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西日本の役割 [日々の雑感 15]


[TV]西日本の役割



    テレビのワイドショーの報道では、徳島県などでは、県をあげて被災者の受け入れに積極的で、疎開先の住居紹介から就職支援まで至れり尽くせりの態勢で取り組むということで、京都府もそれに近い支援を申し出ているそうである。

    しかし、未だ応募して来る被災者は少ない。

    やはり、被災者には、住み慣れた地域から出来るだけ離れたくないという気持ちもあり、どうしても移住を余儀なくされるのならば、より近くの県へ行きたいと思うのが人情だろう。

    また、若い人たちは将来のことも考えて、被災地を離れようという決意を固める人も多いだろうが、これから就職したり新しい生活を構築する必要のない高齢者などは、これ以上人生の冒険をしようとは思わないのが普通である。

    ある被災者高齢女性が話していたが、

    「何もかも失った。これから先は、わたしの面倒を誰が見てくれるのかが最も気がかり。この年で働きに出ることも出来ないし、贅沢は言わないので、死ぬまで不自由なく暮らせる保障をしてもらいたいだけだ」

    確かに、これが本音だろうと思う。

    つまり、そうなると、これからの日本には、高齢者だけでも単純計算で十万人規模の生活保護者が出るのではないかと思われる。

    しかし、こういう時のためにこそ、これまで国民は皆真面目に税金を支払って来たのだから、それを受け取る権利はあるはずだ。

    いや、被災者だけではない。経済活動の沈滞により、二次、三次災害を被る国民が大勢出て来るはずであり、既に計り知れないほどのダメージを受けている業種も多い。

    国内の経済的疲弊は、被災者の支援を滞らせるばかりか、失業者の増加や企業の倒産などとんでもない負の連鎖を引き起こす元にもなり兼ねないのである。

    だからこそ、ここは国内旅行やお花見などの行事を積極的に行ない、経済を停滞させないように努力する必要がある。

    特に、今回の地震で被災することがなかった近畿、中国、四国、九州、沖縄など西日本の人たちが、地震で被災した東北や関東、そして信州へ率先して旅行したり、現地の食材を購入することが重要となるのである。

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避難所の感染症 [日々の雑感 15]


[病院]避難所の感染症



    NHKスペシャルで放送していたが、今、各避難所では、胃腸炎や肺炎などの感染症がまん延し始めているようだ。

    震災直後は、骨折や打撲などの外傷患者であふれかえった大学病院が、その後は患者数も減り、元の診療体制に戻れるものと安堵していた医師たちだったが、ここへ来て再び患者数が増加に転じ、戸惑っている。

    避難所の不衛生な環境が、ノロウィルスなどを発生させ、嘔吐や下痢、発熱を訴えて受診する高齢者が急増しているそうなのである。

    多くの避難所には、未だに水がないため、避難所内の掃除には、近くのため池などに溜まった海水混じりの泥水を使用しているところもある。

    そうした劣悪な環境を医師たちが調査してみると、水洗トイレにも水が流れないので、新聞紙などの紙を便器の中に敷いて使用し、用便をその紙ごと捨てるという方法をとっていた。

    それも素手で扱わねばならず、その手を洗う水がない。

    アルコール消毒液も底を尽き、結果的に、汚染された手のままで食事をすることになるわけで、避難所の人たちにさまざまな感染症が広がっているのだという。

    そうして病気になった人たちは、医薬品の乏しい地域の医療では手当てし切れず、県をまたいで他県の大学病院に搬送されて来るのだが、そこも既に満杯状態が続いていて、本来の手術予定患者などへの対応まで手が回らないのだそうだ。

    早期のすい臓がんで、三月下旬に手術予定だった男性患者も、未だにそれが出来ずにいた。

    担当医師は、「早期のがんなので、そういう患者さんこそ早く手術してやりたいのだが、この状態ではどうしようもない」と、困惑していた。

    その男性患者も、「こうなっては、どんなに泣き叫んでも出来ないものは出来ないのだから・・・」と、悔しそうに話す。

    また、肺炎で入院した高齢女性患者は、抗生物質の投与で回復したものの、帰る場所は、やはり避難所であるため、戻ったところで再び病気を悪化させる可能性もある。

    「本当は、ここにいて頂きたいのですが、(他の患者さんがつかえているので)それも出来ない・・・」と、若い担当医は悔しがっていた。

    避難所のトイレを視察していた医師は、こうした衛生問題を特に懸念する。

    「今は、まだ、寒いのでこの程度だが、これから暖かくなってくるので、この状況を早く改善しないと大変なことになる。アメリカ軍の空母に頼んで被災者たちを一時受け入れてもらい、清潔に暮らせる環境を作ることも必要ではないかと思う」

