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高齢者の言葉が判りにくいわけ [日々の雑感 17]


[眼鏡]高齢者の言葉が判りにくいわけ



    「うちのおじいちゃん、いつも話をする時、言葉がスムーズに出てこなくて、本当に聞いている方が疲れるのよ」

    こんな悩みを持つ人は多いですよね。

    どうして、高齢者の言葉はスラスラと口から出てこないのでしょうか?

    脳の言語をつかさどる部分の働きが落ちている証拠では?----なんて、考えてしまいますよね。

    確かに、そういう高齢者も中にはいると思いますが、ここには、もっと複雑な理由が隠されているのだそうです。

    人間は、年齢を重ねるほどに多くの体験や多くの言葉に触れますから、若者が知っている言葉の数よりも高齢者が知っている言葉の数の方が必然的に多くなります。

    すると、一つのことを説明するにしても、若者は知っている言語が少ないので、その言語を使ってしか説明できません。

    しかし、高齢者は、その場合に最も適した言葉はどれなのか、たくさん知っている言語の中から選択することになるわけです。

    ところが、若い時と違い、海馬に蓄積されている言葉を引っ張り出す能力が落ちているところへ持って来て、たくさんの選択肢を溜めこんでいるわけですから、その中の一つを選びだし言葉として口から出すまでにかなりの時間を要してしまうのです。

    大量の砂を、漏斗の細い口から押し出すようなものですから、時には詰まって出てこなくなることもあるわけです。

    しかも、高齢になればなるほど、出来れば自分が知っている言葉の中でも出来るだけ聞き映えの良い物を話したいと思うのは人情です。

    子供っぽい言葉など使いたくはありません。

    そこで、ますます、難しい単語を思い出そうとするのですが、記憶力が落ちているので、ド忘れ状態の不完全な言葉しか思い出せません。

    そのため、「おじいちゃんの話していること、判りにくい」と、なってしまうのです。

    こうした傾向が女性よりも男性に多く見られるのも、脳の使い方が男女で違うということもあるでしょうが、男性の方がより難しい言葉を使いたがるということにも一因があるように思えます。

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スーパーは、社交場 [日々の雑感 17]


[喫茶店]スーパーは、社交場



    諏訪市のJR上諏訪駅前にあった「まるみつ百貨店」が閉店したことで、2月21日から始まった買い物弱者対策である「駅前緊急買い物サポートタクシー」の利用者が、ほとんど伸びず、サービスを見直すことになったというニュースを観た。

    日常の生活用品や食料品を「まるみつ百貨店」で買い求めていた高齢者をいわゆる買い物難民にしないための措置であったが、何故、高齢者はこのサービスを利用しなかったのであろうか?

    サポートタクシーに乗って遠くのスーパーまで買い物に行かねばならないほどは、困っていなかった----と、いうことなのか?

    それとも、サポートタクシーとはいえ、自分の好きな時間に乗り降り出来ないという不便さゆえの敬遠だったのだろうか?

    理由は色々考えられるが、そんな中、もっとも大きな理由の一つは、高齢者は変化を嫌う----と、いうことだったように思う。

    そもそも、高齢者にとっての買い物とは何なのか?

    日常生活に必要な食品や雑貨を買うことが目的だけではない。定期的に通うことが出来る主婦感覚を忘れないようにする場所であり、なおかつ話し相手を見付けるための手段なのである。

    病院が高齢者のサロン化していると言われて久しいが、スーパーマーケットや百貨店もやはり同じような役割を持っているのである。

    いつもほぼ同じ時間にそこへ行くことで、いつもの顔ぶれに会える。

    買い物は言わば付録で、店内の椅子に腰かけ、午後のひと時を気の置けない友だちと楽しくおしゃべりする。

    それが、本来の目的なのである。

    高齢者がよく言う言葉に、「夕方は寂しい」と、いうものがあるが、この感覚は、若いうちにはほとんど理解出来ないもので、高齢者がよく飴をなめるのも、この寂しさを紛らわせるためなのだそうだ。

    飴をなめている時だけは、かつて母親に甘えた頃の子供時代のように安心感を保てるのだという。

    つまり、高齢者にとって買い物の場は、単に消費の場ではなく、親しい友人たちと出会える社交場なのである。

    その意味を汲まず、高齢者を「買い物弱者」の一言で片付けようとした市側の読み違いが、このサポートタクシーの利用の低調に深く関係しているのではないかと考える。

    高齢者たちを本当に救いたいと考えるならば、「まるみつ百貨店」のあった場所に新たな買い物の拠点を作ることが必要だ。

    この間のニュースでは、旧「まるみつ百貨店」の元従業員が、駅前に新たなスーパーマーケットを開店したという話題を取り上げていた。

    まだ、小規模な店舗で客のニーズにすべて応えることは出来ないそうだが、それでも高齢者たちの心のよりどころにはなるはずである。

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菅さん、みっともない? [日々の雑感 17]


[カメラ]菅さん、みっともない?




