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ブログ強制非公開? [日々の雑感 19]


[バースデー]ブログ強制非公開?



    久しぶりに、向こうの地域ブログサイトの色々なブログ記事をつらつら読んでいたら、わたしが通院や何やかやでバタバタしている間にサイト内で大騒動が巻き起こっていることを知った。

    どうやら、あるブロガーのグルメブログ記事がやや辛口に書かれていたらしく、その記事をたまたま読んだ取材対象の飲食店経営者が、サイトの事務局にその記事の削除を申し入れたようなのだ。

    事務局は、対象記事を書いたブロガーにメールで記事の自主削除を依頼したのだが、ブロガーがそれに反発し訳を質したことで、そのブロガーのブログが強制非公開となったということであった。

    しかも、そのブロガーが同サイト内の他のブログ友だちの記事へコメントを書き込もうとしても、コメントが反映できないようにまでされたということで、そのブロガー自身と彼女(彼?)に同情した友人ブロガーたちをも巻き込んでの、サイト事務局を相手取った公開質問状までが掲載されているのである。

    まあ、今現在は、削除命令を受けた記事だけは事務局により非公開にされているものの、ブログそのものは復活しているようだが・・・。
 
    飲食店に関係する記事などを実名入り&無許可で書くということの危うさと注意喚起は、わたしも何度もブログで書いて来たが、懸念が現実のものとなった----と、いうことであろう。

    それにしても、たった二つほどの記事の削除を命じられただけで、ここまでの騒動が起きるとは、改めてブロガー心理におけるプライドの凄まじさを見た思いである。

    かく言うわたしの記事も、向こうのブログサイト事務局には、何度か削除命令を受けたり、非公開にされたこともあったが、確かに「何故、この記事が?」と、疑問に思うことばかりだった。

    特に、わたしの場合などは、自分の体験談や一般的な考え方を書いただけで削除を命じられたのであるから、要するに地域ブログとは、事務局サイドの気に障る記事だというだけでも削除させられてしまうものなのだと理解するべきなのかもしれない。

    極端な話、ブロガー自身のおいたちや家族の話題でさえ、事務局にとって気に入らない内容と判断されれば削除させられてしまうものなのである。

    そのブロガーは、そういうことを知らなかったのだ。

    「四年間も利用して来たブログなのに、ひどすぎる!!」

    と、事務局へ直接抗議するとともに、友人ブロガーたちの協力も得て公開質問状まで叩きつけたものの、事務局からは未だに何の返答もないという。(まあ、自分の記事の何処が悪いのか、当のブロガー本人がどうしても納得行かないようならば、事務局相手ではなく、直に取材した飲食店経営者と談判するという手もあると思う)

    とはいえ、その公開質問状はしっかりとブログとしてアップされているのだから、事務局が問題にしているのは、あくまでも削除命令が出た記事のみであるということも判る。

    一方、強制削除や非公開を通知されるということは、ブロガーにとってかなり恥ずかしいことのようにも思われ、そのブロガーのショックの大きさも判らないではない。

    また、実際に強制削除されたことを揶揄するように、わざわざ嘲りのコメントを書き込んで来る不届き者もブロガーの中にはいるのも事実だ。

    むしろ、事務局は、そういう迷惑ブロガーの方を取り締まるべきなのだが、その点にはどうももう一つ積極的でないのが実情だ。

    今後、この問題がどう展開して行くのかは判らないが、向こうのブログサイトは、結局、理不尽と思われるような理由でも削除や非公開が当たり前のブログサイトなのだと割り切って、このブログのように、別のブログサイトに同じ記事を転記しておくというブログライフを考えてみるのも一つの方法だと思う次第である。


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雑感あれこれ [日々の雑感 19]


