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電子書籍の時代は来るのか? [日々の雑感 14]


[本]電子書籍の時代は来るのか?



    iPad(アイパッド)が日本で発売された昨年は、電子書籍元年と銘打たれ、「黒船来航」と騒がれたが、その後は、大して話題にも上らなくなった。

    少なくとも、わたしの周りで、これを買った人は、まだいない。

    電子書籍の出版社も出来たらしいが、積極的に購入しようと思っている人に会ったこともないのだ。

    評論家の歌田明弘さん(52)は、

    「電子書籍の普及は、専用端末の普及にも左右されますが、問題は価格にあると思います。本の電子化で、紙では残りにくい本がきちんと残る環境が出来るのはいいことで、今のように書籍販売のサイクルが短い状況も改善されると思います。日本での本の電子化が進まなければ、インターネット時代に情報の質、利便性で英語圏の本に遅れをとることになるでしょう」

    と、話している。

    しかし、一般の人たちの反応は、電子書籍化に対して、あまり芳しいものではない。

    「紙の本には、電子書籍にはない紙独特の手触りというものがある。紙の本には紙の本にしか出せない安心感や満足感というものがあるのです。電子書籍の流れは進むでしょうが、やはり、活字の本は残って行くと思います」

    「本が大好きで、図書館の本がすべて電子書籍になるまで、紙の本を読もうと思っています。学校で使う教科書や資料などは電子書籍になってくれれば家庭の負担も減ると思いますが、図書館の静かな雰囲気が好きなので、本の重さや紙質を感じながら本を読み進めたいものです」

    「本が好きです。本の表紙はどれも素敵で、表紙裏の紙の色や模様も楽しみの一つです。絵本の表紙は『絵画』であり『芸術』だと思います。電子書籍になったら、絵本はどうなるのでしょうか。図鑑は?紙の本の方が重くても大きくてもいいです」

    と、こうした意見が多いようである。

    確かに、電子書籍には紙の手触りというものがない。

    インクの匂いがない。

    これは、ある意味、人間の五感を生かせないという難点ではないかと思う。

    人間は、視覚、嗅覚、触覚を生かしながら、想像力を鍛え高めるのであるから、勉強の際、ノートに書くという作業も、鉛筆を手に持ち、実際に字を書くことで頭の中に文字を刻みこむことが、記憶として蓄積されるのである。

    単に、キーボードを叩くだけでは、文字が具体的な形を持たず、実感として頭に入らないのと同じことである。

    そのため、未だ心身ともに成長過程の子供たちには、電子書籍は不向きではないかと思うのだ。

    既に、勉強もやり尽くした大人が、さらなる知識を求めて読むためならば電子書籍は威力を発揮するだろう。

    また、学校や病院などで教師や医師がいちいち重い書類やカルテを持ち運ぶ煩わしさを軽減できるし、家庭で主婦たちが料理レシピを見る時、料理本のページを固定しながら見なければならないという面倒くささが省けたりもするだろう。

    長い通勤時間の移動中など、何冊もの本を持って電車に乗るのも重いし大変だが、電子書籍ならば端末一つで事足りる。

    つまり、これからの時代は、その場の用途に応じて電子書籍と紙の本を使い分ける時代が来るということで、すべてが電子書籍にとって代わるという時代になるわけではないのではないかと考える。

    さらに、紙の本が出版されたのち、正にジェネリック医薬品のように電子書籍となったり、その逆に電子書籍として先に売り出されたものが、美しい装丁の紙の本になったりもするだろう。

    出版期限が切れた電子書籍の小説を業者に持ち込めば、世界に一冊しかないあなた好みの装丁にして紙本に作り替えてくれる本屋さんが現われるかもしれない。

    今後の出版界には、これまでになかった色々な可能性が秘められているような気がする。

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感 情 線 [日々の雑感 14]


[わーい(嬉しい顔)]感 情 線


    右利きの人は、まず、右の掌を見て下さい。右の手相には、現時点からの未来や後天性が映し出されるのだそうです。(左利きの人は逆です)

