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最近の出来事 [ちょっと、一息 17]


[ダイヤ]最近の出来事



    は~るかぶりに(方言です)名刺を作った。

    一番最初に名刺を作ったのは、確か学生の頃だったように思う。

    今回の名刺は、文字だけしか書いてないごくごくシンプルなものだが、最近は殊にシンプルが一番良いと思えるようになった。

    流行を追うと際限がない。

    流行りすたりのあるものは、歳月に勝てない。

    わたしは、昔からどちらかといえば流行とは無縁の生活をして来たので、学生時代に履いていたパンプス(今もこう言うのかな?)だって、今履いても少しも変じゃない。

    この間、棚の上に仕舞っておいたものを引っ張り出してみたら、存外普通に履けるのでビックリだった。

    何せ、病気を患ってからが長かったので、十五、六年ほどはおしゃれなど頭にない状態が続いていたのだ。

    これからは、少しずつまた外の空気を感じて行きたいと思う。




 
    近所の主婦が、飼い犬を抱いて戻って来た。

    散歩に連れ出したのだが、もう年寄りなので途中でバテてしまったのだそうだ。

    しかも、飼い犬は以前からがんを患っているという。

    「獣医さんのところで薬を出してもらっているんだけれど、何せ高額だから大変なんだよね」

    と、主婦はため息をついた。でも、今まで何かと家族を助けてくれた犬だから、最後まで看取りたいと言っていた。

    犬も人間も高齢社会に突入したことで、医療費がバカにならない時代になったものである。

    因みに、サルが来ていることを教えてくれたのは、この犬である。





    「遺留捜査2」の二時間スペシャルだが、最後の落ちがイマイチだった。

    結局、警察署内でのイジメに元副署長は関係なかったという顛末で、警察官の息子を殺された犯人は、勘違いで元副署長の娘を誘拐したという方向にもっていってしまった。

    しかし、どうにもこの結末は強引過ぎて、一気にそれまでの重厚なストーリー性が薄れてしまったように思う。

    それよりも、最後に元副署長は過去のイジメを悔いて、犯人に土下座して誠心誠意謝罪し、娘を開放してもらうよう主人公の刑事とともに懇願するという方が、説得力があったように思った。

    イジメというものはたとえ大人の世界でも、これだけ罪深いことなのだということを訴えるには、格好のストーリーだったと思うのだが、やや残念な感が残った終わり方だった。

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店舗内の撮影について [ちょっと、一息 17]


[カメラ]店舗内の撮影について



    今日は13日の金曜日。

    だから、何だって感じなのだが、例の映画が流行ってから、何となく気になってしまうもので・・・。



    ところで、どなたかのブログに、「ブログ記事に使用する写真に店舗の中が撮影されているものがあるが、店舗内撮影は、店側の許可をとってからするべきでは?」との記事が掲載されていた。

    確かに、その通りである。

    たとえブログでも、不特定多数の人が読むものであるから、当然のことであろう。

    どうしてそこまで店側が神経質になるかと言えば、撮影した写真から店内の防犯システムや出入口の存在、客の顔などが無制限に周知され兼ねないからである。

    もしも、どうしてもそうした類の写真を使いたい場合は、やはり店舗側にちゃんとブログに載せるのでということまでも説明して、許可を得るのが基本だろう。

    わたしも以前、このブログに信濃グランセローズの選手の顔写真を載せたことがあったのだが、その写真を撮影させてもらった店舗から、選手のバックに写っている壁や飾りなどから店を特定される懸念があるので、削除して欲しいと言われたことがあり、選手の写真はその後掲載出来なくなった。

    また、かつて新聞記者をしていた時のことだが、警察の防犯活動に同行してあるコンビニを取材させてもらった際、警察官の仕事ぶりを撮影しようと店内でカメラを構えた途端、店主から撮影を自重して欲しいと釘を刺されたこともあった。

    記者という取材の権利が認められた立場でも、こうなのである。

    たかが、店舗内の撮影とブロガーは思うものだが、一枚の写真をとるにしても、いざプライバシーに関する問題をクリアすることは容易ではないのが現実だ。

    もちろん、ブログ掲載を前提とした撮影許可を得たうえで撮った写真を使用するのは何ら問題はないと思うが、実際は、撮影許可はとるものの、ブログへ載せることまでも説明するブロガーはごく少数なのではないだろうか?