[映画]雑感あれこれ



    昨夜の番組で----。

    会社の同僚男性に自分を印象付けたいなら、女性は手におにぎりとサンドウィッチを持ち、男性がデスクワークをしている後方から後ろ向きで近付く。

    男性が驚いて女性を見た時、

    「〇〇さん、おにぎりとサンドウィッチ、どっちがいいですか?」

    と、笑顔で訊ねると、男性は、女性の目を見ながらそのどちらかを選ぶことが出来るので、女性は自分を印象付けやすくなる。

    そして、男性が、もしも「じゃァ、おにぎりを・・・」と、答えたら、すかさず、こう言うのだそうだ。

    「そうだと思った!」(*^^)v

    この一言で、男性は、女性が自分のことを考えながらおにぎりとサンドウィッチを買って来てくれたんだろうな・・・と、想像するので、さらに効果的なのだということだった。

    こんな男性の気の引き方があるとは驚いたが、ゲストコメンテーターのマツコデラックス女史(?)ではないが、

    「人によるわよね~~~」(ーー;)

    と、わたしも思った。

    


    で、やはり、昨夜の「相棒」----。

    渡哲也氏を弁護士として起用していたが、まず、その必要があったのか疑問だった。

    そして、場面場面のつなぎ方が何か奇妙だった。

    杉下と神戸が、真犯人である加害者の姉にたどり着くまでの推理展開も説明不足で、被害者の両親が「それでも、自分たちが犯人だ」と、名乗り出るラストの意味もよく判らなかった。

    わたしの観方が悪かったのかな?

    『逃げ水』というタイトルも如何にも取って付けたようで、文学的要素を加味したかったのか----それも消化不良だった。

    ま、来週に期待しよう。




    それにしても、近頃のテレビドラマは医師物が多い。

    今日からは、「" DOCTORS " ~最強の名医~」というのが新たに始まるらしい。

    病院改革のためには手段を選ばないミステリアスな天才外科医が主人公のドラマだというが、脚本は、「救命病棟24時」や「龍馬伝」を書いた福田靖氏だそうだ。

    どんな物語になるのか楽しみだ。

    主人公の相良浩介は、沢村一樹氏が演じるという。

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快適生活アドバイザー [日々の雑感 19]


[家]快適生活アドバイザー



    快適生活の方法をアドバイスする評論家っていますよね。

    こういう商品を使えば、より日々の生活が便利で楽しくなる-----と、いうようなことをアドバイスする人たちです。

    確かに、その人たちの言うことは「そうだろうな~~」と、頷くことばかりなんですが、たいていの場合、元手がかかることばかりをアドバイスされるんですよね。

    収納ケースの代わりに竹ひご行李や柳行李といった籠が便利ですよ----という記事も読んだこともありましたが、そんな高価な籠をいくつも買うだけのお金を、普通の主婦が自由に出来るのだろうか?と、疑問でした。

    また、おしゃれなテーブルクロスを何枚も集め、部屋のインテリア兼雑物隠しとして利用することもいいです----と、いうアドバイスも何処かで読んだことがありますが、そのテーブルクロスを調達するためにも、やはりお金が必要です。

    何だか、こういう生活デザイナーのような仕事をしている人たちは、インテリアや収納家具関係のお店の広告塔として、主婦のおしゃれ生活への憧れを過剰に刺激し、散財させるよう目論んでいるかにも思えてしまうわけです。

    もしも、手近なものでの簡単収納を助言してくれるのならば、もっと格安なアイテムを利用する方法を伝授願いたいし、さらに、そういうものはインターネット通販などを使わない主婦でも何処何処へ行けば確実に手に入る---と、いうような具体的なところまで教えてくれることが、本当の生活アドバイスというものではないかと、思うのですが・・・。

    お金を出せば、質の高い生活は確保出来ますが、それならば何もプロの生活デザイナーの助言を仰ぐほどのことはありません。

    そうではなく、身近にあるタダ同然の道具で、どうやれば快適な日常生活がおしゃれに過ごせるか?----それをアドバイスしてこそ、本物の快適生活アドバイザーの証ではないかと考えます。

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NHKの討論番組 [日々の雑感 19]


