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犬の記憶力 [日々の雑感 11]


犬の記憶力



    犬の記憶力って、バカに出来ないなァ・・・と、思うことがありました。

    先日、ご近所のシバ犬の雑種のジョン(オス)が、何とも切なげな鳴き方をしていたのです。

    何かを怖がるような、訴えるような、ウォ~~~ン、ウォ~~~ンというおかしな吠え声を長々と出していたので、

    「もう、年寄りだから、心細くなっているのかな?」

    なんて、勝手に思っていたのですが、その後、鳴き声の訳を飼い主の人に聞いてびっくりしました。

    実は、ジョンは、生まれて二ヶ月ぐらいの時にもらわれて来たのですが、その前は、別の飼い主の家にいたのだそうです。

    その時、そこの飼い主の人に、思い切りコウモリ傘で、頭をたたかれたことがあったのだとか・・・。

    まだ、赤ん坊だったジョンの記憶には、その時の恐怖感がしっかりと刻まれてしまった訳で・・・。

    それが、あの奇妙な鳴き声を出していた日、昔の飼い主の男性が、珍しく近くの共同浴場へ入浴に来ていたのだそうです。

    ジョンは、その男性が、共同浴場へ入り、出て来るまでの間、仔犬の時の恐怖感をよみがえらせ、鳴き続けていたのでした。

    「あいつが来た。また殴られるかもしれない・・・。怖いよ・・・」

    そんな気持ちだったのでしょう。

    もう、十年以上も前の出来事にもかかわらず、しっかりと覚えていたのです。

    犬の記憶力は、すごいものがあると驚きました。

    そういえば、盲導犬も利用者の家に飼われている時は、「ここは、仕事場」という意識で働いているのだとか・・・。

    老体になり、また仔犬の時に預けられていたパピーウォーカーの家へ戻ってきた時の喜びようは、ひとしおだと聞いたことがありますし、当時使っていたおもちゃのある場所をしっかりと覚えていて、その戸棚からおもちゃを取り出すと、赤ん坊に返ったかのようにはしゃぎまわるそうです。

    そう考えると、犬も犬の人生----犬生をしっかりと背負いながら生きているんだなァ・・・と、感慨深いものがありました。

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寒すぎて、頭が回らない [日々の雑感 11]


寒すぎて、頭が回らない


    ここのところ、北信濃は寒すぎて、部屋の中でさえ物すごく厚着をしている。

    使い捨てカイロが手放せないという人もいる。

    わたしは、最近までとんでもなく血圧が高かったので、寒さという物に鈍感だった節があるのだが、このままでは、心臓肥大が起きてエライことになるという医師の判断で、検査をしたところ、またまた、新たな病気が見付かってしまった。

    そこで、血圧をさげるべく、降圧剤を飲みだしたのだが、そのおかげで、少しばかり血圧が下がった。

    すると、やけに気温が寒く感じる。

    たぶん、これが正常な感覚なのだと思うが、それにしても、寒い!

    今年の寒さは、やはり、ちょっと違うような気がする。雪は、例年よりも少ないが、毎日マイナス9度、10度は当たり前だ。志賀高原などは、マイナス20度だそうである。

    そういえば、昨日、共同浴場へ行くと、時々顔を合わせる近所の主婦が、ガチガチに凍ったタオルを持って来ていた。あまりの寒さで、家にいても暖房費の無駄遣いになるので、温泉で温まろうと思って来たのだという。

    もう、これで、この日三度目の入浴らしい。

    この主婦は、寒いと、夜中の二時でも温泉に入りに外湯へ来るそうだ。

    わたしも、朝は出来るだけ布団から出ないようにしている。早起きは、暖房費の無駄遣いになるからだ。

    勤めをしている女性が言っていた。

    「会社の方が暖房が効いていて暖かいから、出来るだけ早めに出社するの」

    皆、この不況で、余計なお金は使いたくないのだ。どうやれば、節約できるか真剣に悩んでいる。

    わたしも、あまりの寒さで頭が回らないので、ブログもかなり手抜き気味だ。

    しかし、それにしても、この極寒の中、平気で行動している人たちを見ると、同じ人間ではないような気がする・・・。

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治験薬とは・・・? [日々の雑感 11]


治験薬とは・・・?



