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本音が見える仕草とは・・・ [心理の不思議 17]


[時計]本音が見える仕草とは・・・



    もう、九月か・・・。(・_・)

    毎年のことだが、八月はあまりの暑さで、何が何だか判らないうちに過ぎて行くような気がする。

    散歩もほとんどしなかった。この猛暑では、健康のためどころか、逆に脱水起こして身体に危ない。




    映画「チャーリーとチョコレート工場」って、何度見ても新しい発見がある不思議なストーリーだ。

    最後、ハッピーエンドになるのが良い。

    チャーリー以外の子供たちは、考えようによればかなり悲惨なことになってしまっているが、特別悲観している様子がないのも面白い。

    ジョニー・デップ主演の映画は色々観たが、何だか一番彼らしさが出ているようにも思えた。




    で、人の内面は、その人が自分の身体の何処に触れるかで、たいてい判るものらしい。

    よく頬杖をつく人は、母親や恋人のぬくもりに飢えているといえるのだとか。頬杖をつく時の手が、母親や恋人の肩の役割をしているのだそうで、愛する人の胸で温めてもらいたいと思う気持ちが、無意識にそういう姿勢をとらせるのだという。

    だが、年をとって背筋が弱くなってくると、こういう姿勢をとりやすくなるので、お年寄りに当てはまるかはちょっと疑問だ。


    次に、困ったことや失敗した時など、無意識に自分の頬や髪の毛を触る人は、母親や恋人に慰めてもらいたいという深層心理が働いているのだという。

    「大丈夫だよ」「心配しないで」と、髪をなでながら優しく許してもらいといという気持ちが、そういう行為をさせるのだそうだ。


    また、指先で唇に触れるのは、不安を払しょくして落ち着きを取り戻したいという気持ちの表れだとか。

    指が母親の乳房代わりになっているのだそうで、甘えたい、依存したいと思っている証なのだという。爪を噛む癖のある人も、これと同じ理屈であり、幼い頃、常に母親が近くにいなかったというような人が、よく行なう癖だという。

    そう言えば、わたしの同級生たちのことを考えても、専業主婦の母親に育てられた子供には、あまりそういう癖のある者はいなかったが、自営業や共働きの母親に育てられた子供たちには、爪噛みをする者が多かったように思う。


    そして、しょっちゅう腕組みをするのが癖の人は、赤ん坊の頃に、泣いている自分を抱きしめてくれた母親の腕の感触を真似しているのだそうである。要は、誰かに抱きしめてもらいたいというサインなのだとか。

    そういえば、有名な政治評論家にも、こういう癖の人がいるな。

    きっと、無意識のうちに、いつも母親がそばにいるという感覚を持ちながら、熱弁をふるっているのかもしれない。

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にぎやかな立ち話は通行人を不愉快にする [心理の不思議 17]


[車(RV)]にぎやかな立ち話は 通行人を不愉快にする



    楽しそうに声をあげて笑いながら会話を盛り上げているご近所の主婦たち。

    そんな彼女たちの近くを通る時、何となく不愉快な気分になる人は多いはずである。

    何だか、自分が仲間外れにされているような不快な思いをしたり、地位が低められたような気持ちになって、身体を縮めるようにして通り過ぎたり、自分の方から会釈をしたりして行き過ぎなければならないような「妄想性認知」を覚えることもある。

    こうしたおしゃべりの輪のことを、心理学では「社会空間」と呼ぶそうだが、これには他者の侵入を妨げようとする強い影響力があるものだ。

    おしゃべりをしている人たちには、そういう意識はないのだろうが、近くを通りかかった人間は、「疎外感」や時には、「恐怖感」すら感じるもので、会話の人数が多ければ多いほど、この威圧感は増して行く。

    たとえば、この立ち話が上司同士となれば、近くを通る部下はさらに委縮し、部外者意識が深まることにもなり兼ねない。

    そんな会社は、社員の士気も低下して、業績アップなど望めないものである。

    では、もしも、あなたがそんなおしゃべりの輪に加わらなければならない時は、どのようにすれば、そばを通る人たちを不快にさせずに済むのだろうか?

