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すさまじい雨漏り [日々の雑感 12]


すさまじい雨漏り(T_T)


    我が家のベランダは、とにかく広い。

    なんで、こんなに広く造ってしまったのかと思うくらいに広いのだ。

    しかも、そのベランダのコンクリートの床が、工事の手抜きでひびが入り、そこから雨水が浸透し、屋根を伝わって一階の天井付近へしみだしてくる。

    だが、夏場の雨は、まだいいのだ。天気がよくなればベランダも乾き、雨水の浸透はなくなる。

    ところが、一年中で最も悲惨な時期が、ちょうどこれからで、ベランダに積りに積もった雪が氷となり、やがて、春先の太陽光で徐々に融け始めると、ほとんど毎日のように、大量の雨漏りが発生するのである。

    一階の台所付近などは、傘をささないと歩けないくらいの降り方である。

    バケツや洗面器が床一面に並べられ、ボタボタと大きな音を立てて落ちる雪解け水で、あっという間に満杯になる。

    ナント、家を建てたばかりの年から、この作業を繰り返しているのだから、欠陥住宅もいいところだ。

    何度も左官さんや建設業者に頼んでベランダの床を補強工事してもらっても、一年もつかどうかで、また元の木阿弥となってしまう。

    本当に、ベランダなど大きくするものではない。

    白いテーブルや椅子を置いて、本を読みながら優雅にくつろぐなどというシーンは、雨の少ない南国なればこそ可能な話なのだ。

    雪深い山国信州に、合う訳がない。

    信州の風土には、小さな物干し場があれば、それでいい。

    

    
    


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ついにブチ切れた! [日々の雑感 12]


ついにブチ切れた![パンチ]



    昨日、ついに、堪忍袋の緒が切れた!

    共同浴場の脱衣所で、いつまでもぐずぐずと服を着ている中学生の女の子に、「あなたがその場所を占拠しているせいで、こちらは、脱衣棚のそばで身体が拭けず、衣類を取るために行ったり来たりしていることが判るでしょ!?服を着終わったなら、さっさとそこからどきなさい!!」と、一喝した。

    まったく、これまでも何度も優しく注意して来たが、少しも気を付ける気配がないので、怒鳴りつけるしかなかったのだ。

    一緒に脱衣所にいた70代の女性は、「ごめんなさいね。あたしが早く服を脱がないから、迷惑かけちゃって」と、わたしに謝っていたが、本来ならば、あなたたちの年代が叱るべき立場にあるんだぞ----と、思う。

    文句は言うくせに、弱腰で、子供一人叱ることが出来ないとは、情けないにもほどがある。

    後期高齢者などと言われるのが嫌ならば、少しは、しゃきっとした気概を見せて欲しいものだ。[ちっ(怒った顔)]

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病気は、心が作る? [日々の雑感 12]


病気は、心が作る?



    「病気は、心が作る」などという人がいるそうだが、ナンセンスも甚だしい。

    わたしは、セラピーというものには疎いが、

    「病気は心の中から出て来る」という考え方などに、とても賛成できるものではない。

    時々、「その人の性格が病気を作る」とか「性格の歪みが病気を引き寄せる」などということを言う人もいるが、こういう言い方は、現在、病気で苦しんでいる人に対して失礼な言い方ではないかと思うのだ。

    病気は、決してその人の気持ちが生み出すものなどではない。

    遺伝や内分泌系、生活習慣、ストレスといった様々な要因からもたらされる不可抗力なのである。

    確かに、「病は気から」という言葉はあるが、それは、自分は病気ではないか・・・?と、常に心配し続けている人は、ストレスが高じて本当の病気になる----と、いう意味であり、怒りっぽい性格だから病気になるわけではない。

    生活環境の変化による精神的ストレスやホルモンバランスの異常が、その人の性格を怒りっぽくしているにすぎないのである。

    最近のスピリチュアルブームでは、心が身体を支配しているような言い方をする場合が多々あるが、その心をつかさどるものは脳であり、脳は間違いなく物理的生命体のコントローラーなのである。