    どうも、最近は、この見方が主流になりつつあるとのことです。

    そこで、今回は感情線を見てみましょう。

    この線は太く、掌の小指側の一番端から人差し指側へかけて上へ向かうように緩やかに孤を描いて伸びています。

    この弧を描く感情線の先端が、人差し指の下付近で終わっている人は、思いやりのある性格で、結婚運も良く、マイホームパパになる人だそうです。女性は、良き奥さんといったところでしょうか。

    しかし、プライドの高いところがあり、下品な冗談などは受け付けない性質でもあります。

    感情線の先端が中指と人差し指の間あたりで終わる人は、好き嫌いがはっきりしていて、異性同性にかかわらず、好きな人にはとことん尽くしますが、嫌いな人には話もしたくないというほどの嫌悪感をあらわにするタイプだと言われます。

    感情線の先端が中指の付け根の辺まで入り込んでいる人は、あまり多くはありませんが、自己中心的な人です。相手の気持よりも、まず自分の気持ちが大事で、目的のためなら手段を選ばないというところがあります。

    感情線が長く、掌の端まで伸びている人は、独占欲が強く嫉妬深い人だと言われます。この手の人が失恋すると、ストーカーにもなり兼ねないので、あまり人を疑わない習慣を身に付けた方がよいでしょう。

    感情線が弧を描かず、真っすぐに掌の方へ伸びている人は、とにかくクール。感情におぼれるようなことはありません。恋愛も仕事も、実にドライに割り切るタイプですから、女性ならばキャリアウーマンに向いているとのことです。

    感情線がクネクネと曲がっている人は、大人しくて地味で、コミュニケーションが苦手な人だそうです。自分をうまく表現できないために、付き合いが悪いと思われることも・・・。

    感情線の人差し指側が二股に分かれている人は、恋愛についてはおくてで、かたぶつタイプ。女性を気軽に誘うようなことはしません。もしも、誘う時は、あとの責任まできっちりと考えた上で誘う献身派です。

    感情線がすべて鎖状によれている人は、惚れっぽく、異性にもてる人だということです。特にこの手相は、女性に多く、大して美人でもないのに男性にもてるという人が多いそうで、そのせいで悪い男に引っ掛かりやすいという難点もあるのだとか。

    で、わたしの感情線は、感情線の途中から下向きに何本もの細い線が出ているというものです。

    これは、失恋の数がハンパじゃない人の手相だそうですが、正直、ほとんど恋愛をしたことがないのに、失恋というのはど~~なんでしょうね?[あせあせ(飛び散る汗)]

    もしや、自分でも気が付かないところで恋をしては失恋していた?

    ほとんど、記憶喪失状態だったりして----。[がく~(落胆した顔)]

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念ずれば通ず [日々の雑感 14]


念ずれば通ず


    
    念ずれば通ず----テレパシーですよね。

    人の「思い」や「念」というものは、強く願えば相手に伝わるもののようです。

    夢の中で、度々電話がかかって来ることはありませんか?

    電話に出ても、相手は何も言わないような不思議な電話。

    これは、誰かがあなたに何かを伝えたいと思っていて、その「念」が夢の中で電話をかけて来るというシチュエーションになると言われています。

    わたしにも、こういう経験がありました。
 
    そして、後日、本当にその人がわたしに伝えたい話があったということが判りました。

    それを言えずじまいのまま、去ってしまったことが気になっていたのだそうです。

    ところが、これまた不思議なことに、わたしがその人に戻って来て欲しいと思っていたところ、その人は、一年後に再び帰って来てくれました。

    その間、その人と話をしたことは一度もないのです。もちろん、会ったことすらありませんでした。

    特別に親しいという間柄ではありません。

    でも、何となく、赤の他人という感じがしないのです。

    心の奥底でつながっている----そんな感覚なのです。

    しかも、そんな微妙な距離感がとても心地よいのです。

    思い描いただけで気持ちが通じる相手というのは、人生の中でそう巡り会えるものではありません。

    念ずれば通ず・・・・。

    そんな体験、あなたにはありませんか?