    認知症の進行を遅らせるために製薬会社が開発した治験薬を処方して欲しいと、患者が医師に頼んだ場合、その患者が、本物の治験薬を処方してもらえる確率は、50%なのだそうである。

    つまり、治験とは、正しく実験のことであるから便秘や頭痛などの副作用が出る場合もあるし、いつ辞めてもいい。

    しかし、効果の有無を確かめるためのデータをとるという意味もあるために、治験者全員に本物の治験薬をわたすのではなく、患者の半分には、見た目はまったく本物と同じ偽薬を処方するのだそうだ。

    つまり、その薬に効果があるとして、それに当たる確率は二分の一。もちろん、治験者にその薬が本物か偽物かは知らされない。

    もしも、治験薬を半年間飲み続けても、効果が現われなかった場合は、偽物を渡されている可能性もあるわけで、もしも、本物を渡されていたのなら、ここまでひどくはならなかったかも・・・という、患者側家族の疑惑はふくらむ。

    治験とは、そういうことなのだということを、初めて知った。


    
    ところで、わたしの地域ブログの方にアクセスして来る人で、検索ワードを見ると、何故か「追いかけられる夢」という文字が異常に多い。

    そんなに、皆さん「追いかけられる夢」を見るのだろうか?

    わたしも、つい先日、変な女にストーカーされる夢を見たが、最後には、その女の足を抱えて階段の上から放り投げた。

    何とも過激で、すっきりとする夢だった。

    これは、夢の意味からすると、問題が起きても自分で解決することが出来る暗示らしい。

    そういえば、わたしの夢には、何かを撃退するというシチュエーションがやたらに多いような気がする。この間は、持っていたポットが火焰放射器になる夢を見た。

    よほど、今の生活から抜け出したいという願望が強いのかな?

    そりゃ、そうだよね。ほとんどの生活が家の中なんて、フラストレーションも溜まるよね。

    

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中二病って、何? [日々の雑感 11]


中二病って、何?


    巷に浸透しつつある「中二病」なるもの----。

    実は、わたしは、ごく最近この言葉を知りました。

    語源が何処にあるのか少し調べたところ、タレントの伊集院光さんが、今から十年ほど前に、パーソナリティーを務めるラジオ番組で使用した造語なのだとか・・・。

    でも、伊集院さんが生みだした時は、今のような使われ方ではなく、もっと広い意味で「中学二年生の頃、夢中になっていたり、考えていた、ちょっとおバカなこと」のような意味合いで使われていたようです。

    しかし、今は、その中二病の定義が固まり、ほぼ3つに分類されているのだそうで、


DQN系     わざと反社会的な行動をとる。しかし、根は真面目なので、それが通常でないと認識している。

サブカル系   流行になど流されない。人と同じことを嫌い、自分は特別だと思う。

邪気眼系    いわゆる不思議ちゃん。スピリチュアルなことや超常現象系にはまり、未知なる力に憧れる。


    と、こんな具合になるのだそうです。

    まあ、もっと別の解釈もあるのかもしれませんが・・・。

    これ以上調べるのは、面倒なのでしません。興味のある方は、自力でお調べ下さい。(笑)

    ただ、これを見て思うのですが、確かに中学二年生の頃は、すさまじいほどのエネルギーと集中力で何かに凝っている生徒が多いものですよね。

    そして、その世界に没頭するあまり、格好や持ち物も興味の対象と同じようにしたがるものです。

    言葉遣いやヘアスタイル、顔つきまで、好きな小説の主人公や漫画のヒーローと同じにしなければ気が済まない子供もいます。

    本当は、素直になりたいのに、何か世の中に反発することが格好いいと勘違いをして、わざと校則を破ってみたり、だらしない制服の着方をしたり----と、まるで、バンクーバー冬季五輪の某スノーボードHP選手のような抵抗を示すこともあるのです。