    店舗側としても、客が個人的に撮って仲間内だけで楽しむ写真に関しては、それほど目くじら立てることもないと思っていても、インターネット上にあげるとなれば、その反応も変わって来るのではないかと想像する。

    因みに、わたしの家も商売をしているが、かつて何度かテレビ局の関係者が店舗内へ許可なくカメラを持ち込んだことがあり、即刻撮影をやめてもらったことがあった。

    レストランなどでは、「この一角ならば撮影も掲載もOK」というような場所もあるやに聞く。

    もしも、どうしても撮影したい時は、そういう場所を教えてもらうことも店内撮影のためのコツなのではないかと考える。

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屋根の上の散歩者 [ちょっと、一息 17]


[家]屋根の上の散歩者



    昨夜から我が家の屋根や隣近所の屋根の上を飛び回っていたサルたちは、深夜の大雨の中もずっとそこにいた。

    鉄階段の軒下で雨宿りをしていたサルもいたようで、一晩中「キキッ」というような声を上げて騒いでいたので、明け方雨が上がった頃、部屋の窓ガラス越しにその様子を見てみた。

    すると、正に目の前の屋根にサルたちがじっと座っている。

    一匹は、まだ子供らしさが残る若いサルで、そのサルから少し離れたところには、胸に生まれて間もない子ザルを抱く母親ザルが。

    それから、もう少し離れた屋根の上には、堂々たる体格のオスとおぼしきサルがいた。

    どうやら、サルたちは一家族で、何かの理由で、山のサル社会から追い出されたのではないかと思われる。

    しかも、このサルたち、よく見ると地獄谷野猿公苑のサルとはちょっと顔立ちが違うようなのだ。

    顔は丸く、毛並みもふさふさとしていて、明らかに地獄谷のサルよりは顔つきが穏やかだ。

    ただ、母親ザルだけは、地獄谷野猿公苑のサル特有の面長の顔をしていた。

    そこで、これはあくまでも推測なのだが、オスザルは誰かに飼われていたペットで、それが逃げ出し、そのオスと偶然出会った野猿公苑のメスザルが共に山から脱走し、子供をもうけたというようなことなのではないだろうか?

    屋根の上を悠々と散歩はするものの特段悪さをするわけでもないサルの一家は、その後日が高くなる前に何処かへ姿を消した。

    また山から街中へ下りて来て、猟友会が出張ることにでもなればそれも可哀そうだ。

    サルたちには、里山の中で餌を見付けて欲しいものである。


    因みに、昨夜、この辺りにサルが来ていることを我が家へ教えてくれた近所の人は、飼い犬が不審を察知して屋根の上を見るように促したので気が付いたのだそうだ。

    「老犬でも、一応番犬の役目は果たさねばとの思いがあったのかな?」

    と、その人は笑っていた。

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杖、使いませんか? [ちょっと、一息 17]


[ダイヤ]杖、使いませんか?



    我が家の前を、毎日二往復する高齢の女性がいる。

    一度目はご主人を外湯へ入浴させるために、女性が付き添って来るのだ。

    そして、二度目は、女性自身が入浴するために、独りで共同浴場までやって来る。

    その女性の家から共同浴場までは片道五、六百メートルはあるだろう。

    高齢者にとってみれば、往復はかなりきつい距離である。

    ご主人はこのところめっきり足が弱くなってしまったので、一人でこの距離を歩いて来るのは大変だということで、毎日奥さんも同行するわけである。

    もちろん、洗面器などの入浴道具は奥さんが持ち運ぶ。

    ご主人は、手ぶらでやっと歩いている状態である。しかしながら、そのご主人が杖をついたりしている姿を見たことはない。

    杖をつけば、一人でも共同浴場まで歩くことは出来るのではないかと思うのだが、そうはしない。

    どうも、杖をつくということがご主人にとってはこの上もなく恥ずかしいことのようなのだ。もう、年も年なのだから、杖をついても、シルバーカーを押しても、何も不思議なことではないと思うのだが、それがどうしても出来ないらしい。