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女心は、複雑ですね。 [日々の雑感 14]


[バー]女心は、複雑ですね。



    一昨日は、通院日でした。

    あえて、何科とは言いませんが、わたしの座る椅子の隣へ、お母さんと5歳ぐらいの女の子が腰をかけました。

    女の子は、とてもテンションが高くて、実に嬉しそうに身体を動かしては、お母さんに、静かにしなさいと叱られていました。

    でも、女の子は、お母さんの忠告など何処吹く風で、「あたし、この先生大好き!とても、良い先生だよね」と、上機嫌でニコニコしています。

    患者は、どうやら、この女の子のようで、これだけはしゃいでるところを見れば、大したことではないんだろうな・・・と、考えました。

    やがて、その女の子の診察の順番が来ました。

    「〇〇さん~~」

    と、看護師さんが、女の子の名前を呼んだ瞬間です。

    何がどうなったのか、それまでニコニコしていた女の子が、突然、大きな声で、

    「うえ~~~~ん!!」

    と、泣き出したのです。お母さんは、いつものこととばかりに、平然と娘の手を引いて診察室へ入ります。

    すると、診察室の中から、何ともすさまじい声が聞こえて来ました。

    「バカ~~~!!先生のバカ~~~!!ウギャァ~~~~!!」

    「何するんだ~~~!!バカ~~~!!」

    女の子の絶叫です。

    先ほどまで、あんなに良い先生だと褒めちぎっていたはずなのに、今では、バカ先生の連続です。

    待合室にいるわたしは、おかしくて、おかしくて、思わず口を手で押さえて笑ってしまいました。

    ようやく、治療が終わり、診察室から女の子がお母さんに手を引かれて出て来ました。

    もう、泣きやんではいましたが、顔は真っ赤です。

    「頑張ったね。偉いね」

    看護師さんに褒められても、女の子はふてくされたままでしたが、お母さんがお礼を言って二人で二、三歩歩き出した時、女の子が口を開きました。

    「やっぱり、あの先生、良い先生だね」

    「本当ね・・・」

    お母さんは、さりげなく返事をしていましたが、わたしは、もう我慢が出来ず、噴き出してしまいました。

    女心は複雑です。

    嫌いも好きも、紙一重ですからね。

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カンニング事件に思う [日々の雑感 14]


[本]カンニング事件に思う



    大学入試カンニング事件を引き起こした予備校生、「どうしても合格したかった」と、言っているそうだけれど、もともと、かなり頭の良い優秀な生徒だったそうですね。

    本人は、単独で実行したと言っていますが、果たしてどうなんでしょうか?

    カンニングはしたものの、早稲田大と同志社大は、合格していたとのこと・・・。

    センター試験があまり出来が良くなかったので、焦ったという話ですよね。

    一応、合格者として扱ったのちに、処分を考えるとの大学側の意向らしいけれど、何だか虚しい感じがします。

    どうして、もうワンランク偏差値が下の大学を受験しようと思わなかったのでしょうか。

    大学のブランドだけに固執した結果が、偽計業務妨害の罪で逮捕です。

    いったい、何を勉強しに大学へ入りたかったのでしょうね。

    将来は弁護士になりたかったようですけれど・・・。

    それにしても、今の子供たちは、生まれた時から携帯電話が身近にあって、これが時計であり、カメラであり、辞書であり、スケジュール帳であり、コミュニケーション・ツールでありと、もはや、身体の一部と化しているようですね。

    判らないことは、携帯電話で調べればいいと、いうのが常識だから、コピペなどは当たり前、知らないことは「ヤフー知恵袋」へ訊けば解決してくれるということまで、彼らにとってはごく普通の日常的手段だったのでしょうね。

    そして、ついに受験問題も判らなければ「ヤフー知恵袋」へ訊いてしまえばいいのだと、考えが飛躍してしまったのかもしれません。

    案外、これがカンニングだという認識さえなかったのかも・・・・。

    周りが騒ぎ出したことで、初めて「エライことをしてしまった」と、気が付いたのかもしれません。

    世の中が便利になればなるほど、人間のモラルが壊れて行きます。これまで、やってはいけなかったことが、やって良いことになるのです。

    わたしが学生だった頃は、好き嫌いのある子供は、いけない子供でした。

    たとえ、どんな理由があっても、給食は残さず食べなければ叱られました。

    でも、今は、子供の食物アレルギー体質が公認され、シックハウス症候群が認められ、親の要望があれば授業中にガムをかむことも教師は注意出来ないそうですよね。

    試験会場に携帯を持ち込むことが禁止できないとしたら、携帯を駆使しても解けないほどの超難問を試験官は考えて出題するしかありません。

    つまり、会場へ入ったのちは、一時間や二時間では答えが出せない個別論文形式のような試験を行なうか、携帯電話が一切使用できない口頭試問形式にするという方法しかないのではないかと思います。