    実は、わたしの大学時代の友人にも、自分のことを「ぼく」と、言っていた女性がいたり、男性名で呼んで欲しいと、頼んできた女子学生もいました。

    かくいう、わたし自身も、中学生の頃は、新選組にどっぷりとつかり込み、彼らに関する小説や資料を手当たり次第に読み漁ったものでした。

    一口に「中二病」と言いますが、これは、ちょうどその頃そうしたある意味狂信的な趣味のジャンルに目覚めるという意味で、その趣味志向は、その後も強弱の差はあっても、案外、一生続くのかもしれません。

    要するに、中二の頃に、人間の性格がほぼ形成を終わるということなのでしょう。

    その後は、周りに自分を合わせるために、演技をしながら大人としての社会生活を営むわけです。

    他人を変えられないのなら、自分が変わるしかない----と、説くカウンセラーなどもいますが、それは、おそらく、根本的な性格から変えろというのではなく、表面だけでも変わったふりをしておけと、いうことなのだと思います。

    でも、これは、かなりのストレスが溜まりますよね。

    何故なら、老いて認知症などになった時、やはり、これまで取り繕って来た仮面が取れ、本当のその人の性格が現われるからです。

    認知症発症後、結婚以来、夫や夫の両親に遠慮して一度も弾いたことのなかったピアノを、突然弾き出して子供たちを驚かせたという女性もいるそうですから・・・。

    中二病は、誰もが一度はかかる麻疹のような存在なのかもしれませんが、治ったあとも、そのウイルスは、きっと一生その人の中にそっと潜み続けるのだと思います。 

    そう考えると、「中二病」も侮りがたいものですね。

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病気になったら恋をしよう! [日々の雑感 11]


病気になったら恋をしよう!


    以前、別ブログのコメントのレスに、「医師が『恋をすること』という処方箋を書く日も来るかもしれない」と、書いたことがあった。

    今日の自称 美人女将さんのブログ記事にもあったが、病気の人には「恋が特効薬」だと、伝えたい。

    別に、恋をすれば病が治るというわけではないが、辛い治療やリハビリに立ち向かうための、大いなる力になることは間違いない。

    人は恋をすると脳内麻薬が出て来るために、苦しさや痛さの認識が弱まることもあるそうなのだ。

    しかも、元気になったら何をしよう----という期待や希望が、恋の力を増大させる。

    実際、入院患者の中でも、恋をしている人の回復がより早かったように思った。

    恋の対象は、何も人間だけとは限らない。ペットでも、植物でも、絵画でも、音楽でも、テレビタレントや歌手でも何でもいいと思うのだ。

    片思いだって、もちろん構わない。

    憧れも、恋の一つである。

    恋をすると、身体の免疫力や治癒力が高まるという報告もあるそうで、特に、「愛」に比べても、「恋」は即効性があるとも言われている。

    結婚した途端に強くなったスポ-ツ選手や、恋人が出来たことで、突然演技の幅が広がる俳優もいる。

    つまり、恋する力は、それほどに偉大なのだ。

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冬は認知症になりやすい? [日々の雑感 11]


冬は認知症になりやすい?


    気温が下がると、特に高齢者は体を動かすことを躊躇い、こたつにあたりっぱなしになるとか、ストーブのそばを離れないなど、極端に運動時間が減ります。

    運動機能が低下すると、脳への血流量も減り、常にボーっとなっている状態が長く続くことで、認知症を発症することにもなり兼ねないと言います。

    また、室内と室外の気温差が大きいと、血圧が急激に上がり、心臓疾患や脳溢血の原因にもなりやすいので、それが寝たきりにつながり、認知症になりやすいとも言われるそうです。

    さらに、寒さが原因で運動機能が衰えているため、家の中のわずかな段差で転倒し、骨折などの重傷を負うことで、やはり寝たきりになるリスクが高いのだとか・・・。

    しかし、冬季に体調を悪くした認知症のお年寄りがある介護老人保健施設へ入所したところ、そこで行なわれていた「認知症短期集中リハビリテーション」を三ヶ月間受けることで、意欲の向上など改善がみられ、薬物療法に近い効果が得られたという報告もあるそうです。