    脳が存在しない人間に、心はあるのか?----おそらくは、ないであろう。

    では、脳の存在しない人間は、病気にならないのか?心がないのだから、悩みもない。セラピーの理論からすると、そういう人間は、病気にならないという理屈になるはずなのだ。

    つまり、心をどれほど平穏にコントロール出来たとしても、病気にはなる。

    人間が空気や水や食物を必要とし、暑さ寒さ、雨風などの天候の影響を受け、時間という概念を捨てられない限り、誰もが病気になることは、避けられない事実なのである。

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人前で意味なくため息をつくな! [日々の雑感 12]


人前で意味なく溜息をつくな!



    女性が一人窓辺のテーブルに頬杖をついて、小さなため息を漏らす・・・・なんてシーンを見ると、つい、「どうしたの?」なんて声をかけたくなってしまう男性もいることでしょう。

    女性のため息には、何処かか弱さやはかなささえ漂う場合があるのです。

    ところが、これで味を占めた訳でもないでしょうが、やたらに人前でため息をつきまくる女性がいるのです。

    女友だちとお茶をしに喫茶店へ入って、紅茶を飲みながら、ため息・・・・。

    それも、如何にも哀愁めかした可愛子ぶりっこの声をあげて、「フン・・・」という具合に----。

    一瞬、何処かで犬のチンでも鳴いたのかと思うような声なのです。

    これをやられると、相手の友人の方は、間違いなく「退屈しているのかな?」と、気にかけてしまうもので、何とも人迷惑な仕草としか言えません。

    ところが、ため息の本人は、退屈しているどころか、その場の雰囲気に合わせてわざと可愛いふりをして見せているだけで、ほとんど大した意図はないようなのです。

    おそらく、彼女が子供の頃に、小さな声でため息をついて見せた時、両親に「可愛いなァ・・・」などと言って褒められたことがあったのでしょう。

    そこで、彼女はとんでもない勘違いをしてしまった訳です。

    「わたしは、ため息をつくと可愛いと思ってもらえる」

    と-----。

    確かに、幼い子供が大人ぶったため息なんかついていると、おしゃまさんに見られて、可愛いと思われたかもしれません。

    しかし、もはや四十路も過ぎたいい大人が人前でため息などつくことは、マナーの面からしても論外です。

    おばさんの溜息なんて、少しも美しくありません。

    どうしてもつきたいというのなら、誰も見ていない場所でついて欲しいものです。

    皆さんの周りにも、そんなため息女はいませんか?

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ブログを続けることは至難の業だ [日々の雑感 12]


ブログを続けることは至難の業だ



    わたしがブログを始めた頃に、例の地域ブログサイトで記事を書いていたブロガーが、あれから約二年が経過して何人もいなくなった。

    あの頃のブロガーたちの記事は正直、面白かった。

    私生活や仕事の悩み、対人関係の愚痴などがありのままに書かれていて、実に読み応えがあったものだ。

    しかし、そういう記事を書くことは大きなリスクも伴う。

    ブロガー同士の間で摩擦が起きたり、また、ブログサイト以外のところで批判にさらされたという人もいるだろう。

    ブログを媒体として仲間になってはみたものの、結局、友人として長続き出来なかったりすると、同じサイトでブログを書いていることも苦痛になって来るものだ。

    もちろん、仕事や私生活の変化が原因でブログを閉じざるを得なくなったブロガーも多いはずだ。

    それにしても、次第にサイトに書かれるブログ記事の内容が変化してきていることは、間違いがない。

    本音を書く人が減り、建前ばかりの記事が多投稿されるようになりつつあるのは、おそらく、この二年でブログという媒体の性格が大幅に変わって来たからなのではなかろうか。

    少なくとも二年前までの地域ブログサイトには、かなり文章力の高い人が多く、読ませ方もうまかった。

    そのため、記事を話題にしたコミュニケーションも図りやすく、それによる弊害も多々あったことは否めないが、それでも議論を煮詰めて語り合うことが出来た。

    しかし、最近は、どちらかというと、あたらず障らずのお行儀のよいブログが主流で、また、そうしたブログの方がアクセス数も多いために、本音辛口ブログを書いていたブロガーたちの活躍できる領域が狭められてきたということなのかもしれない。