    今日は、病院で採血してもらいました。

    しかも、血圧手帳が終わったので、次のをもらおうと思って行ったのに、しっかり忘れて帰って来ました。

    本当に、近頃、物忘れが多い。

    今日なんか、財布の中に、

    血圧手帳もらうこと

    と、書いて行ったにもかかわらず、きれいに忘れていました。

    これは、かなりヤバい![ふらふら]

    

    ところで、菅さん、八月退陣----との読みが大勢だそうだけれど、では、菅さんのあとに誰に総理になってもらいたいか?のアンケート調査では、「なり手がいない」が、65パーセントだとか・・・。

    総理にふさわしい人がいないとういうのに、辞めさせるだけは辞めさせる----って、変な話です。

    つまり、一年経ったら良くも悪くも次の人に代わって欲しいと思っている民主党議員たちの気持ちが、菅降ろしに走ったということでしょう。

    「菅さんは、総理の地位にしがみついていてみっともない」

    と、言った政治評論家がいましたが、恋々としがみつくことが悪いことなのでしょうかね?

    むしろ、福田元総理(息子さんの方)のように、「わたしは、なりたくなかったんだ」などという人よりも、よほど根性据わっていると思うのですが・・・。

    この総理の座を手に入れるために、奥さんストレスが高じて二度も大病をし、菅さん自身は何度も仲間に裏切られるという煮え湯を飲まされ、市民活動家あがりだと世襲議員たちには揶揄され、それでも政治家を辞めなかったのですから、それも致し方がないと思います。

    「ひるおび!」の司会者の恵さんも、「男として、その気持ちは判る」と、言っていました。

    羽田元総理は、「一度総理の地位についたら、10年はやるという気概が必要」と、言ったそうですが、それでこそ国のリーダーだと思います。

    まあ、実際、10年もやられて独裁政権を築かれても困りますが・・・。(-_-;)

    次の政権は、岡田幹事長や自民党の石破議員が模索するような大連立になるのでしょうか?

    とはいえ、今のこの状態では、誰が総理になっても、またすぐに「気に入らないから降りろ!」の連呼が始まるでしょう。

    国会議員全員が「一番総理大臣になりたいのは(ふさわしいか否かではなく)おれだ!」と、いう気持ちを捨てない限り、この国民そっちのけの不毛な権力闘争は、延々に続くのです。

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色のマジック [日々の雑感 17]


[晴れ]色のマジック




    色の不思議は、まだまだあります。

    色は、住んでいる地域や国によっても微妙に変わるということをご存知ですか?

    わたしも、このことは初めて知りました。

    海外旅行の失敗で、良くある話ですが、旅行先で見付けた素敵な色のシャツが、日本へ帰って来てからワクワク気分で荷物から取り出して、

    「あれ?こんな色だったっけ?」

    と、がっかりすることがあるのです。

    実は、わたしにも同じような経験がありました。昔、アメリカ旅行で買った帽子の色が、帰国後に見たら何となく現地で見た時のイメージと違ったのです。

    どうして、こんなことが起きるのかというと、色というものは、その現地の日光の強さ空気の乾燥度合い、空気中の塵の多さなどによって、かなり異なって見えるのだそうです。

    日差しが比較的穏やかで湿度の高い日本で見るのと、空気が乾燥している中央アジアや地中海で見るのとでは同じ青色や赤色でも、鮮やかさに違いが生じるわけです。

    また、東京北海道の食べ物を比べた場合、空気が澄んでいる北海道の食べ物の方が色も鮮やかに見えて、より美味しそうに感じるものです。

    これも、わたしが体験したことですが、東京の夕日と信州の夕日では見え方がまったく違い、東京の夕日はまったく眩しくなく、どんよりとして見えたのに対して、信州の夕日はギラギラとして眼が開けられないほどのもので、あまりの違いに戸惑いを感じたほどでした。

    しかし、逆に東京でしか感じられない素敵な色という物もあります。

    シックな大人の色----と、俗に呼ばれる物がそれです。

    くすんだ----とか、渋い----とか言われる色がそれにあたります。

    この色を今度は東南アジアや地中海で見ると、ぱっとしない野暮ったい色に見えてしまうようで、反対に、地中海や東南アジアなどで買った服を東京で着ると、異常に派手に思えてしまうのだそうです。