    こういう時は、いくら会話が弾んでも、おしゃべりに夢中にならず、近くを通りすがった知り合いに対しては、「あなたのことを無視していませんよ」という合図として、軽く会釈をするなどの配慮が肝心なのである。

    そして、立ち話をする場所も、廊下の隅や道の脇など、通行の邪魔にならないような、人目に触れにくい所を選ぶのが賢明である。

    それを怠ると、相手に多大な心理的迷惑をかけることになるため、その行為がもとで、あとあと不信を買うことにもなりかねない。

    おしゃべりの輪は、自分でも気付かぬうちに出来上がっていたりもするので、つい話にのめり込みがちではあるが、そんな時も、常に「自分たちは他の人からどんな風に見えているのだろうか?」という、第三者の目を忘れない配慮が大切なのである。

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本音を漏らせる相手を見付けるには [心理の不思議 17]


[電話]本音を漏らせる相手を見付けるには



    人と人の相性というものは、相手に「姿勢反響」があるかどうかで、ある程度は見極められると言われる。

    「姿勢反響」とは、相手が自分の動作と同じような動作をすることである。

    あなたがカップに手を伸ばした時、無意識のうちに相手もカップをとっていれば、「姿勢反響」が起きたと考えられる訳で、こうしたことが何度も繰り返される相手とは、気が合いやすいともいえるのだそうである。

    また、あなたが何か話をしている時、あなたの方へ身を乗り出すような仕草をして聞いているという人がいたら、その人はあなたの話を真剣に聞いている証拠でもあり、逆に、椅子の背もたれに寄りかかるような仕草をしていたり、頭の後ろへ手を回すような格好をしていた場合は、あなたの言っていることを半ばバカにしているか、あなたの話に飽きている証拠なのだそうである。

    実際に顔を合わせた場合は、これらのことで相手の気持ちをだいたい推し量ることが出来る。

    さらに、あなたが悩みや不満を聞いて欲しいと持ちかけた時、相手がそういうやり取りは迷惑だという素振りをするような場合は、相手にはあなたの本音を聞くだけの度量や余裕が欠けているものと考えて良いだろう。

    そういう態度は、一見大人の判断をしているようにも見えるのだが、実際はそうではない。

    本心では、そういう話を聞きたくてたまらないと思っているのだが、単なる格好付けで拒否しているだけなのである。

    つまり、安易に相談を受けて煩わしいことに関わりたくないという自己保身しか頭にない人だということが判る訳で、そういう人にはたとえ本音を話したところで、何の解決策も見付かりはしないのである。

    本音を漏らせる相手とは、まずは良くも悪くもあなたの言い分を頭からすべて受け止めてくれる人であり、あなたの話を聞いた途端に即座に結論を持ち出すような返答をする人ではないということなのである。

    わたしもこれまでいろいろな人と会って来たが、おしなべて若い世代の人たちは何故か結論を急ごうとしているように思えるし、それが常識的で知的なやり方だと思い込んでいるのかもしれない。

    わたしは、そんな会話の際にも、相手の態度を観察するのが好きで、さまざまな疑問や悩みをあえてぶつけてみたりもするが、中には、何も知らないおばさんが・・・とでも言いたげな顔つきで、上から目線で教え聞かせようとする若い女性もいた。

    そんな時は、こう結論付けることにしている。

    「この女性は、決して他人が心を許して本音を語れる人ではないな。見えているのは、自分の貧弱な虚栄心だけなのだろう。でも、あと20年もすれば、少しは自分の無知に気付くこともあるかもしれない」 

    と----。   

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突然ギレする日本人 [心理の不思議 17]


[パンチ]突然ギレする日本人


   
    今日、あるクリニックの待合室でテレビを観ていたところ、NHKの「特報首都圏」という番組で、現代人のストレスが各所で暴力事件を引き起こしている----との話題を取り上げていた。