    また、世は、おしなべて視覚主義に走る傾向があり、文章をじっくりと読み内容を咀嚼することを是とする読者が減少しつつあるということも事実なのだ。

    まあ、わたしのブログもそうした類の一つで、あるブロガーからは読んでいると「疲れる」と、言われたこともあるのだが、この程度の文章を読んで疲れるという神経も、如何なものかと考える。

    そんな訳で、書きたいブログを書き続けるということは実に至難の業なのである。

    しかし、それが書けないものをブログと呼ぶのも、何処かおこがましいように思うのだが・・・・。

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女性の理想と願望 [日々の雑感 12]


女性の理想と願望



    今日の「りふれ」(北信ローカル社)に、面白い特集記事が組まれていました。

    「デートで胸キュン・男性のうれしい気配り」というアンケート調査記事です。

    デートの際に、男性に何をしてもらうと嬉しいか?----と、いうことを、20代から40代の女性にアンケート調査をした結果が出ているのです。

    これを読んでいて判ることは、40代の女性たちは、男性との会話に重点を置く傾向があるということで、デートの場所やシチュエーションよりも、気持ちを大切に考えて欲しいと思っているようです。

    42歳「沈黙が苦手なので、うるさくない程度に話をふってもらえるとうれしいかも・・・」

    41歳「うっかり愚痴を言ってしまった時、何か言ってくれなくても聞いてくれるだけで嬉しい時がある」

    41歳「服や物に目を留めた時、一緒に楽しんで欲しい」

    41歳「一緒に歩きながらおしゃべりしたい」

    これが、30代になると、今度はがぜん、ご飯関係や場所に焦点が絞られて来きます。

    32歳「夜景、花火、イルミネーションがきれいな場所へ連れて行って欲しい」

    32歳「お花見、ホタル観賞、紅葉狩り、景色や景観の良いところへ行きたい」

    31歳「美味しいご飯を食べに行きつつレジャー」

    30歳「映画を観てから食事」

    30歳「食事の早さや歩く速さを合わせて欲しい」

    32歳「食事はおいしくて素敵なお店で・・・」

    33歳「情報誌などに載っている、おしゃれなお店で食事がしたい。調べてくれたんだな~って誠意も感じます。薄暗いお店は下心が見えてイヤ」

    そして、20代では、さりげない気遣いがポイントとなるようです。

    25歳「(車や自転車が走って来た時)さりげなくガードしてくれたり、寒いと言ったら、何も言わずに暖房をあげてくれた」

    24歳「〇〇(食べ物)苦手だったよね。無理して食べなくてもいいよ----などと言ってくれると嬉しい」

    22歳「海とかで、ちょっと寒かった時、上着をかけてくれた」

    26歳「さりげなく車道側を歩いてくれたり、荷物を持ってくれると、キュンとしちゃう」


    こういう視点で見てみると、年代によって男性の態度に対する願望が微妙に違うことが判って興味深いですよね。

    因みに、42歳の女性は、化粧室へ行っている間に会計を済ませていてくれると、キュンとしてしまうとか・・・。

    さすがは、人生を達観し始めた年代だけに、考え方も現実的です。

    それにしても、これだけの妄想----いや、願望を持たれる男性たちは大変です。(笑)

    女性たちの理想の男性像に近付くには、並大抵の精進では務まりませんね。

    でも、女性とは、いくつになっても、必ずや白馬の王子様が現われることを信じているものなんですね。

    だからこそ、こういう願望を懐く女性たちにもお願いしたいものです。

    それだけの高い理想を男性たちに求めるのなら、あなた方もそういう男性に見合うだけの素敵な女性になるための勉強をして下さいと----。

    男性は、自分にはもったいない、付き合ってくれてありがたいと思う女性にならば、自然と心配りが出来るものなのですよ。

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気配りのない人 [日々の雑感 12]