    ただ、やはり、自宅へ帰ると、以前と同じような生活に戻ってしまうために、再び認知症の症状が悪化してしまったのだと言います。

    ネックになっているのが、集中リハビリに対する施設への介護報酬が入所から三ヶ月で終わってしまうということ----。

    認知症改善には長期間の根気強いリハビリが欠かせないと、老健の理学療法士たちも嘆いているそうです。

    しかし、そうはいっても、75歳以上のお年寄りたちにかかる医療費が75歳以下の人たちの医療費の約四倍強と聞けば、致し方なしの声も・・・。

    お年寄りほど、寒さ暑さに耐えることが日本人の美徳だと考えている人も多く、家の暖房費を節約する傾向にある訳で、要は、寒い屋内で認知症を発症したのちの医療費にかけるか、自治体や国が各家庭の暖房費を負担してお年寄りたちが冬を快適に家の中で過ごせるようにすることで、冬季の認知症を回避するか、発想の転換が必要な時期に来ているのではないかと、思うのです。

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今日の寒さはハンパじゃない! [日々の雑感 11]


今日の寒さはハンパじゃない!



    今日の北信濃の寒さは、ハンパじゃありません。

    我が家は、この不景気で極力暖房費を抑えているので、今朝の室温は3度でした。

    外では、雪をかくシャベルの音があちこちで響き、凍った道路で何台もの自動車がスリップしています。

    夏はスーパー猛暑で、冬は極寒では、信州から脱出したくなる気持ちも判ります。

    そのせいか、連日、救急車のサイレンがひっきりなしに聞こえます。

    その度に、わたしの小説を監修して下さっている医師の先生はじめ、医療関係者の方々のご苦労が目に浮かびます。

    ところで、今、長野電鉄湯田中駅では、特急「ゆけむり」が到着する度に渋温泉で開催されているモンハンのテーマ曲が流れています。これが、少々おどろおどろしげで、さながら真冬の怪談のBGMといったところでしょうか。

    いつもは、かの有名な「美るわしの志賀高原」(古賀政男作曲)が通年流れているのですが、一つ提案があります。

    この真冬の間だけは、この曲に加えて、更に雪やスキーに関係した音楽を流せないものでしょうか。

    それも、あまり現代風の音楽ではなく、懐かしのメロディーのような上品な物が良いと思います。たとえば、「白銀は招くよ!」「スキー」「花束添えて(長野オリンピック招致ソング)」「雪山讃歌」などの年配者にも判る曲はどうでしょうか?

    ご年配の方たちも、かつての高度成長時代の活気にあふれた頃を思い出し、元気になれそうな気がします。

    しかし、それにしても、寒い!!です。

    昨日は、野沢温泉でパトロール中の警察車両までがスリップ事故にあったとか・・・。

    水道の凍結にも気を付けたいものです。

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ブログのコメント・トラブル [日々の雑感 11]


ブログのコメント・トラブル


    ブログのコメントというものは、ある意味凶器にもなり得るもので、コメントを書き込んだにもかかわらず、自分のコメントにだけ返事をもらえないということは、その書き込んだブロガーのみを仲間外れにして楽しんでいるという意味になる。

    わたしは、以前、ある一人の女性ブロガーのコメントにだけ返事を書かないというブログを見たことがあった。

    しかし、その仲間外れにされた女性ブロガーは、それでも、そのお気に入りのブログに何度もコメントを書き込んでいた。

    わたしは、「もしかしたら、この返事のないコメントを書き込んでいる人は、ブログ管理人と相当に親しい間柄で、わざわざレスを書く必要などないのかもしれない」と、思っていたのだが、やがて、その女性ブロガーのブログに、「あまりにひどい仕打ちをされて、もう、このサイトで書く気がなくなった。ブログを閉じます」と、いう言葉が綴られたかと思うと、彼女は、そのブログサイトから消えて行ったのである。

    特に地域ブログは、そういう卑劣なブロガーたちが幾つもの派閥を作る不毛地帯でもあるのだ。

    読み応えがあり、面白いブログを書く、誠実で実力派のブロガーが次々に嫌がらせの標的にされ、やめて行く。

    故に、将来性のある良いブロガーがまったくと言っていいほど育たないのである。

    いや、人間とは、いつの世も、何処の世界でも、仲間外れを作り、自分はそういう悲惨な目に遭わずに幸運だという、欺瞞に満ちた幸福を感じることで満足感を得るという習性を捨てきれないのかもしれない。