    暴力事件が多発している場所の一つが、駅だという。

    すれ違いざまに肩がぶつかったというだけで、相手を刺してしまった30代男性は、

    「いつも道を歩いていると、他人にぶつかられてイライラしていた。今日は、そのイライラが爆発してしまった」

    と、警察の取り調べに答えたという。また、プラットホームから電車待ちの人を線路上へ突き落した男性も、

    「とにかく、イライラしていた」

    と、話したらしい。駅構内で切符の買い方に戸惑っている人に助言しようとして、いきなりその男性から顔面パンチを浴びせられたという駅員もいるという。

    他の暴力多発場所には、病院もあるという。

    診察の待ち時間が長いことから、「いつまで待たせるんだ!」と、暴言を浴びせられた看護師や職員は全体の30パーセントから50パーセントにも上り、時には、

    「診察室へ出入りする事務職員の顔が暗すぎるから、あんな奴はやめさせろ!」

    などの、どう考えても患者本人には直接何の関係もないことで、キレまくられた職員男性もいたそうである。

    このような公共の場でのイライラ爆発が近年多くなっている背景には、社会の過剰サービスが影響しているのではないかと、番組ゲストの専門家は話していた。

    あまりに社会のサービスが良くなり過ぎたことに慣れ切ってしまい、それ相応のサービスが受けられなかった時の自制が効かなくなっているのも、キレる人間が多くなった原因の一つであるということだった。

    「昔の日本人は、もっと心にゆとりを持っていたし、他人に対しても寛大だった」

    と、専門家は話すが、では、どうして現代人は他人への寛容さを失ってしまったのか----といえば、

    「それは、現代人に寂しい人が多くなったからである」

    とのことであった。人の孤独感や寂しさは、そうでない人を見た時、瞬時にして怒りの感情に変わるのだという。

    世の中にイライラが蔓延している理由は、それだけ寂しい人が増えた証拠でもあるのだ。

    自分の周囲の幸福感が煩わしくてならない人たちは、自身の中の苛立ちをどんどん膨張させて行くわけで、あるところまで膨張しきった時、たまたまそばにいた人に対して、その感情が暴力的に爆発するのである。

    某会社は、そんな孤独を抱えがちの社員のストレス緩和のために、古民家を利用して社員同士の親睦を深めているそうである。

    一人が好きだという人たちも、結局はたった一人では感情のはけ口を見付けられないのである。

    「突然ギレ」という一種の現代病を克服するための特効薬は、とにかく孤独にならないこと----なのかもしれない。

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クレプトマニア(窃盗癖) [心理の不思議 17]


[遊園地]クレプトマニア(窃盗癖)


   
    「物を盗んでいるときだけ、生きている実感が持てた」。ある男性は悲しげに自分の心境を振り返り、別の男性は万引を繰り返した母親について「気づいてあげられなかった」と自分を責めた。特別に欲しい物ではないにもかかわらず、衝動的に万引を繰り返してしまう精神疾患の「クレプトマニア」(窃盗癖)。2人の男性はクレプトマニアに人生を翻弄された。適切な治療を受ければ改善されるというが、医療機関は少なく、専門家によると、最悪のケースでは家族から見放されたり、自殺に追い込まれたりする患者もいるという。(YAHOO!ニュース)




    「万引を成功したときに感じるたまらない高揚感は抑えられなかった」

    前者の、19歳の頃から万引きを続けていた国立大学出の男性理学療法士は、逮捕後にそう話したという。

    そして、後者である万引きを繰り返していた母親もまた、息子と離れて暮らすようになり、息子の世話が出来なくなったことがきっかけで、万引きを始めてしまったのだそうである。

    二人に共通する点があるとすれば、それは、万引きをする時の得も言われぬスリルと、万引き成功後の解き放たれるような達成感という精神状態の緊張と弛緩のギャップに、麻薬的快感を覚えていたということなのであろう。

    人間には、必ずやり遂げ願望があり、仕事をするのもお金のためというよりは、何かをやり遂げたという達成感や満足感を得たいためという理由もあるのだそうだ。

    ボランティアをする人たちが、まったくの無報酬であるにもかかわらず、何度でも率先して行なうのは、正にその「やり遂げ願望」が働くせいだという。

    「誰かのために役に立ちたい」

    人は、誰しもそうした気持ちを持っているものなのだが、その誰かが何処にも見当たらない場合は、手っ取り早くそれに近い達成感を得たいがために、万引きという極めて身近にあるスリルを選択してしまうのではないだろうか。