    しかし、高齢者の中には、今の避難所や自宅を離れたくないという人も多い。

    とにかく、今後の被災地には、大量の清潔な水の供給が急務だと、番組は伝えていた。

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被災者にかけてはいけない言葉 [日々の雑感 15]


[手(パー)]被災者にかけてはいけない言葉



    NHKの「クローズアップ現代」を観た。

    東北関東大震災で避難所生活を余儀なくされている被災者の苦しい心の内を、何とかして少しでも軽くするために、精神科の医師たちが活躍しているということである。

    震災直後は、生きるためだけに神経を張り詰めていた被災者の方々の心にも、日を経るにつれて、さまざまな悩みや悲しみが噴き出して来ている。

    「どうして、自分だけが助かってしまったのか?」

    「あの時、もう少し気を付けていたら、子供を亡くさずに済んだのではなかったか?」

    「これから、自分の生活はどうなってしまうのだろう?誰が面倒を見てくれるのか?」

    どうして?

    何故?

    どうしたら・・・・。

    そんな多くの被災者たちの絶望感や消失感、罪悪感をどうやって受け止め、癒して行くことができるのかが、被災地の新たな医療問題として浮き彫りになりつつあるのだという。

    その際に懸念されるのが、これから被災地で受け入れることとなる一般ボランティアたちの存在だという。

    彼らの中には、まったくの善意から、少しでも被災地の助力になろうと、避難所の人々の相談相手や話し相手を買って出る人もいると思うが、それは、必ずしも好ましいことではないという説明だった。

    番組に出ていた専門家は、一般のボランティアの人たちには、あくまでも労働力として被災者を助けることだけに専念して欲しいと、語るのである。

    今、最も被災者にかけてはいけない言葉は、震災や津波などの現実を思い起こさせるものなのだそうだ。

    そして、むしろ必要な会話は、愚にもつかないような世間話なのだという。

    その世間話をしている過程で、被災者の方たちとの間に信頼関係が生まれれば、被災者の方たちの方から自然と苦しい胸の内を吐露してくれるようになるのだという。

    また、とにかく、誰かに自分の嘆きを聞いてもらいたい思いから、やみくもに感情をぶつけて来る被災者もいるが、そういう人の言葉を受け止める知識を、一般の素人は持っていないのだという。

    だから、話を聞くのはやはり専門知識を持っている医師や臨床心理士などに任せた方が良いというのである。

    同じ痛みを分かち合うことの出来る被災者同士ならば癒される言葉も、単にボランティアとして一時的に手伝いに来た人にかけられても、真実味に欠けると思われる場合もあるだろう。

    安易な同情は、時に凶器にもなる。

    テレビコマーシャルで有名なタレントやスポーツ選手が訴えかけている言葉。

    「あなたは、一人じゃない。ぼくたちがいる」

    その言葉を発している彼らに、本当に性根を据えて被災者一人一人の人生を背負う覚悟があるのか----それを問いただしたいと思うのは、わたしだけではない筈だ。

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素朴な疑問 [日々の雑感 15]


[レストラン]素朴な疑問




    阪神淡路大震災の時は、あまり感じなかったのだが----いや、むしろ、素晴らしいことだとさえ思っていた。

    ボランティアの炊き出し隊である。

    自前の調理器具を積んだ自動車で、被災地を回り、レストランで食べるような食事を提供する。

    大きな避難所では、おそらく1000食以上は作ることになるのだろう。

    それも無料でとなれば、提供者の赤字も大変な額にのぼる。

    そういう炊き出しボランティアの人たちが訪れることが出来た避難所暮らしをしている被災者の方々は、本当に、おいしそうに食べていた。

    「温かい食べ物がいただけて、本当にありがたい」

    そんな言葉もたくさん聞かれた。

    今回の東北関東大震災でも、被災した各地の比較的大きな避難所には、こうした炊き出し隊が何組も入ったそうだ。

    しかし、そんなテレビニュースを観ていた母親が、ポツリと言った。

    「でも、この人たちが食事をふるまうのは、今回だけなんでしょ?明日も、明後日も来てくれるわけじゃないんでしょ。一日だけ無料で食べさせてもらったって、この先ずっと無料ってわけじゃないんなら、意味ないじゃない」