[ちっ(怒った顔)]気配りのない人



    昔、小原流の華道を習っていた時、先生に「気配りをしなさい」と、良く言われた。

    先生が長い枝にはさみを入れるとする。そのままパチンとやると、途中から枝が落ちて片付けるのが大変になるから、落ちる方の枝に弟子は即座に手を添え、切り落とされた部分を広げた新聞紙の上へ置くのである。

    しかし、このタイミングが意外に難しい。

    つまり、先生が切ろうとする枝を予め予想して、そこへ手を添えておかねばならないからだ。

    これぞ、あうんの呼吸。

    次に、先生がどの枝を切るかを予想するというのは、弟子もそれなりに高い華道の技術を持っていなければならず、一朝一夕に出来る芸当ではないのだ。

    気配りとは、そうした相手の気持ちを瞬時に読みとるという、高度なテクニックなのである。

    そして、かつての日本人は、そのような高度な技を誰もが見事に習得していて、自然体で出来ていた。

    しかし、現代人は、自分のことばかりを優先するのが普通になっているせいか、気配りをおろそかにする人たちがとても多い。

    いや、下手な気配りをして、「あんたがあんなことをしたおかげで、こんなことになった」などと言われてはかなわないと、見て見ぬふり、知って知らぬふりをすることが当たり前になっていると言っても過言ではないのだ。

    共同浴場でも、湯あがりに脱衣所の脱衣棚の前でいつまでもおしゃべりをしていて、あとから上がって来た人が濡れた身体を拭くためのバスタオルを取ることが出来ずに寒がっているにもかかわらず、知らん顔という人がいる。

    ところが、そういう人に、

    「支度が出来ているなら、そこどいてくれない?寒いから、早く身体を拭きたいのよ」

    と、注意されれば、おしゃべりをしている人は、悪いことをしたと思いながらも、うるさい人ねと、きっと気分を害するはずだ。

    ならば、人に言われる前に自分から気配りをしてその場を空ければいいのだが、そうした自分のうかつは棚にあげて、注意をした人を恨むような世の中である。

    気配りが出来ないのなら、人からの叱責はあまんじて受けるべきで、それが嫌なら、些細なことにでも気を配るべきであると、わたしなどは思ってしまう。

    しかし、最近は、判っていながらわざと図々しくふるまう不届き者もいて、一筋縄では行かない人間が増えているのだから悩ましいことだ。

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強調語には、裏がある [日々の雑感 12]


[ふらふら]強調語には、裏がある



    自分にとって不利なことを強調する心理は、その不利なことから逃れたいという願望がある証拠なのだとか・・・。

    たとえば、女性の会話で、

    「あたし最近、太ってきちゃって、ホント困るのよね。洋服のサイズもとうとうMからLになっちゃったのよ。もう、お腹の周りなんか大変なことになっているんだから----」

    というものがあったとすると、この女性は、自分が太っていることを相手に指摘されたくないために、わざと強調することで、その話題を避けようとしているのだそうである。

    確かに、これを言われてしまうと、聞いた方も、

    「ほんとね。かなり太ったわね」

    などとは相づちを打てないものである。その逆に、

    「あら、そう?そんなことないでしょ」

    と、女性を擁護するのが普通だ。

    つまり、強調語とは、その語によって表現される意味とは別に、心理的に相手との位置関係を動かしたいと思う時に多用する場合があるのだ。

    これと似たことなのだが、もしも女性が男性に向かって「あなたなんか大嫌い!」と、言ったとすると、これは「あなたのことが大好きよ!」と、いう強い肯定の意味が含まれていることになるのだそうだ。

    要するに、人は、自分の中で認めていることと反対のことを、あえて強調語を使うことで相手に訴えかけようとするのである。

    しかし、もしも女性が「大嫌い」ではなく「気持ち悪い」とか「気味が悪い」などという表現を使った場合は、これは本心から拒否反応を示していることになるので、間違えないようにしなくてはならない。

    そういうことになると、こういう場合はどのように解釈するべきだろうか?