    また、太陽光の下と蛍光灯の下では、色の見え方も全然変わりますよね。

    蛍光灯の下ではダサく見えてしまう緑系統の色も、さんさんと降り注ぐ太陽光の下では、元気いっぱいの活発な色に見えるのです。

    つまり、スポーツのユニフォームの色を決める時も、そのスポーツが屋外で行なうものなのか、屋内で行なうものなのかでは、自然と選ぶ色も変わって来るというものです。

    色は、その場所で着たり見たりするからこそ映えるので、場所を移動しても美しいかどうかは、一概には断定できないという面白さを持っているようですね。

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北志賀高原診療所へ医師を [日々の雑感 17]


[病院]北志賀高原診療所へ医師を



    山ノ内町の北志賀高原(須賀川区)で長年へき地医療に携わって来た北志賀高原診療所の医師・小河原当元(まさもと)先生が4月30日に七十三歳で亡くなられた。

    小河原医師は、30年ほど前に東京から移住。

    町営の北部診療所の所長となり、1989年に独立して北志賀高原診療所を開設。

    親切温厚な人柄から地域になくてはならない名医として、住民たちに慕われて来た。

    体調を崩した三年前頃までは、往診も行なっていたという。

    診療所では診察とともに薬も受け取ることが出来、定期的に受診していた高齢者にとっては実に利便性に富んだ医療施設であったという。

    小河原医師が亡くなり診療所が閉じてからは、地域柄、木島平や飯山市などの医療機関へ行くようになった人も多いが、自動車を持たない住民にとっては、かなり不便な状況となっている。

    この医師不在の事態を受けて、須賀川地区では地域医の一日も早い確保を町に陳情した。

    竹節義孝町長は、「須賀川の窮状を何とか救いたい」と、地元の医師と中高医師会へ協力を要請したというが、未だ見通しは立っていないようだ。

    夫人の由美子さんからも「地域医療存続のため、診療所施設を使ってもらっていい」との言葉をもらっているという。

    

    どんなに優れた施設があっても、距離的に通うことが出来ない患者にとってみれば、まったく意味をなさないのが医療機関である。

    テレビ番組でスーパードクターシリーズなどが取り上げられるが、いったい何人の国民がその医師の治療で命を取り留めることが出来るだろうか?

    患者を病院まで運んでくれる家族の存在、治療費、交通費などの問題がすべてクリア出来た人だけが助かることが出来る医療が、本当の医療といえるのだろうか?

    こういう問題を考える時、地域医療格差という現実が否応なく突きつけられる。

    国民皆保険制度を唱える以上、受けられる医療に格差が生じてよいはずがない。同じ国民保険料を支払っているにもかかわらず、住む地域によって受けられる医療技術に違いがあっていいわけはないと思う。

    警察や消防サービスが差別なく国民に提供されるのならば、医療も同様でなくてはならないと思うのだが・・・。

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菅さんと鳩山さんの言い分 [日々の雑感 17]


[むかっ(怒り)]菅さんと鳩山さんの言い分


    今日の参議院国会中継----山本一太議員、その質問は、民主党議員が行なってこそ意味があるのではないでしょうか?

    ちょっと、思ったんですが、お隣の夫婦げんかの理由を、強引に問い質している長屋の書生さん----と、いうイメージでした。

    鳩山さんと菅さんの間で、どのような約束が取り交わされたかということは、民主党内のお家事情で、自民党の山本議員にはあまり関係のない話題だと思うのですがね。

    それに、鳩山さんが言っていることと、菅さんが言っていることが食い違っているというのなら菅さんだけを責めるのではなく、鳩山さんにも真偽を問うべきではないでしょうか?

    まあ、どちらにしても、菅さんの代議士会での発言が内閣不信任案否決に不十分だったとしたら、最初に決めていた通り「賛成」に回ればよかったので、あとから「騙された」とか「ペテン師」呼ばわりは如何なものかと思いますね。

    しかし、小沢さん寄りだった民主党議員たちも、どうして「自主投票」と決まった途端、一斉に「否決」に流れたのか?

    そんなに簡単に揺らぐ「信念」だったのでしょうかね?

    もしかしたら、皆さん、最初から「否決」に回りたかったというのが本音だったのでは?