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年配男性が生きる意味 [日々の雑感 14]


年配男性が生きる意味



    テレビバラエティー番組を観ていたら、実に含蓄ある話題を取り上げていた。

    「男性の年寄りが生きる意味は何なのか?」

    まあ、かいつまんで言えば、そんなことである。

    これに対して、一人の回答者は、「50歳以上の男には、生きている意味がないのだ」と、発言していた。

    相談者の男性タレントは、これに対してどうしても納得がいかないようで、「自分は、一人になっても孤高に生きたい」と、言う。

    すると、別の回答者が、「男性の年寄りが生きる意味は、若い連中に人間の矜持(きょうじ)を教えるためだ」と、話した。

    これには、相談者も納得がいったようで、「そういうことなら生きる意味はある」と、喜んだが、もう一人の別の回答者は、

    「その矜持というのは、人は如何にして美しく消えるか----と、言うことを教えるためのもので、世の中に老醜をさらすためのものではない」

    と、説いた。

    しかし、孤高という言葉を自分勝手に解釈して、いつまで経っても引退しない政治家もいる。こういう人間たちが多くなっているので、若い人たちの中の年寄りへの尊敬が薄れるのだと、その回答者は言うのである。

    つまり、孤高とは、如何に格好良く世の中におさらばするかということに尽きるので、今の60歳以上の人たちは、孤高ではなく単に孤独なだけだというのだ。

    孤独ゆえに、誇りも羞恥心もなく、守る物もないため、ある意味生きる理由をなくして、万引きなどにも走るのだという。

    ここまで一生懸命生きて来たのだから、もう、好きなようにさせて欲しい----と、開き直るのかもしれない。

    だから、むしろ、格好良く第一線から引退する年配男性たちが増えれば、若者たちの年配者に対する尊敬の念も大きくなるのかもしれないと、回答者たちは言っていた。

    でも、それが、一番難しいことなんだけれどね。









    

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大学入試カンニング事件 [日々の雑感 14]


[本]大学入試カンニング事件



    さすがは、ネット時代。

    わたしたち世代には、思いもつかないカンニング事件が起きた。(あえて、事件と呼ばせてもらう)

    京都大学、早稲田大学、同志社大学、立教大学の入試で、試験中にインターネットの「ヤフー知恵袋」を使うという大胆カンニングが行なわれたのだ。

    しかも、このカンニングをした人物は、この入試本番に向けて去年、河合塾の模試の最中にも、同様の手口で外部の第三者に試験問題を解かせ、カンニングの予行演習までしていたのだという。

    つまり、「ヤフー知恵袋」に投稿された質問に回答を寄せた何も知らない第三者たちは、身に覚えのないところで、間接的にカンニングの手伝いをさせられていたのである。

    この詳しい手口については、インターネット音痴のわたしなどには、もう一つ理解できないのだが、どうやら、犯行には二人の高校生(一人は東北地方在住か?)がかかわっていたのではないかということが、警察の捜査によって明らかとなりつつあるようだ。

    これまでにおおよそ判ったことは、試験会場に実際入っているAという高校生が、服の袖などにカメラ付き携帯電話をしのばせて、答えを考えるふりをしながら問題用紙に書かれてある設問を撮影し、会場の外にいる共犯のBという人物(もう一人の高校生か?)へ送信する。