[TV]NHKの討論番組


  
    昨夜、NHKで福島の原発事故による放射能汚染問題を取り上げて、一般参加者、放射能に詳しい科学者、政府関係者などを交えた討論番組を放送していた。

    この討論番組は、テーマを替えてこれまでも何回となく放送されて来ているのだが、司会を務めるアナウンサーのたどたどしい話し方には、いつもイライラさせられる。

    とはいえ、参加者の本音が聞こえる番組として、時々、興味深く観させてもらっていた。

    しかし、昨日の参加者の発言を聞くと、何処となく隔靴掻痒の感が否めず、皆、何となく本当の気持ちを隠しながら話しているようにしか思えなかった。

    特に、母親とおぼしき女性は、地元福島県の子供たちのことを心から心配しており、子供たちの食に関係する放射能汚染の安全基準値に疑問を呈していたのだが、おそらく彼女の本心を言えば、放射性物質は限りなく0に近い物しか子供たちには食べさせたくないということなのだろう。

    しかし、それでは、国が当面は安全だとする基準値で出荷している野菜農家や畜産農家の生産物は一切食べたくないということになってしまう。

    そうなると、今度は農業に携わる人たちの生活権を脅かすことになるわけで、そこまではっきりとした気持ちを伝えきれずにいるようであった。

    また、放射能に詳しい科学者の男性は、食品の安全に関して何処までが安全で何処からが危険かなどということは、正直今の段階では判らないので、科学者に基準値設定の責任を丸投げするのはやめて、ここは日本人の感性という観点からも政府にイニシアチブをとってもらいたいと話す。

    が、それに対して政府関係者は、そんなことを言われても専門家の意見を基準におかないことには、政府としても答えが出せない。最終的に重要なのはやはり専門家の意見だと述べ、お互いに相手に最終判断をゆだねるかのようなやり取りとなってしまっていた。

    そんな中で、しっかりと自分の進むべき方向を確定していた発言者がいた。

    大手スーパーマーケットの関係者であった。

    彼は、「自社営業のスーパーでは、食品すべてにおける放射性物質検査を徹底して行ない、疑いのある物は一切販売しない」と、明言していた。

    これは人命にかかわる問題であるから、如何に農業関係者のことを配慮しようにも、生半可な妥協など出来ないという結論なのだろう。

    消費者の信頼が土台のビジネスとは、そういうものなのだろうなァ----と、思わず納得してしまう発言であった。

    そうはいっても、原発事故問題に関する討論は、おそらく何時間、何日続けても結論など導き出せるはずはなく、ぎこちない番組進行にも疲れたわたしは、途中でチャンネルを替えてしまった。

    どうせ、毎日のニュースで流れる「心配はいらない値です」の言葉を信じるしかないのであれば、今更あたふたと悪あがきしても意味はないと、半ば開き直っているわけで、それならせめてテレビ番組も楽しい物を視聴して、心身の免疫を高めた方が手っ取り早いのではないだろうか----などと判断した次第だ。

    で、結局、「妖怪人間べム」を観てしまった。

    鈴木福くんのベロが、可愛かった・・・。[黒ハート]

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秋になると甘いものが欲しくなる? [日々の雑感 19]


[アート]秋になると甘いものが欲しくなる?


    昨日のテレビ番組で、「秋になるとコンビニのスウィーツコーナーが大きくなる」と、いう話題を取り上げていた。

    秋になると日暮れが早くなり、夜が長くなる。日照時間が短くなると、幸福感や精神の安定をコントロールする神経伝達物質であるセロトニンの分泌量が減る。

    すると、人は寂しさを感じたり落ち込んだりするのだそうだ。

    そして、脳は自然と甘い物を欲しがるようになる。

    何故なら、乳製品にはセロトニンへの変換アミノ酸トリプトファンが多く含まれており、また砂糖にはそのトリプトファンを脳内へ取り込みやすくする作用があるから----と、いうことで、つまり、人はセロトニン不足で落ち込む気分に、スウィーツを食べることでブレーキをかけようと、無意識のうちにケーキやチョコレートに手を伸ばすと考えられるのだそうである。