    にしても、長野県民主党議員の結束は固かった。若干、一名ほどブレかけた人がいたけれど、

    「若いのに日和見主義は信用をなくすぞ」

    と、ご近所の政治通がおっしゃっていました。

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内閣不信任案否決 [日々の雑感 17]


[TV]内閣不信任案否決



    自民党が提出した菅内閣不信任案の採決だが、民主党の代議士会が開催された直後から、風向きが一気に変わった。

    菅さんの言葉で、「震災復興と原発事故処理の一定のめどがついたら退陣する」「若手に引き継いでもらう」「民主党を割らない」この三点で、民主党内の賛成票が反対票へと一斉に動いた感がある。

    しかし、この菅総理の演説のあとでも、NHK以下マスコミは、小沢造反グループの賛成票は揺るがずと見ていたらしく、菅さんの言葉の軽さを指摘していた。

    だが、ワイドショー「ひるおび!」の男性アナウンサーだけは、司会者の恵さんやコメンテーターたちの意見とは真逆の「不信任案否決」が濃厚だと説明した。

    わたしも、先の民主党代議士会での小沢派の一角と見られていた原口氏の発言を聞いた時に、「もしかして、菅さんプッシュに回った?」と、思ったものだから、この男性アナの分析の方が正しいように感じた。

    衆議院本会議での不信任案否決演説をした民主党の若手議員の言葉も迫力があった。

    別に、何党を支持しているというわけではないが、久しぶりにしっかりとした演説を聞いたような気がした。

    そして、やはり、小沢さんは議場に姿を現さなかった。まあ、いつものことだけれど・・・。

    小沢さんの造反を信じて白札を入れた松木謙公議員(前農林水産政務官)が気の毒な気がする。

    いずれにしても、政治の世界は一寸先は闇。

    たった一時間で賛成が反対へ大量に覆るのだから、一年生議員たちが面食らうのも判るような気がする。

    さあ、岡田幹事長が次にどう出るかな・・・?

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減塩するには・・・ [日々の雑感 17]


[ファーストフード]減塩するには・・・




    減塩するのは、実に難しいよね。

    これまで長年慣れ親しんで来た味は、そう簡単に変えられない。

    おかずなどの料理に塩分が多いと、ご飯も進むし、ついつい食べ過ぎてしまう。

    そんな塩分が多い食材といえば、すぐに思いつくのは漬物とか味噌汁などだけれど、案外盲点になっているのが、いわゆる練り製品。

    魚や肉に片栗粉などを混ぜて練って加工した食品で、チクワ、かまぼこ、ソーセージなどがそれにあたる。

    しかも、これらには、意外に塩が多く使われているのだそうだ。

    だから、減塩には、最も不向きな食べ物だとも言われるようである。

    そして、うどん、そうめん、などの麺類も塩を使って製造されているので、もしも麺類が食べたければ、スパゲティーなどのパスタの方がよいのだという。

    ただ、そのパスタも塩を入れて茹でたり、ミートソースに塩分を多く使っては元も子もない。

    また、ハムも塩分が多い食材で、特に生ハムなどは、かなりの塩分を含んでいるようだ。洋食などで生ハムとメロンが一緒に出されることがあるのも、生ハムの塩分をメロンのカリウムが排出を促してくれるためと、聞いたことがある。

    


    そんな話を、近所の主婦とした。

    その主婦も、医師から減塩をきつく言い渡されているらしいのだが、これまで一度も成功した試しがないのだという。

    カロリー摂取量も1500キロカロリーに抑えるように指導されているのだそうだが、どうしても、たくさん食べてしまい、病院へ行くたびに、医師に叱られるというのだ。

    しかも、夕食以降の間食がやめられないのだそうだ。

    では、食事を減らすにはどうしたら手っ取り早く減らせるのか----?

    それは、食事をまずくすればいいのだ。

    まずい食事は誰も好んでたくさん食べようなどとは思わない。つまり、どういう食事がまずい食事かといえば、それは塩分のない食事である。

    塩けのない料理ほど美味しくない物はない。

    これならば、ローカロリーの減塩食となる。

    しかも、それを心理的に食欲をなくす青色の器で食べれば完璧だ。

    な~~んて、バカなことばかりを言って二人で笑った。

    それにしても、毎食の減塩は大変だよね。(溜息)

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気配りのない人 [日々の雑感 17]


[がく~(落胆した顔)]気配りのない人



    スーパーのレジに並んでいる時、レジ係のお姉さんに「〇〇〇円です」と、言われてから徐に財布を取り出す中高年のおばさんたち、いますよね。

    自分が買い物をしているのだから、全部で幾らかかったのかぐらいなこと、予めレジへ並ぶ前におおざっぱにも判るはずなんだけれど、言われてからでないと行動できないわけで・・・。