    画像撮影時の音は、消すことが可能だという。

    Bは、その映像を投稿メールに直し、NTTドコモ携帯から「問題の解答をお願いします」と、aicezukiの匿名でヤフー知恵袋へ投稿する。

    ヤフー知恵袋を見た第三者たちが、この問題の答えをサイトへ書き込むと、これをBが見て、Aが装着しているコードレス・イヤホンに「答えは、〇〇だよ」と、伝える。

    このようなやり方で、Aは、カンニングをし続けていたのではないかと推測されるようだ。

    そして、このヤフー知恵袋に投稿された回答と良く似た答えを書き込んでいた受験生が、特定できたそうである。

    また、警察は、ヤフー知恵袋投稿者のIPアドレスや通信履歴を調べることで、共犯者についても捜査を進めているとのことである。

    この事件により、他の大学入試関係者も試験中の監督官の人数を増やしたり、受験生に携帯電話のストラップを外させるなどの措置を取り始めた。

    しかし、携帯電話そのものの持ち込みは、制限できないそうである。

    理由は、試験と試験の間の休み時間に、家族に連絡したい受験生もいるとのことで、無下に携帯を取り上げることも出来ないというのである。

    何とも、今の受験生は恵まれていると言える。

    66年前には、東京大空襲の直後に一人で上京し、がれきがくすぶり続ける中、試験を受けた高校生たちがいたというのに・・・である。

    時代が変われば、何もかも変わるものだ。

    だが、ここまで事態がこれまでの性善説に基づいた常識を覆して進んでしまうとなると、来年からは携帯電話やその他の通信機器の持ち込みを全面禁止するしかなく、そのためには、金属探知機の導入や警察官の監視等も検討する必要があるのかもしれない。

    捜査進捗状況が正しいとして、たった二人の高校生の暴走が、とてつもない迷惑を大学側や受験生たちに被らせる破目になったわけである。

    それにしてもだ。

    この受験生が、本当にこれだけの名門大学に本気で受かりたいと思っているのだとしたら、それだけの勉強はして来たはずである。カンニングなどしなくても、合格するだけの学力はあったのではないかと思うのだ。

    また、万が一、まったく受験勉強などしていなくて、カンニングの手口ばかり考えていたのだとしたら、本当に合格してしまったあと、どうやって大学の勉強について行こうと思っていたのだろうか?

    入ってしまえば何とかなる----そう考えていたのだとしたら、彼らは甘すぎる。

    これだけの偏差値の高い大学へ入学するには、やはり、普段の勉強がそれなりに出来ないと、とても授業など理解するのは無理だと思われる。

    考えてみれば、やることなすことが尽く中途半端なやり口であるとしか言いようがない。

    大学は、世の中に五万とあるのだ。

    受験生たちには、自分の真の実力に合った大学へ入り、思い切りキャンパスライフをエンジョイして欲しいものである。

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表情と感情 [日々の雑感 14]


表情と感情



    わたしは、大竹しのぶという女優があまり好きではない。(ファンの方たち、すみません)

    別に、彼女の私生活がどうとか、性格が云々ということではなく、彼女の演技が苦手なのだ。

    彼女を名女優という人は多いが、わたしには、どうしてもそうは思えないし、テレビなどで彼女の演技を観ていると、気持ちが逆なでされるような違和感を覚えるのである。

    それは、さしずめ、ハ長調の最後の一音がファ終わる曲を聴いているような気持ちの悪さとも表現できるし、黒板を爪でひっかくような、いたたまらなさとも言える。

    生理的に、どうしても受け付けたくないのだ。

    そのわけは、彼女の表情にある。

    彼女の顔は、笑っているのかと思えば、実は内心激怒しているというように、観ている側に不協和音を聴かせるようなところがあるのだ。

    ストーリー展開と、表情が合致しない女優。それが、彼女なのである。

    しかし、視聴者は、それを「名演技」だと称賛する。

    わたしには、「迷演技」の間違いではないかと思えるのである。

    笑いながら、怒るという表情しか出来ない人は、他にもいる。

    歌手の五木ひろしがそうだ。

    とはいえ、人の顔や表情は、つまり、それだけ曖昧なものだともいえるのだ。

    表情から相手の本心を探りだそうとしても、その感情までも判別できるのは、せいぜい二種類までなのだそうだ。

    喜びと怒りの表情ぐらいは何となく判別できても、怒りと悲しみ、怒りと嫌悪などの表情を見分けるのはとても難しい。

    それでも、笑いと怒りの区別ぐらいは付けて演技をして頂かないと、観ている方は混乱するばかりだ。

    おそらくは、彼女の表情筋が他の人とは違う動き方をするために、あのような紛らわしい表情になってしまうのだと思うが、とにかく頂けない演技である。

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案の定・・・ [日々の雑感 14]