    高齢女性の中には長距離を移動する時、シルバーカーを使う人は多い。

    しかし、どういう訳か、足の弱い男性高齢者でこれを使用する人はほとんどいないのである。

    杖をつくことにも、女性以上に男性には抵抗があるようだ。

    そこで、意地でもそういうものに頼ることなく歩こうとするのだが、やはり限界があり、必然的に奥さんに負担をかけることになる。

    見栄を張らずに補助用具のお世話になれば、もっと自由に外へ出て行くことも可能なのだろうが、男の沽券がそれを許さないのだろう。

    わたしも脚がよく動かなかった時は、しばらくの間杖を使っていた。

    杖は、本当に便利だし、これを使うことで家に閉じこもってばかりの生活が少し変わり、歩行訓練が出来るようになって行動範囲も広がった。

    杖を使うことは決して恥ずかしいことではない。

    格好など気にしている場合ではないと思うのだが・・・。

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「ぼくの夏休み」って、誰向け? [ちょっと、一息 17]


[船]「ぼくの夏休み」って、誰向け?



    ご近所で小学生を持つママ友たちが話していた。

    「『七人の敵がいる』のあとに始まった、昼ドラの『ぼくの夏休み』って、観てる?----あれって、子供向けのドラマじゃないんだね」

    「ああ、あたしも観た。少年ドラマのようなタイトルで、平成から戦時中へタイムスリップした小学生の兄妹の話だって聞いたから、子供といっしょに観ようと思って録画しておいたんだけれど、あの内容じゃ、とても子供には観せられないわ」

    「----でしょ。竹刀で子供を殴るような体罰シーンや大人の情事っぽいシーンもあるし、タイトルにつられて子供に観せなくて良かったと思っている。それに、あれが戦時中の日本人だなんて思い込まれたら、困るもん」

    「そうだよね~。もっと、子供向けの楽しくてワクワクするような内容かと思っていたら全然違うし、ドラマ全体がとにかく暗い。主人公の兄妹はいつも泣いているし、テーマ曲が由紀さおりの『夜明けのスキャット』って、ど~なのよって感じだよね」



    ママ友たちの会話を聞いて、わたしも興味が湧いたので、ちょっとそのドラマを観てみた。

    確かに、ドラマの内容が暗い。

    平成からタイムスリップした小学生(だと思う)の兄妹が主人公なのだが、妹は失語症を装いある診療所へ入院している。

    兄は、旅館の下働きとして住み込むのだが、その家の主人や主人の子供たちにとにかく暴力を振るわれたり嫌みを言われる悲惨なシーンが多い。

    旅館の仲居とも主人の愛人とも思える若い女も、主人公の少年を言葉汚くののしり殴ったりもする。

    少年の心の支えは、母親に似ている旅館の女将(身重)と肝っ玉の据わった大女将なのだが、彼女たちも旅館の主人があまりに横暴なために少年を全面的に助けることが出来ない。

    また、この旅館の座敷牢のような部屋には、一度は戦地へ応召したものの傷痍軍人となり帰って来た心を病む長男が幽閉同然にいて、少年はその長男に食事を運ぶ役目をいいつかっている。

    そんなある日、その長男に少年は戦時中の日本にはまだ存在しない靴下をはいているところを見とがめられ、転んだ拍子に平成から持ち込んだスマートフォンを見られてしまう。

    それは唯一、平成と自分たちをつなぐ母親の写真がおさめられていたスマホだったが、充電器をなくしてしまい使えなくなってしまった。



    こんなストーリーが展開して行くのだが、どうせ「ぼくの夏休み」というタイトルにするのなら、大人たちを全面に出すのではなく、もっとこの時代の子供たちをたくさん登場させて、主人公たちは偶然親切な大人に助けられ、国民学校の転校生として通学し、当時の子供たちがどのような暮らしや勉強をしていたのかを、今の子供たちにも判りやすく描いた方が良かったのではないかと思った。

    これでは、せっかくのユニークなSFドラマが台無しでないかと感じた次第である。

    とにかく、この昼ドラをタイトル通りにとって、夢のある少年SF物だと思ったら完全に裏切られるので、小学生や中学生の子供さんに観せる時には注意する必要があると思った。