    だから、秋はダイエットには最も不向きな季節である----とも言えるのだそうだ。

    おそらく、高齢者がよく飴を舐めたり煮豆を食べるようになるのも、こうしたセロトニン不足が作用しているのかもしれない。

    若い時は、あまり感じなかった日暮れの寂しさが、年を経るごとにひしひしと感じるようになるのも、高齢によるセロトニン濃度の低下が関係しているのだろう。

    そして、おそらくその不足分を、砂糖煮の豆や飴玉などを食べることで補おうとしているのだ。

    あなたが、秋の夜長をロマンティックだと思えるのは、神経伝達物質が正常であるという証拠であり、すなわち若さの証なのかもしれない。

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悲しみは苦手だ? [日々の雑感 19]


[喫茶店]悲しみは苦手だ?



    ある小説の主人公の台詞に「悲しみは苦手だ・・・」と、いうのがあると聞いた。

    世の中に、悲しみが得意な人がいるものだろうか?

    しかも、そんな言葉を安易に吐く主人公など、自分自身に酔っているとしか思えない。

    しかし、どうしても悲しみが苦手だとしたら、そういう人には絶対になって欲しくない職業がある。

    医師や宗教家だ。

    得意ではないにせよ、人の悲しみや痛みを真正面からしっかりと受け止めることが出来る人間でなければ、本来、そうした職業にはつくべきではないと思う。

    患者や信者の痛みや苦しみ、悩みを我がことの如く知りながら、なおかつ冷静な判断でそれを取り去る。

    それが、プロフェッショナルというものだろう。

    共に泣いているだけならば、素人だって出来る。

    寄り添うだけでは、何の解決にもならないのだ。

    しかし、どうしても、その寄り添いを癒やしの主眼にしたいのなら、徹底的な精神的ケアが出来る知識や技能を身につける必要があるだろう。

    それも、単なる学問としての知識にとどまらず、高齢者たちが歩んで来た時代背景から音楽、スポーツ、芸能関係もろもろの膨大な知識が必要となるはずだ。

    もしも、あなたが医療現場のそうした仕事に携わっているとして、「軍歌を歌ってくれ」と、リクエストされて、即座に歌うことが出来るだろうか?

    「おれは、学校は高等科しか出ていないが・・・」と、言われて、それが今の何学年にあたるのか、理解できるだろうか?

    簡単に、寄り添うというが、今の若者たちに、これが出来る人が何人いるか?

    この主人公のように「悲しみは苦手だ・・・」などと、自己陶酔を言っている暇があったら、実際の現場の人たちには、そういうことを徹底的に勉強して欲しいと感じた次第である。


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エクソシストの治療効果 [日々の雑感 19]


[映画]エクソシストの治療効果



    先日の新聞に、「エクソシストによる悪魔払いには、精神疾患を持っている人に対しての治療効果がある」という記事が載っていた。

    「エクソシスト」という言葉が広く知られるようになったのは、1973年公開のアメリカ映画「エクソシスト」の影響が大きいと言われるが、エクソシスト(悪魔払い師)がローマ法王庁(バチカン)公認の存在であるということはあまり知られていないと、記事には書かれてある。

    カトリック教会のカテキズム(教理問答書)には、教会はイエスから悪魔を払う資格と義務を付与されている---と、記しているそうなのだが、中世には悪魔払いが魔女狩りにつながったこともあり、バチカンは儀式が一般化することには慎重な姿勢を崩さないそうである。

    もちろん、今でもイタリアなどでは、悪魔払いを望めば、国際エクソシスト教会に所属する現役エクソシストが悪魔払いをしてくれるのだというが、教会は、この儀式を受ける前に精神科医による診断を義務付けているという。

    ローマ大学教授で精神科医のマストロナルディ氏は、「悪魔に取りつかれたと主張する人たちは多くが精神障害などを患っており、投薬治療で症状が改善する」と、指摘しているそうだ。

