方に慣れていない。

     男性は、仕事と恋愛を区別する人が多いので、恋愛に夢中になっている女性のメールの多さに閉口している。

     そもそもメールというものに、さほどの重要性を感じていない。

    こんなところであった。

    女性は言葉に真実を見出す生き物だから、メールを送れば、相手も即座に返信してくれるものと思い込んでいる場合が多い。

    それこそが、彼の自分への愛の証だとさえ信じている。

    しかし、男性は、メールなど単なる一連絡手段にすぎず、それで精神的つながりを感じようなどとはさらさら思っていないものなのだ。

    ここに、彼氏からメールが来ないと、「嫌われているのでは?」と、考え込んでしまう女性との気持ちの開きがあるのだそうだ。

    確かに、彼女以外に興味をひかれる女性が現われたような場合は、彼女へのメール返信が滞ることもあるだろう。

    男性の脳は、女性のように基本、両方を同等に器用にさばくことが出来ない。

    どちらか一方にしか集中出来ないのが普通なのだ。

    だから、二股をかける男性は、必ず何処かでぼろを出す。

    返事のつじつまが合わなかったり、返事のタイミングがずれたりすることで、胡散臭さがにじみ出てしまうのである。

    では、そんなメールの返事をくれない男性に、返信したいと思わせるにはどうしたらいいのか?

    それについても、記事はこんな提案をしている。

     男性が女性のメールを読んで「嬉しい」とか「楽しい」と思うような内容を書く。

     女性は、自分のことばかりを書くのではなく、必ず男性の心境を思いやる一言を添える。

     あまり、一度に大量のメールを送り付けない。

     「今、何しているの?」「昨日何処へ行ったの?」など質問ばかりをぶつけない。

    質問責めにすると、男性は、「自分は疑われているのか?」と、いうような気持ちになり、女性に対する興味が一気に冷める場合も無きにしも非ずだそうだ。

    そうはいっても、今まさに恋愛にのめり込んでいる女性に、相手の気持ちを思いやれとか、大量メールを送りつけるななどと忠告したところで、馬耳東風というものだろう。

    そういう時は、一言、「私のメール、鬱陶(うっとう)しいですか?」と、訊いてみよう。

    きっと、何らかの返事が返って来るはずだから・・・。 
    
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