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地   震 [ちょっと、一息 17]


地   震



    ワイドショーを観ながらお昼ご飯を食べていたら、かなり大きな横揺れ。

    我が家はガラスだらけなものだから、ガタガタという音が激しくてちょっと緊張した。

    二階の部屋では、タンスの扉が開いていたが、さほどの被害はなし。

    役場からのスピーカー放送も、相変わらず何を言っているのか判らない。

    でも、ベランダへ出て電線にとまっているツバメの様子をみたところ、何羽も寄り添うようにしてはいたものの、特段パニックの気もないので、まあ、大したことにはならないだろうと勝手に判断。

    洗濯物を家内へ取り込んだ。

    テレビの国会中継は地震速報に切り替わり、中野市、木島平村が震度5弱と伝えていた。

    その後、何度も大きな余震が来ていたが、そこへ、弟から電話。

    「大丈夫か?」

    と、訊くので、タンスが開いたことを報告してから、そっちはどうかと訊ねると、

    「会社の三階にいたので、揺れがすごくてパソコンが机の上でバタバタしていた」

    とのこと。でも、大した被害はなかったらしい。

    これから、地震の取材に飛びださなければならないことになるのだろう。

    ただ、NHKのテロップ表示によれば、中野市民体育館の窓ガラスが割れたそうで、長野電鉄線は運行中止、高山村役場近くは停電、長野都市ガスも一部でガス供給が止まったらしい。

    奇しくも昨日、新潟県の柏崎刈羽原発(東京電力)が被災した場合のシミュレーションを県内テレビが放送していて、ヨウ素剤備蓄状況に関するニュースも流れていたので、まずは、そのことが気になったが、今のところ同原子炉に異常は見られないとのことだった。

    しかし、今回は、上越地域も震度4とかなり大きな揺れがあった訳で、やはり原発再開は一考の余地ありではないだろうか。

    何か、日本の国土が電力会社や国に対して、

    「地震を甘く見るな!」

    と、警鐘を鳴らしたように思える。

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気疲れすること [ちょっと、一息 17]


[猫]気疲れすること[犬]


    ちょっと、ぼやかせて頂きたいと思う。

    わたしは、他人が飼っているペットの名前を呼ぶ時、異常に気疲れしてしまうのだ。

    わたしにとってみれば、犬も猫も鳥もウサギや馬も、同じ動物にしか過ぎないので、名前はすべて呼び捨てにする。

    ところが、近頃の愛ペット家たちは、ペットのことを自分の家族同然に思っているので、呼び捨てでは困ると、名前に敬称を付けることを暗に求める風潮があるからだ。

    だから、わたしは、そういう面倒くさいことをあえて避けるため、必要以上にペット自慢をする飼い主に対しては極力その話題を持ち出さないように努めている。

    犬や猫に「ちゃん」を付けて呼んだり敬語を使うなんて、正直いい大人がすることではないと感じているし、人間同然に動物を扱うのも、子供たちへの教育上良くないとさえ思っている。

    そして、こういう記事を書くと、決まって一応抗議のつもりか犬や猫を飼っている一部ブロガーが「足あと」をつけに来るのだが、何故かコメントまでは書き込もうとしない。

    つまりは、自分たちのペット愛は行き過ぎだと、反省すべき部分があることを自覚しているのだろう。

    とはいえ、わたしの家の近所でペットを飼っている人たちは、その点、実に常識的な対応をしている。

    自分の飼い犬や飼い猫を呼び捨てにされても、それは当然だと思っているし、わたしたちも隣家のペットだからと言って無暗に可愛がったりはしない。

    怒る時はしっかりと怒るし、苦情があれば飼い主にはっきりと言う。

    かつて我が家の駐車場で犬に勝手にフンをさせようとしていた飼い主を、叱りつけたこともあった。

    それが動物に対する本来の人間の態度だと思うからだ。

    とはいえ、以前も何度も書いて来たことだが、わたし自身は動物が大好きなので、気に入ったペットがアップされているブログは、欠かさずと言っていいほどのぞかせて頂いている。

    また、馬に魅せられて馬場へ通ったこともある。

    我が家でもかつては、猫を飼い、小鳥に至っては数十羽も飼っていた。

    捨て猫を拾って来て育てたこともある。

    大学時代は寮生活だったので、捨てられている子猫を見付けても保護できずに悔やんだこともあった。

    むろん、他人が我が家の猫や小鳥を呼び捨てにしても、もちろん何とも思わなかった。

    いつから、日本人はそういう普通の感覚を忘れてしまったのだろうか?