案の定・・・



    案の定・・・というか、やはり、従姉は叔母の足代わりに使われ始めた。

    叔母は、別の家へ嫁いだ身なのだから、実際は、実家の娘である従姉を頼る間柄ではない。

    本来ならば、嫁ぎ先の家の人たちに世話になるべき人間なのだ。

    それなのに、嫁に行って既に半世紀近くにもなろうというのに、結局、ず~~~っと、実家から離れられなかったのだ。

    何かといえば、実家を頼り、亡くなった叔父も、いい加減にしろと、叱るほどだった。

    しかし、子供のいない叔母に、叔父の思いはついに届かなかったようである。

    従姉を自分の実の娘のように思い、行く先々で従姉のことを自分の娘だと紹介していたようで、一人になった叔母は、従姉の両親のことなど関係なく、連日、従姉に車に乗せてもらい、買い物病院、役所での手続きをしているらしい。

    とはいえ、これでは両親が面白くない。

    今までのように、娘を自分たちの専属として扱えなくなってしまった訳だ。

    何とか、叔母の方へやりたくないと、娘を説得するが、叔母は、そんな従姉の両親に知られないように彼女の携帯電話に連絡をよこし、何か理由を見付けて家を出てこいと、呼びだすのである。

    両親は両親で、そうはいっても、あまりきつく娘を押し留めて、叔母が彼らとの同居を持ち出しでもしたら、その方が困るので、絶対に手伝いに行くなとも言えない。

    実は、周囲の者たちは、いつかはこういう状況になるだろうことは、従姉がまだ幼い頃から薄々懸念してはいた。

    たぶん、彼女は、将来三人の親の面倒を見るようになるだろうと、予言していた親類もいたくらいである。

    そして、おそらくは従姉は生まれた時から、結婚させないという家族の思いがあったようにも感じるのだ。

    何のために?

  もちろん、自分たちの老後の面倒をみさせるためにである。

    そのためには、独身であってもらう必要があったのだ。だから、彼女に好きな人が出来ても、尽く反対し縁談をつぶして来た。

    いや、それよりも前から、親元から一時でも放してはおけないと、大学も家から通えるところを選ばせる念の入れようだった。

    そして、従姉自身も、それで良いと思っていたようである。

    要するに、親族すべてが共依存の関係にあると言っても過言ではない。

    両親たちは、従姉が大人の女性になることを最も嫌悪し、おしゃれや化粧さえさせなかった。

    わたしには、何とも理解しがたい家族であるが、それでも本人たちはそれが一番居心地いいのだと思う。

    これから、従姉は、三人の親の間を上手に行き来しながら世話をして行くことになるのだろう。

    両親に言えない叔母の本音、叔母に言えない両親の本音を、両天秤にかけながら----。

    
    



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雨だれの音 [日々の雑感 14]


雨だれの音


    今日は、信州も雨です。

    早春の雨というのは、何だか気が滅入りますね。

    ところで、深夜午前一時過ぎ頃、布団に入っていると、ちょうど枕元の方で、大きな雨だれの音がし始めました。

    トン、トン、トン、トン・・・・

    パチャ、パチャ、パチャ・・・・

    隣の家と我が家の間の境に落ちる雨だれの音です。

    また、あの箱の上に雨が落ちているんだな-----と、すぐに判りました。

    このままでは、うるさくてとても眠れないので、決心し布団を出ると、その箱を片付けるために懐中電灯を持って、雨の中表へ行きました。

    思った通り、やはり、いつもそこに置かれている発泡スチロールの箱の上に雨だれが落ち、まるで太鼓でも叩くような大きな雨音を立てているのです。

    以前から、そこには箱を置かないで欲しいと頼んでいるのですが、どうも、そこに置くのが一番都合が良いようで、必ず同じ所へ置かれてしまいます。

    そこで、我が家では、雨だれがうるさい時は、箱を片付けさせてもらいますからと、お隣に了解をとってあるのです。

    で、頭から雨をかぶりながらの深夜の撤去作業となったわけで、その後、濡れた髪を洗ったりと、夜中にもかかわらず、大騒動でした。

    夕方からの雨ならば事前に箱をどけることも出来ますが、深夜からの雨は本当に困ります。

    お隣には、箱の置き場所を別のところへ替えて欲しいものです。



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