    誰かの不幸の上にしか自らの幸福を見付けられないという、何とも愚劣な仲間意識で構成されているのが、わたしの知る地域ブログなのだ。

    そうなると、今度は派閥ブログ仲間に上下関係が生まれ、ボス的存在のブロガーに対して他のブロガーは、まるで部下のように平身低頭お世辞たっぷりのコメントを書き込み、ご機嫌伺いをする。

    滑稽の極致としか言えない。

    「あの人のブログ、読んでいると疲れる~~」

    「なに?一端、評論家のつもり?」

    「まだ、あんな人とコメントのやり取りしているの?」

    ブロガーの嫉妬は、既婚未婚を問わない。夫のいる身の女性ブロガーが、ブロ友の、妻のいる男性ブロガーと別の女性ブロガーが親しくコメントをやり取りしていることに異常な嫉妬心を燃やすことなど日常茶飯事だ。

    ブログコメントという文字を通して、バーチャル恋愛にのめり込む奇妙な大人が増えていることも、この地域ブログサイトで知った。

    単に、自分の日々の備忘録やうっ憤晴らし、そして諸々勉強を兼ねてブログを書いているわたしなどに言わせると、「開いた口がふさがらない」の一言に尽きる。

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地域ブログは狭すぎる [日々の雑感 11]


地域ブログは狭すぎる



    約二年にわたり、これまで地域ブログで書いてきたが、正直、世間が狭すぎて疲れるというのが本音だ。

    ブロガーのほとんどは、ブログを書く前からの知り合い同士ばかりで、まるで、ご近所付き合いや同級会がブログに引っ越して来ただけのことなのである。

    電話やメールで話をすれば済むことを、わざわざコメントでやり取りをする訳で、「わたしたち、こんなに仲がいいのよ。羨ましいでしょ」----ってな感じで、お互いの親密ぶりを他の閲覧者に見せつけて快感を得ているのだから、幼稚というか、あさましいというか、情けないの一言に尽きる。

    中には、ブログを書き始めてから、偶然、ご近所だということに気がつくというブロガー同士もいるが、こちらの方がまだ健全だといえる。

    わたし自身も、そういうブロガーと知り合ったが、それでもあくまでブログ上の付き合いで、一度たりとて直に顔を合わせたことはない。

    それが、ブロガーとしての仁義だと思ってもいるのだ。

    何故なら、親しげにコメントを書き合う行為が、他のブロガーたちがコメントを書き込むプレッシャーになっては、ブログというコミュニケーションツールをあえて使う意味もないし、むしろ、失礼にあたると思うからである。

    そのため、わたしは持論として、ブロガー同士は顔を合わせるべきではないと考える。

    いったん、顔を合わせれば、そこに情もわき、顔を合わせたことのないブロガーが同じコメント上でやり取りする場合、明らかに、疎外感を得るようになるからである。

    たとえば、Aというブロガーが顔見知りのBというブロガーのブログへコメントを書き込んだ場合と、Cというまだ顔を知らないブロガーがコメントを書き込んだ場合とでは、Bブロガーのコメントの返事に差が出るのは、当たり前といえる。

    Cブロガーは、書かれている記事の内容に関係したコメントしか寄せられないのに、Aブロガーは、「今度は何処へご飯食べに行こうか?」などという、正に私信を書き込むことが出来るのだから、Cブロガーにとって非礼としか言えない。

    そういうやり取りは、電話で済ませればいいのである。

    こういうコメントに嫌な思いをしたという読者が、わたしのブログに悩みを書き込んで来たこともあるのだ。

    もしも、ブロガー同士オフ会などで会うことがあっても、ブログ上では見知らぬ同士を演ずるという配慮があってしかるべきなのである。

    だから、わたしは、その地域サイトのブロガーとは、誰一人として一度も顔を合わせたことがない。

    しかし、以前、上記のようなことをブログ内で展開したところ、地域ブログサイトの事務局から削除しろと言われ、一時ブログを強制的に非公開にされたこともあった。

    どうやら、そのブログサイトは、ブロガー同士が実際に出会いコミュニケーションを図ることが売りのようだったのだ。(決して、出会い系のようなサイトではなく、ごく普通の地域コミュニティーブログサイトである)