    何とも、奇妙な世の中になったものである。(-_-;)

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理解できない [ちょっと、一息 17]


[ビール]理解できない



    共同浴場から外へ出た瞬間、雨上がりの道路を走って来たワゴン車が、思いっきり水溜りの泥水をはね上げた。

    その泥水が、せっかくきれいに洗ったばかりの素足に、

    バシャッ!![あせあせ(飛び散る汗)]
    と、かかった。

    ワゴン車のドライバーは、何もなかったかのような顔でまっすぐ前を見詰めたまま走り去る。

    な、なにをしてくれるんじゃ~~~!!(ーДー;)

    無性に腹が立ったが、このままでは気持ちが悪いので、再び外湯のドアを開けて中へ入り、湯船のお湯をザバザバ脚にかけて洗い直した。

    そして、濡れたタオルで汚れたサンダルも拭くと、ようやく家へ帰ることが出来た。

    まったく、雨降りの時季は、近くに人がいるかどうかを確かめ、気を付けて運転して欲しいものだ。

    



    この間、テレビ番組でダメな女性のタイプをランキング形式で取り上げていたのだが、その中の上位に「ペットを愛し過ぎて離婚する女」という項目があった。

    ある犬好きの主婦は、夫の転勤が決まり「お前も一緒に来てくれ」という夫に対して、

    「何かあったときに預けることが出来るドッグホテルが変わると、愛犬がパニックを起こすかも・・・。そうなればワンちゃんが可哀そうなので、あなた一人で単身赴任して」

    と、答えたことが原因で離婚になったと言っていた。

    こんなペット中心の生活を送る女性は最近日本中で急増しているそうで、彼女たちの言い分としては、

    「人間はいつも一緒にいてくれるとは限らないが、ペットは絶対に裏切らない。子供よりも愛している」

    と、いうものであるらしい。

    つまりは、自分以外はたとえ夫や子供でも信じられないという孤独な女性心理が影響しているのだそうだ。

    そのために、最愛のペットに先立たれた女性は、身内が亡くなるよりも激しいショック状態に陥ることが多いようで、「ペットロス」によるうつ症状まで発症することがあるらしい。

    しかも、そういう女性たちは、一般的に犬や猫が好きなのではなく、あくまでも自分の飼い犬や飼い猫だけを愛しているのである。

    だから、他人の犬や猫はあくまでもただの犬や猫なのだが、自分が飼っているペットだけは特別な「子供」なのだ。

    「近頃、震災後の絆という言葉が何処か空々しく聞こえるのは、こういう自分勝手なペット好きばかりが多くなったせいなのかもね」

    別番組でも、コメンテーターを務めるあるタレント女性がため息交じりに呟いた。
    
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高校野球の不思議 [ちょっと、一息 17]


[野球]高校野球の不思議


    雲はわき光あふれて  天高く  純白の球 今日ぞ飛ぶ・・・

    高校野球の夏がやって来た。

    高校野球と言えば、まだ20代前半の頃、「ああ、紺碧の空高く」という高校球児たちを主人公にした新聞連載小説を書いていたこともあったな。



    ところで、「たかじんのそこまで言って委員会」で、元某高校野球部監督が高校野球にまつわる不可思議な疑問点を様々あげていた。

    この元監督は、甲子園大会で推薦枠で出場した高校に、自分のチームが負けたことを悔やみ、

    「推薦枠になど負けるとは思わなかった。腹を切りたい」

    との暴言を吐いたことが問題視され、監督をやめた経緯のある人だ。

    この元監督が説明するには、高校野球で大活躍した選手も、ひとたびプロ野球選手になれば、たとえ母校へ来てもグラウンドへは一歩たりとも入れないし、もちろん後輩の練習に付き合うことなど絶対にしてはならないのだという。