    そうなると、万引きはもはや品物目当てではなく、盗む時のスリルと、成功したのちの達成感だけを得ることが目的となる。

    万引き常習犯だった男性は、万引きで手に入れたものを店から一歩外へ出た途端に、ゴミ箱へ捨ててしまったこともあったそうだ。

    これは、よく言うところの買い物依存症にも似ていて、こちらは、買い物をする時の店員のお世辞や「ありがとうございます」の言葉を聞きたいという思いだけが目的化している症状なのだそうだ。

    そのため、買ってしまった商品には何の興味もないので、患者の家の中には包装紙さえ解かない品物が山のように積み上がっているということも珍しくないのだという。

    現在は、服役も終えて精神的リハビリを受け、社会復帰しているこの理学療法士の男性だが、またちょっとしたきっかけが元で万引きをしてしまうかもしれないという、不安を常に抱えているという。

    「自分は生きている」という実感を得たいがために万引きを繰り返すクレプトマニア(窃盗癖)だが、その背景にあるのは、心から満たされることのない出口の見えない寂しさなのではないだろうか。

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偽物の記憶を持つ人々 [心理の不思議 17]


[喫茶店]偽物の記憶を持つ人々


    昨日、『カフェパシャ』なるものについて観光客に訊かれたが、何をしているところかも判らないので知らないと答えた。

    最初は、「駅馬車?」と訊き直したくらいだ。空耳アワーだな・・・。(笑)

    で、今しがた某党の党員が、辻立ちで消費増税に賛成してしまったことへの言い訳を必死にして行った。

    景気が回復したら・・・とはいうが、どうも本人もそんなことは信じてはいないようだ。

    これで議席を減らしたら地方議員の責任が問われると懸命なのだろうが、それは覚悟の上での増税賛成なんだろう。
 
    今さら、何を慌てているのかと、失笑してしまった。(苦笑)


    



    コリン・ファレル主演の映画「トータル・リコール」ではないが、「偽記憶症候群」という病気があるという。

    多重人格(解離性同一性障害)という精神疾患の解明が進む中で見付けだされた現象だそうだが、患者は、実際には体験したこともない過去を、本物の記憶として信じ込んでいるのだそうだ。

    多重人格とは、患者が幼少期に受けた虐待から逃れたいばかりに、「今、虐待されているのは自分ではない。別の人間だ」と、思い込み現実逃避をする過程で、主人格の他に新たに作り出されてしまった、もう一人、もしくは数人の他人が、時々、主人格を押しのけて前面に表われてしまう現象なのだという。

    しかし、患者本人は、幼少期の虐待を記憶の隅に追いやっているために、そのことを忘れている場合がある。

    そして、それを思い出そうとすると、記憶の呼び覚ましを疎外するべく、別人格が登場するのだという。そうやって、患者は自分の精神が破綻し兼ねない状況を、回避し続けるのだそうだ。

    治療は、その過去にひどい目に遭わされた酷い体験を思い出させることから始められるのだというが、そうやって過去に遭った真実と向き合うことで、多重人格は徐々に主人格に統一されても行くのだという。

    だが、そんな患者の中には、ようやく思い出した過去の酷い体験が、実はまったくの作りものだったという者もいるのだそうである。

    患者が嘘をついているわけではなく、本人はそれを真実の記憶だと本気で思い込んでいるのだから、精神科医たちもまんまと騙されてしまうのだそうだ。

    では、何故、患者は、そのような偽物の記憶を作り上げてしまうのだろうか?

    それは、おそらく幼少期の虐待以上に辛い現実にさらされていて、その現実に比べれば、まだ虐待の方がマシだとさえ思っているのではないかと推察されるのだという。

    では、虐待以上に辛い現実とは何なのか?

    それは、誰にも認められない深い孤独や、誰からも愛されないという激しい充足への渇望。

    「本当の自分は、こんな惨めな人間ではないはずだ」という自己否定が、ありもしない偽記憶を作り出し、自分は周囲から同情され注目されるべき存在なのであるということを暗黙下に訴えるのだそうである。

    だから、患者の別人格は、意見も満足に言えない主人格を軽蔑し、世の中を好き放題に生きている人物であり、その姿こそが、心理の深層に潜む患者本人の真の願望を形にしたものなのだという。