    とはいえ、こういう持論すら自由に書けないブログサイトがあるとは、驚愕を通り越して恐怖さえ覚える。

    まるで、言論統制サイトである。

    どこぞの将軍様の国と、さほど変わらない。

    だから、その地域ブログで書いているブロガーたちは、いつ自分の記事が削除されるのかビクビクものでいるのだ。しかし、そんなこととはつゆ知らず書き始めてしまったブログを簡単には消したくないという思いから書き続けている者も少なくない。

    いきなり、自分のブログが検閲に引っ掛かって、怒りのままにサイトを撤退したブロガーも数限りなくいるのである。

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「戦前女」は、褒め言葉? [日々の雑感 11]


「戦前女」は、褒め言葉?


    
    ネットの悩み相談コーナーを読んでいたら、二十代の女性からの質問で、

    「友人の結婚披露宴に振袖を着て行ったら、会場に来ていた招待客の30代の男性たちから、『昭和の女って感じ・・』『それも、戦前・・・?』と言われ、凹んでいます。これって、褒め言葉なんでしょうか?それとも、けなされているのでしょうか?」

    と、いうのがあった。

    彼女は、着物も渋めの色の物を着ていたらしく、普段も年上に見られることが多いとか・・・。

    身長は162センチぐらいだが、体重があり、少し太めなのだと書かれてあった。

    これに対してのベストアンサーは、「あまり気にしないこと。褒め言葉だと思っていればいい。本当にけなすつもりなら陰で言うはず。年上に見られてもまだ二十代ならそんなに気に病む必要はない」というものだったが、他の意見には、「戦前・・・?」というのは、やはり失礼だというものもあった。

    最近は、自分のことは棚にあげ、人を客観的に評価することがやたらに多くなって来ているが、褒め言葉の使い方も判らないくせに、安易に口を開くなと言いたい場合がよくある。

    この女性への言葉も、「着物が似合うね。落ち着きがあって昭和の女性の雰囲気があるよ。大人っぽくて素敵だね」と。言えば、何のことはないのに、戦前の女がどんなものかも判らない若造が、「戦前・・・?」なんて知ったかぶった言い方をするから、いらぬ不快感を与える破目になってしまったのである。

    本当に、口は災いの元だ。適切な褒め言葉が判らないのなら、しゃべるなと言いたい。

    まあ、あえてバカにするつもりで言った言葉なら、それは、論外であるが、おそらくはこの男性たちは、「古風な感じが良いね」と、言いたかったのだと察する。

    実は、わたしにも似たようなエピソードがある。

    わたしは大学生の頃、教育実習で母校へ行った時、古典の授業を担当した。

    すると、生徒から「先生は、平安美人ですね」と、言われたことがあった。平安美人の典型は、色白、しもぶくれの麻呂眉、目細、鉤鼻、おちょぼ口だから、現代の感覚からすれば美人の定義には程遠いと思われるが、わたしは、彼女の言葉を褒め言葉と受け取った。

    いずれにしても、どんな時代でも、美人は美人であるし、紫式部や清少納言、ましてや小野小町と同等に思われたのなら、こんなに嬉しいことはないからだ。

    その生徒も平安時代が好きな女子だったので、たぶん、その頃の女性に憧れを懐いていたのだろう。

    だから、その悩み多き二十代の女性にあえて言いたい。

    戦前の女----と、いう表現に引っかかっているのだと思うが、戦前の女性は、今の女性たちに比べて決して劣るものではない。むしろ、今の若い女性たちよりも遥かに品が良く、清楚で、心身ともに美しい人が多かったのだ。

    だからこそ、あのような貧しく苦しい時代を逞しく生き延びることが出来たのである。

    決して、自身の容姿を卑下する必要などないのである。

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