    こうした気配りのない人が最近増えているように思います。

    病院へ行っても、こういう中高年女性は多いものです。

    病院というところは、もしかしたら服を脱いで診察を受けることになるかも知れないことは、やはり予測が付くものですよね。

    それなのに、何枚もセーターを着込んでいたり、ボディースーツのようなきつめの下着をつけていて、衣類の着脱に手間取り、次の患者さんの診察にも支障をきたす----などという人が良くいるのだそうです。

    だったら、家を出る時から脱ぎ着のしやすい服を着て行く方が自分も楽だと思うのですが、そうした気配りが出来ない。

    「早く服を着て下さい」

    なんて急かされたことに、逆に腹を立てている女性がいましたが、あなたの方が迷惑をかけているんでしょうと、言い返したくなりました。

    これと同じようなことが、共同浴場でも頻繁に起きます。

    お風呂へ入るという目的は最初から判っているのに、まるで、玉ねぎの皮をむくように、一体何枚着こんでいるのか?---と、思うほどの枚数の服を着て来る女性がいるのです。

    脱衣所は狭いので、これから服を脱ぐ人と、お湯からあがって身体を拭きたい人が一緒のスペースにいることになると、せっかく綺麗になった身体が、これから入浴する人の汚れた身体と接触するかもしれないのです。

    そういう時は、これから入浴する人たちの方が遠慮して、出来るだけ早く浴室の方へ移動するのがマナーです。

    しかし、服をたくさん着ているせいで、いつまで経っても脱ぐことが出来ず、入浴後の人たちに多大な迷惑をかける人がいるのです。

    どうして、もっと軽装でやってこないのか?----と、いつも疑問に思うのですが、本当に気配りがない人たちが多いことに呆れ返ります。

    結局、彼女らは自分のことしか眼中にないのでしょうね。

    こういう中高年が増える時代です。

    「早くやりなさいよ!」と、叱られても、彼女たちに文句が言える義理ではないと、最近は庇う気持ちも失せました。

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地元愛? [日々の雑感 17]


[家]地元愛?



    東日本大震災によって被災地の雇用悪化が続いている。被災地に工場などの事業所を持つ企業の中には地元雇用の縮小を余儀なくされるケースが相次いでいるためだ。被災者雇用に名乗りを上げる企業も増えているが、求職者の地元志向も手伝い、支援企業側が用意する都市圏での再就職に踏み切れないなど、「雇用のミスマッチ」も顕在化しているようだ。



    と、YAHOO!ニュースに出ていた。


    出稼ぎは東北地方の代名詞のようなものだったのに、近頃の若者は、いや、四十、五十代の人たちでさえ、地元を離れて就職することを躊躇っているらしい。

    被災したことで、これまで以上に地元のために何かしたいと思う気持ちが、遠方での就職に二の足を踏ませているという見方もあるが、おそらく、それだけの理由ではないと思う。

    何故なら、もともと地元にあった会社が被災したため、別の地域へ工場を移すので、そちらで働いて欲しいと言われた従業員たちが、一度に離職しているという現実もあるのだ。

    つまり、本当の意味でお金に窮しているので働くのではなく、彼らにとっての職場は、言わばもう一つの家なのではないかと思われる。

    お金よりもコミュニティーが大事で、そのコミュニティーから切り離されるくらいなら、仕事をやめた方がマシだ----と、考えるほど、地元離れが出来ない人たちなのではないだろうか。

    だから、若者たちも、都会へ出れば給料も高い仕事につけることは判っているにもかかわらず、地元離れ、親離れが出来ないために、何が何でも被災地から離れたくないと思うのだろう。

    また、中には、被災地を離れると義援金がもらえなくなるかもしれないとか、仮設住宅の抽選についての情報を入手するのが難しくなる----との懸念を持つ人たちが少なくないのも、地元依存を強固にしている理由の一つだと言われる。

    これは、早く就職先を見付けて、今後の生活を立ち行くようにしようという政府や経済界の思惑とはまったく違う現実といえる。

    つまり、復興のための第一歩でもある目算が外れたということである。

    しかし、もしも、彼らが本気で地元を復興させたいと思うのなら、都会へ出るのは怖いとか、これまでの友人たちと離れ離れは嫌だ----などといっている場合ではない。

    企業の中には、そんなコミュニティーごと丸抱えするつもりで雇用を進めるというところもあるやに聞くが・・・。

    何か、はっきりとは言えないが、被災者の人たちの中に「この際どんな我儘も許してもらいたい」と、いうような気運が生まれ始めているのではないかとさえ思えるのだ。

    どうも、イマイチ釈然としない感がぬぐえないニュースであった。

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