    この不況により自分の思い通りに生きられない人たちが大多数の日本では、偽記憶の中で生きることの方が楽だと思う者も少なくないはずである。

    「でも、わたしは、今とても幸せよ。だって、素敵な家族に囲まれているから・・・」

    そんな風に思い込んでいる人は、一度冷静になって自分の記憶をたどってみて欲しい。

    その記憶は、果たして本物なのだろうか----と。

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彼女or彼の心変わりを見抜くには [心理の不思議 17]


[ハートたち(複数ハート)]彼女or彼の心変わりを見抜くには



    「近頃、彼女の態度が何だか冷たい気がするんだけれど・・・」

    「彼に電話しても、いつも仕事だから・・・の言い訳。もしかして、浮気?」

    こんな不安を感じた時、あなたなら恋人に対してどんな風に真偽をただすだろうか?

    疑惑をもった時点で、恋人の携帯電話を即チェックする----などという無粋な方法は、二人の間に亀裂を招きかねない。

    それなら、やはりはっきりと言葉で詰問するしかない。

    とはいえ、真正面からズバリと、

    「きみ、最近ぼくに冷たいけれど、他に好きな男でも出来たのか?」

    「あなた、いつも仕事を言い訳にして、あたしとのデートをすっぽかすけれど、本当に仕事しているの?」

    なんて、切り込んだりして、もしも勘違いだったら、取り返しのつかない不信感を相手に与えてしまうことにもなり兼ねない。

    では、どんな質問の仕方をすれば相手を不愉快にさせないですむかといえば、たとえば、こんな言い方はどうだろうか?

    「きみ、ぼくに何か話したいことがあるんじゃないの?」

    「何か、悩みごとでもあるの?」

    軽くこんな訊き方をしてみるのが、まずは妥当だろうという心理学者のアドバイスだ。

    さて、こう訊ねられて、彼女or彼は、果たしてどう答えるだろうか?

    「別に・・・。何で、そんなこと訊くのよ。あなたの方こそ、何か話したいことがあるんじゃないの?」

    「悩みなんてないよ。きみこそ、最近変だぞ」

    こんな答え方をしてくるようなら、恋人には確かに後ろ暗いところがあると言っていいようだ。

    質問を切り返すということは、他人には知られたくないという無意識の心理が働く場合だそうで、自分の嘘を隠すために、逆に相手をやりこめるのだという。

    だが、もしも、こうした質問に対して、

    「あるわよ。言いたいことなら山ほどね。このところ、話をしていても生返事ばかりじゃない。本当にあたしのこと好きなの?」

    「悩みごとだらけだよ。上司には叱られるし、きみはデートの催促ばかりするし、ぼくの身にもなってくれ」

    こんな切羽詰まった返事が返ってくるようなら、あなたの心配はおそらく取り越し苦労ということだろう。

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好意は近付くほど深まる [心理の不思議 17]


[黒ハート]好意は近付くほど深まる



    こんな実験がある。

    一人の男性と二人の女性が会話をする。

    三人は初対面である。

    女性の一人は、男性から50センチほど離れた位置の椅子に腰かける。

    もう一人の女性は、男性から2メートルほど離れた位置の椅子に腰かける。

    しばらく、世間話などをしてもらったあとで、男性だけを呼び出して、どちらの女性に好意を感じたかを訊ねると、男性は、

    「50センチほど離れた場所にいた女性に好感が持てた」

    と、答えたという。

    この反対で、一人の女性が二人の男性と会話をした場合も、同じような傾向が見られたそうだ。

    だが、同性が三人だった場合は、こうしたことは一概に言えなかったのだという。

    異性同士の場合、人は自分により近い場所にいる異性に好感をもつという習性があることが判る。

    ここで大切なことは、それがほぼ初対面の場合ということであろう。

    たとえば、ある男性が、趣味も性格も年恰好も似通った二人の女性を同じように気に入った時、より好感を覚えるのは、最初に接近して話をした女性の方ということになるわけだ。

    とはいえ、初対面にもかかわらず、過度に親しそうに接近すると不審人物とも勘違いされ兼ねないので、その辺りは節度をもってほどほどに----。

    人間心理の不思議である。

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人見知りの正体 [心理の不思議 17]


[ビール]人見知りの正体


    人見知りしやすい性格といっても、その人が世の中すべての人を苦手なわけではない。

    気を許せる相手も必ずいるのである。

    そうした人見知りしやすい人が、気を許せる相手とは、どういう人なのだろうか?