    確かに、そういうことなのかもしれない。

    人間の生活は、これからも延々と続くのだ。

    一日だけの親切など、実は、本当に困っている人たちにはむしろ迷惑なことなのかもしれないのだ。

    家財道具もお金も一切合切流されてしまった人たちに、たった一日だけ楽しい思いやおいしい思いを提供しても、そんなものは提供する側の自己満足に過ぎないのかもしれない。

    もしも、本気で被災者の食事の面倒をみる気があるのなら、これから一年、二年の長いスパンで食事の無料提供を続ける覚悟が必要なのだと思う。

    そして、それも大きな避難所ばかりではなく、未だ行政の手も入ることのできない孤立地域の被災者にまでも、まんべんなく届ける態勢が必要なのだ。

    人間は、皆が一様に同じ困難に直面している時は、かなりのことでも辛抱出来る。

    しかし、一方はレストラン並みの食事を食べているのに、一方はそんなものは見たくてもないという不均等が起きた時、我慢も限界を超えるのだ。

    炊き出しボランティアは、もちろん避難所には必要なことだろうが、やるならば、その場限りのイベントで終わらないようにして欲しいものである。

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若い人たちの死 [日々の雑感 15]


若い人たちの死



    こんなことを書くと、不謹慎だとか言い過ぎだとか批判されるかもしれないが・・・。

    今回の大震災に関しては、若い人たちの命が非常に多く奪われた。

    その若い人たちは、皆、自分よりも他人の命を助けようとして亡くなった犠牲者たちである。

    自分だけで逃げようと思えば、容易く逃げ切れるだけの体力も気力も備えた人たちであるにもかかわらず、自分以外の人たちのために命を捨てたのである。

    同僚を助けようとして亡くなった29歳の元高校球児の消防士。

    津波から防波堤近くにいる人を救おうと、パトカーを走らせた31歳の警察官。

    目の前に迫る巨大津波におびえながらも、最後の最後まで防災放送のマイクを放さず、冷静な口調で住民に避難を呼びかけ続けた24歳の女性職員。彼女の声が津波にのまれて途切れるのを、両親は聞いていたという。

    そして、逃げ切れない入院患者たちを見捨てられないと、病院内に残り、津波の犠牲になった若い医師や看護師たち。

    数え上げればきりがない。

    それに比べて、避難所には、まるでここは介護施設かと思えるほどに老人たちが多いのだ。

    普通、老人、身体の不自由な人、小さな子供たちを災害弱者と呼ぶが、本当の災害弱者は、そうした人々を救うために自らの命を顧みず献身する人たちのことなのかもしれない。

    いつの時代も、最前線で社会の犠牲になるのは、純粋な使命感に燃える若者たちである。

    だから、わたしは、あえて彼らに言いたい。

    絶対に無理をするなと。

    自分が危険だと思ったら、相手のことなど構わずに逃げて欲しいと。

    未来をつなぐ若い命が奪われるということは、すなわち、国の未来が奪われることに他ならないからだ。
    

   

    
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栄村の今 [日々の雑感 15]


栄村の今




    今日、髪をカットしに行きつけの理容院へ行って来た。

    理容師さんの一人は、今回の長野県北部地震で被災した栄村の出身である。

    山を背にして建っていたご実家は、見る影もなく壊れてしまったそうである。

    大勢のお年寄りたちは、未だに家へ帰れず避難所で生活をしているが、大地震と津波、加えて原発事故と三重苦に見舞われている東北から関東にかけての被害があまりに大きいため、こちらの報道はほとんどされないのが現状だ。

    しかし、村の中は、道路がいたるところで隆起したり陥没したりで、警察官などの誘導がなければ簡単には入れないという。

    半壊や全壊の家々には、無人であるのを良いことに、家財道具などを盗みに入る輩もいるそうだ。

    そこで、村民たちは用心のために、交代で各家の見回りにあたっているという。

    大きな被害地にばかり目が向きがちの今日だが、すぐ身近なところにも大変な思いで一日一日を過ごしている人々がいるという事実も忘れてはならないのである。

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歴史に学ぶこと [日々の雑感 15]