    「きみって、ホント、目が綺麗だよな。まつ毛も長いし、人形みたいだ----」

    あなたに会うたびに、同じ褒め言葉を繰り返す人がいたとしたら、その人は、あなたのことをどう思っているのだろうか?

    このように、一つの長所ばかりを強調する場合は、あなたには他に長所がないことを暗にほのめかしていることになるのだそうだ。

    「きみは目は綺麗だけれど、他に何の取り柄もない女性だよな。性格は暗いし、頭も切れる方じゃない。だから、他に褒めるところが見付からないんだよ」

    そういう意味だと考えられるということなのである。

    もしも、あなたの会話相手が話の最中に何度も同じ言葉を使ったり、語調を強くする言葉があったら、そんな裏の意味があるかもしれないので、気を付けてみた方が良いだろう。

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バイオ・フィードバック [日々の雑感 12]


バイオ・フィードバック



    人間の脈拍、血圧、心筋から出る心電流、筋肉から出る筋電流、皮膚の発汗による皮膚電気抵抗変化、脳電流変化などは、皆、自律神経の作用によって大きく作用していると、言われています。

    これらの電気的信号の変化を、電気装置を使って、音や光の強弱、あるいはメーターの振れに表わし、耳に聞こえたり目に見えるようにして、自律神経変化の状態を、意識でコントロールしようというのがバイオフィードバック(生体体に後方から供給する----という合成語)なのだとか・・・。

    これは、アメリカの心理学者J ・カミヤ(日系2世)が言いだしたことで、アメリカでは既に多くの病院で治療法の一つとして試みられているそうなのだ。

    現代性のストレスが原因で起こる狭心症やぜんそく、心身症、心因性の頭痛などでも、効果をあげているらしい。

    しかも、このバイオ・フィードバック療法を使い、画期的な成果を上げているテキサス州フォートワ-スのがん相談研究センターでは、緊張の緩和や心象の技法を放射線治療などと合わせて用いることで、患者の病気に対するイメージをより具体的にし、患者自らがその病巣を打ち負かすという意識を持たせているのだそうである。

    まずは、患者は、心身の緊張を緩めることを教えられ、その後、自分の腫瘍を絵画のようにイメージするように言われる。

    たとえば、生のハンバーグや、肉の塊のようにである。時には、それを絵に描かせたりもするという。

    次に、防御の働きをする白血球を別のイメージに置き換える。たとえば、お腹をすかせた白い魚とでもいう具合にだ。

    そして、その白い魚が、肉の塊を食べて行くというイメージを患者に想像させるのだという。

    また、放射線療法も、同じようにイメージさせ、放射線を壁を崩す砲弾のように想像させるのだそうである。

    心身をリラックスさせることで、アルファ脳波が作られストレス緩和になり、さらに絵画のイメージで右脳の活性化が図られるために、より病気に対する抵抗感も薄れるのだそうである。

    「病は気から」と、言われるが、結局、「病を治すのも気」なのかもしれない。

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退院時の粗品 [日々の雑感 12]


[プレゼント]退院時の粗品 

   


    わたしが入院していた当時、入っていた病室には、ちょっと妙な習慣がありました。

    それは、退院して行く時に、同じ病室の患者さん全員に粗品を差し上げねばならないというものだったのです。

    わたしも、退院して行く患者さんたちから、靴下やタオル、ケーキ、ティッシュなど色々頂きました。

    そして、次は、わたしが退院する番となった時、わたしよりも長く入院している患者さんが、

    「ねえ、もう、こういう習慣やめない?わたし、人からもらうばかりで、心苦しくて」

    と、言うので、ラッキーなことに、わたしからその粗品はなしになりました。

    でも、他の病院はどうなのでしょう?こういう、「お世話になりましたプレゼント」の習慣て、あるのでしょうか?(-_-;)

    それとも、わたしが入院した病室が特別だったのでしょうか?

    あれから既に三年が経ちますが、未だに不思議な習慣だったなァ・・・と、思うのです。[病院]

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