    それは、一言で言って、不安や焦燥を感じない相手ということなのである。

    相手から何か攻撃を受けるのではないかという不安が、人見知りをさせるのだが、それは自分自身に攻撃を受けるに足る要素があると思い込んでいるから生じる不安なのだ。

    つまり、自分が相手を敵視したり嫌悪している感情の灯影が、相手を歪んだものに見せてしまうのだという。

    ところが、自分がまったく敵意や焦燥を感じない相手もいる。

    そういう相手は、自分とほとんど共通点や利害関係を持たない相手でもある。

    たとえば、まだ幼い子供たちは、男の子も女の子も関係なく掴み合いのケンカをする。それは、幼い頃はまだ男女の力の差がほとんどないからなのである。

    そのため、男の子も女の子もお互いをライバルと思うことが出来るので、派手なケンカもするのだが、これが20歳を過ぎる頃になると、男女が取っ組み合いのケンカをするようなことはほとんどなくなる。

    力の差が歴然としてくるために、女子が男子をライバル視する意味がなくなるからである。お互いを比べ合う必要を見出せなくなった時、ようやく人は相手に対する不安や焦燥を考えずに済むようになるのだ。

    (この場合の不安や焦燥とは、不審人物に対するそれとは意味が違う)

    大人になればなるほど、人はそれぞれ職業も生活環境も変わって来るために、互いの共通点を見出せなくなってくる。

    ために、ライバル心も薄れてくるので、人見知りする性格も和らいでくるのだという。

    さまざまな問題で力関係が同等もしくは近い相手には、人はどうしても警戒心を懐きやすくなるために、簡単には気持ちを許すことが出来ないのだが、互いを比較する意味がない場合は、案外容易に心を開き合うことも可能なのである。

    「この人、何か気に障るな」

    と、感じた時は、たぶん、あなたはその相手の中に、無意識ではあっても自分に似ている点を見付け出しているのである。

    そして、心の奥で、「こんな奴に負けるものか」というライバル心を燃やし始めた証拠なのだそうである。

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信頼される人間になりたいなら [心理の不思議 17]


[リゾート]信頼される人間になりたいなら



    「あの人は、信頼出来る人だ」

    そんな評価を受ける人に共通する点は、とにかく言動がブレないということのようです。

    一度自分の考えを決めたら、周囲の意見に惑わされることなく、たとえ自分の立場が不利になろうとも、それを貫く意志を持っているということが大事なのだとか。

    ところが、人はとかく親しい人や利害関係のある人などの意見に引きずられて、簡単に最初の意見を翻してしまうものなのです。

    「さっきは、そう思ったんだけれど、やっぱりそれだけじゃないような気がして・・・」

    度々こんなことばかり言われたのでは、最初にあなたの意見に賛同してくれた人の立場がありません。

    こんなことがたび重なると、

    「ああ、この人はなんて優柔不断なんだ。今日はいいとしても、明日になれば何を考え出すか判らないぞ」

    と、周りは自然とその人を避けるようになってしまいます。

    最初に口から出したことを最後まで貫くのは、身近な人を敵に回す可能性もあり、確かに気力のいるものですが、そんなことでその人を敵視するような人ならば、初めから敵視する人とは縁がなかったものと悟るべきです。

    この間まで放送していた「七人の敵がいる」ではありませんが、敵が七人いても、必ず三人は味方がいるものです。

    七人があなたの考え方に反対でも、三人が賛成してくれるなら大収穫です。

    もう二年ほど前になりますが、わたしはあるブロガーさんのコメント欄に、そのブロガーさんの意見に賛成したコメントを書き込んだことがありました。

    ところが、それに対する返事は、「そこまでは考えていない」というような曖昧なものだったので、「一度ブログに書いた意見を曲げないで欲しい。その程度のフラフラ意見なら、ブログになどアップするべきではない」と、苦言を呈したことがありました。

    ブログに限らず同調者は、あなたを信頼しようとしているのです。

    それを裏切るような真似は、あなた自身の人間性までも疑わしいものにしてしまいます。

    あなたは、自身が他人から信頼されるに足る人間だと思いますか?

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