[本]歴史に学ぶこと



    ヤフー知恵袋の回答に、考えさせられる投稿があった。

    「東日本大震災で親を亡くした子供たちの将来が案じられてならない」との質問に対しての答えなのだが、江戸時代に起きた火山の噴火によって親を亡くした子供たちがどのようにして育ったかということを教えているのである。

    天明三年(1783年)七月八日に、浅間山が大噴火し、流れ出した火砕流や溶岩流が火口から約13キロメートル離れた村に壊滅的な被害をもたらした。

    家族バラバラになりながらも、村人たちは必死に高台にある鎌原観音堂へと逃げたのだが、溶岩流は観音堂の石段を上15段残したのみですべて飲み込み、その石段を上れなかった大勢の人々が亡くなるという大惨事を引き起こしたのだった。

    その後、かろうじて生き残ることが出来た村人たちは、当時の役人たちにより強制的に新しい家族を構成させられることとなり、孤児となった子供たちは生き残った大人たちが我が子として育てることで、再び村を復興させたのだそうである。

    もちろん、今の時代、親を亡くした子供たちを強制的に他人である大人に育てろということなど出来るものではない。

    しかし、そうした子供たちのために日本中、いや世界中の大人が各々いくばくかの義援金を寄せることで、勉強や食事に不自由しないだけの暮らしを確保してあげることは出来ると、その回答者は言うのである。

    お金が親の代わりになるわけもないが、それでも親を亡くすという大きな悲劇を背負った子供たちが安心して生きて行けるだけの保障をするのは、行政の責任であると思う。

    千年に一度の大災害も、そこから立ち上がるための教訓は、やはり、我々の過去の歴史の中に必ずあるのではないかと感じた一文であった。

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食料が足りない [日々の雑感 15]


[ファーストフード]食料が足りない



    昨夜のニュースで放送していたのだが、被災地には食料(あえて料を使います)がたくさん集まっているなどという情報は、あまり信ぴょう性がないようだ。

    衣類や毛布などは順調に集まったそうだが、何処の避難所も毎日の食料にはとにかく困窮している。

    生野菜が足りない、ご飯が足りない、汁物がない、甘いものがない、果物が欲しい、温かい物が食べたい・・・・。

    地震直後は、命が助かっただけで安堵していた被災者の方々にも、震災から二週間がたち、現実に今後生きて行くための模索が始まったのである。

    一度、避難所を出て自宅へ戻った人たちも、電気や水道、ガスなどのライフラインが復旧していないために、ご飯だけは避難所で食べているという人も多い。

    また、避難所を出て親戚などの家へ身を寄せていた人たちの中にも、「いつまで、ここにいるつもり?」などと、言われて、いたたまらず再び避難所へ戻って来るという例も少なくないという。

    被災した市民が8万人というところは、この人数分の食料を用意しなければならないわけで、自衛隊の食糧テントの中には、昨夜の時点で11万食が確保されていただけであった。

    つまり、今朝の朝食を配れば、夕飯分が配れるかどうか判らない。

    しかも、一食がおにぎり一つ、または、こっぺぱん一個といった状況で、一日二食を分配するのがやっとだという。

    それでも、昨日は、缶詰一個が付いたそうだ。

    どう考えても、この量では栄養失調になるばかりだ。行政の手が届きにくい避難所では、餓死者も出ているという話も、あながちデマではないだろう。

    避難が長期化すれば、今は食糧を無償提供してくれている各メーカーも、一社また一社と手を引く自体にもなりかねない。

    「戦後の食糧難を思えば、何のことはない」

    そう笑っていたお年寄りもいたが、小、中、高校生のような育ちざかり食べざかりの子供たちは、かなり辛いものと思われる。

    「今一番、食べたい物は?」
 
    そう訊ねられた少女が、はにかみながらこう答えていた。

    「----お肉が食べたい」 

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奇妙な感覚 [日々の雑感 15]


奇妙な感覚



    一昨日は、先月亡くなった叔父の四十九日法要でした。

    我が家の出席者は父親一人だったので、わたしが父を叔母の家まで車で送って行きました。

    ところが、どういう訳か叔母の家が見付かりません。

    父は、例の母が車酔いで大変な目に遭った際、一度叔母の家まで行っているので、住所は判っている筈だったのですが、やはり、またたどり着くまでにかなりの遠回りをする破目になってしまったのです。