    中学生まではプロ野球選手や元プロ野球選手にコーチをしてもらうことも可能なのだが、高校野球や大学野球では、これが許されていないのだとか。

    そのため、もしも父親が元プロ野球選手の場合、息子が野球部へ属していても、決して息子に野球を教えてはならないし、家の中で野球に関係する会話さえ基本的にはNGなのだそうである。

    最近は、プロ野球選手も母校に限り後輩と一緒にランニングなどの練習をすることを許されるようになったそうだが、こんな理不尽な規則は、早く撤廃して欲しいと元監督は話す。

    さらに、高校野球では、生徒が別の高校から転校し越境入学した場合、その生徒が野球部へ所属しても公式戦への出場は一年間認めないというようなルールもあるそうだ。

    これは、優秀な野球留学生を他校から引き抜くという場合も考えられるための措置だという。

    この際、親の転勤などで家族も一緒にその土地へ移り住んだ場合は、例外として出場を認める場合もあるそうなのだが、それにもかなり厳しい調査がなされるということであった。

    以前、わたしが聞いた話では、プロ野球はお金を稼ぐという目的のためのスポーツであるから、アマチュア野球規定に照らしてみれば、崇高なスポーツマンシップに反した者たちだと見なされるのだという。

    ある野球評論家は、プロ選手は、金で身売りする「男芸者」にたとえられていたこともあると、プロとアマチュアの確執について語っていた。

    サッカーは、プロ選手が高校生を指導することも許されているのに、どうして野球だけはいけないのか?

    多くの高校球児たちの最終目標はNPBへ行くことである。

    それには、実力のあるプロ選手から教えを請いたいと思うのは当然のことなのに、それが許されない今のシステムは日本の野球の未来を潰しているも同然だ----と、元監督は言いたいようであった。

    とはいえ、全国高校野球選手権大会は主催者が新聞社で、テレビの甲子園中継には今や民放も参入し、多くのスポンサー出資で成り立っていて、しっかり興行の色合いが濃いのだから、ほとんどプロ化していると言っても過言ではないはずなのだが・・・。

    高校野球の不思議は、数え上げればまだまだ出て来そうだ。

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健康な人に病気の人の気持ちは判らない [ちょっと、一息 17]


[ビル]健康な人に病気の人の気持ちは判らない



    学校内のイジメが原因で生徒が自殺----ということがあっても、学校側や教育委員会は、

    「イジメがあったことは把握していなかった」

    「まさか、あれがイジメだとは判らなかった」

    などというコメントを出すことが往々にしてあるが、これは、心理学的に見れば、ある意味当然のことなのだという。

    何故なら、イジメはイジメられた経験がある人でなければ、その正体を完全には認知し得ないからなのだそうだ。

    たとえば、病気で苦しんでいる人を、健康な人がどれほど一生懸命看病したとしても、その苦しみの半分も実感は出来ない。

    本音を言えば、医師看護師だって、患者の痛みや苦しさの30パーセントも判っていないのが実情なのだ。

    だから、わたしは、医師や看護師も医療のプロになるのなら、簡単な病気ぐらいは一応一通り経験しておくべきだと言ったことがある。

    もちろん、命にかかわるような病気やケガまでするべきだとは言わないが、患者の立場から見れば医療のプロには、その程度の経験はしておいて欲しいと思うのである。

    つまり、学校にイジメがあるのではないかとの疑惑が浮上した場合、自らがイジメられた経験もなくイジメというものの恐ろしさについて想像すらつかない教育関係者がそれに対する結論を出すことは、お門違いと言わざるを得ないのではないだろうか。

    イジメがあるのかないのか、決めるのはイジメの経験がある第三者の判断にゆだねるのが妥当な方法だと説く専門家もいる。

    肉体的に病んでいる人に、それを治すために健康な者に対する方法を用いるようなことをしてはならないと同じように、心を病んでいる人に対しても、それと同様のことが言えるのである。

    イジメがあるのかないのかの結論は、過去にイジメを受けた経験者や心理カウンセラーなどの専門家も交えて綿密な調査を行ない、慎重に決定するべきことではないかと考える。

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