    しかし、一方で教授は、エクソシストを頼るのは「有害ではなく、治療効果はあり、むしろ好ましい」とも語っているという。

    悪魔に取りつかれたと思い込んでいる患者は、低い声で話したり、外国語をしゃべったりするが、多くは催眠状態に陥り、自己暗示にかかっているにすぎないのだという。

    しかし、ピアノを弾いたことがない人が突然ピアノを演奏するなど、科学的に説明つかない例もあり、「全体の2パーセントくらいは本当に悪魔の影響を受けているのかもしれない」とも考えられるのだということである。

    とはいえ、わたしの祖父も、まったくピアノなどには疎い人間であったが、我が家に初めてオルガンが来た時、いきなり鍵盤を叩き、「さくらさくら」を弾いてみせた。

    わたし自身も、小学生の時、初めてリコーダーを渡され、最初はドレミも吹けなかったのだが、ある日突然、音符も見ずに難しい曲を一気に演奏できたことがあった。(興味のある方は、当ブログの「不思議な話・前世の話」をお読みください)

    人間の音感は自然と楽器に連動するところがあり、一度もピアノを弾いたことがない人でも音さえ知っていれば突然の演奏も可能になることもあるのではないかと思うのだが、どうなのだろうか・・・?

    ただ、習ったこともないはずの古代の文字などを突然書き出した----などということの方が、不思議なのではないかと思う。

    「エクソシスト」の記事を読んで、ちょっと、こんなことを考えてみた。

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年の差婚を分析 [日々の雑感 19]


[黒ハート]年の差婚を分析



    わたしの大学時代の恩師でもある、現在・駒沢女子大学教授で心理学者の富田隆先生による、最近流行りの「年の差婚」についての分析が、YAHOO!ニュースに書かれていました。



 
    『これほど年の離れた有名芸能人との結婚というと「お金が目当てではないか」といわれがちですが、心理学的にみたときに、そうではないと思います。

    理性で考えたときに、うんと年上の男性と子供が作れるのだろうか?などとマイナス面も考えてしまいますよね。でも、そうしたことよりも、彼女たちの場合は、相手への「情熱」が上回ったといえると思います。ちなみに、不倫もこのパターンといえます。恋愛では、性的部分の情熱を優先して恋愛する人と、周囲の状況を考えた社会的な関係を望んで恋愛する人と大きくふたつに分かれるのですが、年の差婚をする人は、前者です。

    米国の心理学者スタンバーグは、恋愛に不可欠な3つの要素があるといっています。ひとつは、いま挙げた「情熱」、ふたつめは共通の体験や慣れなどの「親しさ」、3つめは「コミットメント」で、この人の為なら多少の犠牲もいとわないと思えるかどうかです。

    コミットメントには、「積極的に参加する」「宣言する」という意味があり、最たるものが結婚ですね。この3つがそろうと長続きしていい恋愛になります。年の差婚をした女性は、こうした3つの要素の中で情熱を占めるウエートが高かったということがいえるでしょうね。

    こうした年の差の恋愛・結婚が増えてきた社会背景には、タブー意識がなくなったということが挙げられるでしょう。恋愛はこうでなければ、結婚はこうでなければという発想で考える人が少なくなってきた、ということです。

    家族のあり方、結婚のあり方、恋愛のあり方など、大きな流れでいうと世の中の多様化が進んでいますよね。少なくとも若い人たちはこうした多様化を受け入れ、許容しています。これまではちょっとタブーと考えられてきたことが崩れていっています。こうしたことも、女性が年上男性と結婚する背景にはあるのではないでしょうか。』




    富田先生、今は駒沢女子大で教授をされているんですね。

    わたしの母校(S女子大)での講義を始める時の第一声、「ごきげんよう!」は、印象的でした。

    で、本題。

    確かに、年の差恋愛には、通常の恋愛以上に「情熱」「親しさ」「積極性」は不可欠だと思います。

    また、「年の差婚」を選択する人たちは、社会通念としての理性よりも感情が先走り、結ばれているということなんですね。

    今日のワイドショーでもこの年の差婚について取り上げていましたが、男性が上、女性が上のどちらのパターンでも、若い方の相手の心理は、「包容力」を年上に求めているという話でした。