    父が、叔母の家の場所をうろ覚えだったということもあるかもしれませんが、確かに、一見判りづらく、本通りからは離れた奥まったところにありました。

    その家の近くの駐車場に車を止め、喪服を着た父を車から降ろしたのですが、その時、何となくわたしの中に、「叔母の家まで近寄りたくない」というような不可思議な疲れが現われたのです。

    その日は、わたしも出来れば叔父の遺影に手を合わせて焼香してこようと思い、服装も黒っぽい物にして出かけたのですが、途端にその気持ちが萎えてしまいました。

    わたしは、父だけを降ろすと、そのままとんぼ返りで家へ帰ったのです。

    しかし、家へ着くと、その嫌な疲れはなくなりました。

    それから三時間ほど経って父から、「法要が終わったので迎えに来て欲しい」と、電話がありました。

    再び、わたしは、車で叔母の家まで走ります。

    そして、また、その駐車場へ車を入れて表へ出ると、一気に身体中が重くなる感覚に襲われたのです。

    しばらく、食事らしい食事をとっていなかったので、そんな理由もあったのかもしれませんが、従姉が「お参りして行って」と、促すものの、どうしても疲れの方が先に立ちその気になれず、叔母の家から出て来た父を車に乗せると、叔母への挨拶もそこそこにその場を離れました。

    そんな、わたしの車がちょうど赤信号で停車した時、その横断歩道を黒猫がゆっくりと横切って行きました。

    別に、それが何だということもないのですが、家へ帰って来てからふと考えました。

    一月前、元気に家を出て行った母親が、とんでもない車酔いで病院へ行く破目になり、この日のわたし自身が同じように身体の異常を感じるとは、やはり、叔母の家のある場所には、何かあるのではないだろうか・・・・と。

    亡くなった叔父も、実は、あの家のある場所へ引っ越すことを躊躇っていた節があるそうで、叔父は、もともと身体があまり丈夫な方ではなかったにせよ、引っ越すまではそれなりに元気に暮らしていたのです。

    ところが、引っ越した途端、大きな病気に立て続けに見舞われ、病気が発覚した時は、既に手遅れに近い状態だったのだとか・・・。

    人の感性というものは、極めて微妙ですから、引っ越したくないというプレッシャーが過剰なストレスを引き起こしていたのかもしれません。

    それにしても、奇妙な感覚を引き起こす場所があるものだと、感じた一日でした。

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おもてなしの真髄 [日々の雑感 15]


おもてなしの真髄


    昨日、街の中を散歩したのだが、三連休の中日だというのに、ほとんど人の姿を見かけなかった。

    自転車に乗った少年が一人、携帯電話をかけていて、家の前で作業をしている男性がいて、共同浴場の外で、洗濯をしている女性がいたぐらいだった。

    旅館やホテルもキャンセルが相次いでいるせいなのか、いつもなら玄関前に大勢出ている仲居さんや従業員男性たちの姿も皆無だ。

    どこもかしこも、戸を閉めて、家の中に引きこもってしまっているらしい。

    確かに、この時間、福島原発では、格納容器内の圧力を下げるために濾過水を通さない放射性物質入りの水蒸気を抜く作業を計画しているという報道もあったので、用心のためこの地域でも人々が屋内に避難したのかもしれない。

    (この水蒸気放出は、回避されたようだが・・・)

    また、夕方からは雨が降るという予報だったために、その懸念もあったのかもしれない。

    しかし、そんな中でも、親子の観光客が街の中を散策している姿に出会った。

    きっと、春休みを利用して、こちらへ家族旅行に来ているのだと思う。

    すれ違いざまにそんな親子連れの会話を聞いた時、わたしは、一瞬、なんだか申し訳ない気分になった。

    まだ幼い子供の一人が、こんなことを言ったのである。

    「だーれもいないんだね・・・」

    せっかく、楽しみに温泉旅行をしているのに、街にほとんど人の姿が見えないことを、子供心にも残念に思ったに違いない。

    「おもてなし」を口に出すのは簡単だが、こういう時こそ、その地域の観光業に携わる人たちの心意気が判るというものである。

    このような非常時でも、信州を旅してくれる人たちがいるのだ。

    たとえ、キャンセルが相次いでいるといっても、あえて、いつも通りの活気を街に演出することこそが、観光業に携わる者たちの究極の「おもてなし」なのではないだろうか。

    こういう時だからこそ、「おもてなし」の真髄を見せて頂きたいものである。

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