    殊に、女性側が10歳以上年上の場合の結婚は、既に国内でも一年間に5000件を上回る勢いだそうで、女性側の積極性が見て取れるそうです。(記憶が正しければ)

    年下男性は、年上女性に対して、物心両面の安定感を期待し、年上女性は、年下男性から、育て上げる楽しさを得るのだそうです。

    また、年上女性を好む男性の共通点として、今でいうところの「草食系男子」が多いそうで、もともと女性にあまり興味がないとか、自分の生活範囲に恋人としての女性は必要ないと考える男性が大半なのだそうです。

    そして、そうした「草食系男子」は、もし彼女が出来たとしても、プロポーズが面倒くさいので、結婚までは考えない---という理由もあげられていました。

    女性にとっての結婚は、正に人生の一大イベントですから、プロポーズされる際のシチュエーションにもこだわる人は多いはずです。素敵なレストランで結婚指輪をもらいたいとか、いきなりのサプライズ・プロポーズが良いとか・・・。

    考える男性側にしてみれば、想像しただけでも疲れが出てしまいそうですよね。

    でも、結婚相手が年上女性なら、そんな面倒くさい気遣いも無用と思うのかもしれません。

    まあ、要は、自分に必要なものは女性ではなく「母親」であるということなのでしょうね。

    自分の良いところも悪いところもすべて黙って受け入れてくれる女性----それが、10歳以上離れた年上女性というわけです。

    こうした年下男性の中には、「出産後も働いてくれそう」と、いう目で年上女性を見ている人もいるそうで、正に夫婦共働きだった母親と自分の妻を混同しているといえます。

    とはいえ、年上女性の方も年下男性を、自分の思い通りに育て上げる楽しみがある----と、答える人もいるのですから、どっちもどっちといった感じではありますが・・・。


    因みに、年の差婚が危機を迎える原因として、4つほどあげられるそうです。

    1  年上側が上から目線の説教をたれるような話し方ばかりする場合。

    2  年齢差がありすぎて、お互いの話が一方通行になるような場合。(夫が妻の愚痴などに生返事ばかり返すとか・・・)

    3  必要以上の過干渉。(年下妻の行動が気になって、しょっちゅうメールで居所を確認するとか・・・)

    4つめは----台所と居間を行ったり来たりで、聴き損ねました。


    でも、これからは、ますます年の差婚のカップルが増えるのではないかと想像されます。

    いや、それ以上に、もはや結婚というシステム自体が煩わしいと考える人が増えて、案外、「茶飲み友達婚」のような、ある時間限りの縁側夫婦が出現するかもしれませんね。

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文章も臨機応変に・・・ [日々の雑感 19]


[本]文章も臨機応変に・・・



    YAHOO!ニュースを読んでいたら、若者たちの間では「寒い」という言い方ばかりではなく、「寒っ!」という言い方もかなり認知されているという記事があった。

    「寒い」というよりも、「寒っ!」と、いう方が、その寒さがより強く感じられるということなのであろう。

    これに近いものに、「気持ち悪い」を、「キモっ!」とか、「でかい」を、「デカッ!」と、いう言い方もある。

    これらも若者が使い始めた言葉ではあるが、今では大人たちの間でもその認知度は極めて高くなっている。

    こうした短縮言葉に先駆けて、既に社会的にほぼ定着しているものが、「ムカつく」とか「キレる」と、いった表現の類であり、この言葉も本をただせば、「吐き気がする」とか「頭脳明晰」などの意味を持つ言葉であった。

    しかしながら、現在は、まったく違う意味としても使われていて、むしろ、その新しい表現方法の方が一般的にさえなっている。

    「姑息」という言葉も、わたしたちは普段、「ずるい」「こすい」「悪賢い」などの意味として用いることが多いが、実際の意味は、「一時の間に合わせ」という意味に過ぎないのである。

    また、「檄をとばす」という言葉も、プロ野球中継でアナウンサーが「監督が選手に檄を飛ばしました」などと使い始めてからは、「叱りつける」「発破をかける」などの意味が主流とされるようになったが、もともとは、「自分の主張を述べ、人々に決起を促す文書である檄文」の意味であった。

    わたしが、このブログで時々取り上げるタイトル「他力本願」も、もちろん、元来は阿弥陀如来の力により成仏することを願うこと」と、いう仏教用語に由来するものであるが、辞書にも記されている通り、今では「自分は努力をせず、他人の助力を待つこと」という意味も常識となっているのだ。 

    子供たちが文字を習い、作文を勉強する場合は、もちろん、本来言葉が持っている正しい意味を理解し、その使い方から学ぶことは必須であるが、文章や言葉はやはり人の意思を表現するための手段である以上、時と場合に則した臨機応変な使い方があってもしかるべきではないかと考える。

    わたしも屁理屈をこねるのが大好きな方であるから、「本当は、そんな使い方をするんじゃないよ」と、一言言いたい人の気持ちは良く判るが、今の世の中、マスコミや企業が自分勝手に作り出している造語の類もごまんとあるわけで、読み手に内容が理解できる範囲の解釈の自由も認めざるを得ないというのが、実際のところであろう。

    以前、わたしは、NTTコミュニケーションズの担当者に、「フレッツ光を知らないんですか?」と、言われたことがある。

    そこで、こう答えた。

    「あなた方企業が勝手に作った言葉を、押し付けられても困ります。もっと判りやすい別の言葉に言いなおして下さい」

    今の日本には、それだけ「嘘言葉」が氾濫しているのだから、もしもあなた自身が自分に都合のいい言葉を作り出し、文章を書いたところで、誰に文句を付けられる筋合いもないというのが、現状ではないだろうか。

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他力本願の女性 2 [日々の雑感 19]


[ハート]他力本願の女性 2



    午前2時半ごろから、家の前がまたもや騒がしくなった。

    バイクの騒音やら人の話し声やらで、とにかくうるさい。

    最近は、毎晩のようにこうした騒音で安眠を妨げられるので、本当に困っている。

    警察もパトロールには来てくれるものの、いつまでもその場にいるわけではないので、常にいたちごっこの状態だ。

    案の定、我が家の近所のあの女性も、今夜、共同浴場で一緒になった母親に愚痴ったそうである。

    「もう、うるさくて、うるさくて、本当にかなわない。毎晩、家の窓から、騒いでいる連中を見ているんだけれど、腹が立ってしかたがないわ」

    そこで母親が、訊いた。

    「毎晩、窓から見ているって、ずっと?」

    「そう、一時間でも、二時間でも見ているわよ。だって、眠れないんだもん」

    彼女は、心底辛そうに答える。

    「だったら、うるさいって、はっきり言わなきゃ。いつまで経っても、やめないわよ」

    母親が説得すると、女性は、即座に、

    「そんなの言えるわけないじゃない」

    「でも、眠れないんでしょ。困っているんでしょ」

    そう、母親が言い返した途端、

    「あ~~~、誰か代わりに言ってくれないかしら・・・。あたし、嫌われるの嫌だもん」

    いつもの他力本願が女性の口から飛び出した。

    母親は、またか・・・と、思いながら共同浴場から帰って来ると、半ば呆れ顔で、

    「何でもかんでも他人に依存すればことが済むと思っているんだから---。一度ぐらい自分で警察に電話すればいいのよ」

    と、言う。

    でも、彼女の長い人生そのものが、すべて人の力を借りることで成り立って来ているようなものだから、これからもそのやり方は変えそうもない。

    まあ、本当に骨身に沁みて困ったと思わない限り、自分の口から助けを求めることなど、金輪際しないだろうな。

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