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コメントはキャッチボール [日々の雑感 8]


[野球]コメントはキャッチボール


    前々から気になっていたことだけれど、コメントを書き込むと、書き込んだ内容とはまったく別の返事が帰って来ることがある。

    別の返事とは、つまり、書き込んだコメントにほとんど関係ない内容を返事として返して来るということだ。

    たとえば、「今日は暑かったですね。でも明日は少し涼しくなるそうですよ。お盆の帰省は如何でしたか?」と、書き込んだとする。ところが、それに対するレスが、「コメントありがとうございます。連日、海での事故が多いですね。離岸流のせいでしょうか?山でも今年は事故が多発していて・・・・」と、コメントとは何の関係もないような、または、直接のつながりがない返事が来ることがよくあるのだ。

    こういうレスを返すブロガーの心理状態はどういうものなのだろうか?

    コメントのやり取りとは、いわゆるブログ上の会話である。会話は、一方通行では成り立たない。こちらも言いたいことだけ、あちらも言いたいことだけでは、文字通り話にならないのである。

    わたしは、こういうコメントの返事をもらうと、「ああ、このブロガーは逃げているな」と、思うようにしている。つまり、書き込んだブログの内容のことは実際に身を入れて書いたものではないのだ。だから、その内容に突っ込みを入れたコメントをもらっても、返事のしようがないのだろう。

    上記の例を取ってみれば、ブログに帰省のことが書かれてあったので、読者は「帰省は如何でしたか?」と、訊ねたのである。しかし、それに対する答えがまったく明後日の方を向いたものであるのだから、おそらく、このブロガーは本当は帰省などしていなかったに相違ないのだ。

    だから、その答えをはぐらかすために全然別の意味不明なレスを書くしかなかったのである。「そんな返事しか書けないような内容ならブログにあげるな」と、いいたいものだが、これが案外多いのも事実だ。

    かなり前だが、ある人のブログに某所で食事をしたというような記事が載った。

    これを見てわたしは疑問を抱き、ちょっと意地悪な質問を書き込んだことがある。他の話題も織り込みながら、さりげなく問いかけたのだが、その他の話題に対するコメントは返ってきたが、肝心の質問はしっかりと無視されてしまった。

    「ああ、やっぱり、この人はあそこへは行っていなかったんだな。この記事は、誰かへのアリバイ作りか」と、納得したものである。

    それにしても、自分にしっかりとした知識がないにもかかわらず書いてしまったブログに対してコメントが入った場合は、自分の無知をごまかさず、「実は、このことについてはあまり詳しくないんです」と、正直に書いて欲しい。

    コメントを書いた人を煙に巻くような返事を何行も書いてもらったところで、少しも嬉しくないし、だいいちコメントを書いた人に失礼である。

    おそらく、そういうはぐらかしのレスを書き込むブロガーは、負けず嫌いの性格なのだと思うが、ブログへの感想に勝ち負けなどあろうはずもない。

    「どうせブログなんだから少しぐらい見栄をはったり嘘を書いてもいいよね」と、思う気持ちは判らなくもないが、せっかく書き込んでくれたコメントの内容とはまったく異なるような返事を書くのだけはやめてもらいたいものである。

    読者は、記事内容を信じてコメントをするのだから、はぐらかすようなマナー違反は、やはり容認できないのだ。


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ファッションが持つ意味 [日々の雑感 8]


[ブティック]ファッションが持つ意味


    皆さんは、自分が着る服を選ぶ時、何に気をつけて選んでいますか?

    自分の個性?バッグや靴などとのコーディネイト?

    それとも、会社の上司や恋人の好みでしょうか?

    皇后美智子さまのデザイナーとして活躍、国際的な社交界に身を置いてきた芦田淳さんは、今の人たちのファッション感覚は控えめなところが薄れ、人よりも目立とうという意識ばかりが先行し、

    「生活の中に息づく美意識」
    が、抜け落ちていると、指摘します。

    世の中は豊かになり、人々のファッションへの関心も時代を追うごとに旺盛になっては来ましたが、それと同時に最も大切なことが次第に忘れ去られて行っていると、芦田さんは危機感を感じているのです。

    それは、「人とふれあう時に相手を喜ばせるといった社交的なマナーが、日本人には定着していない」と、いうことなのです。

    かつて、まだ日本人が貧しかった時代、着物や洋服の着方には作法がありました。それは、これから会いに行く人に対して、失礼にならないようにしようという配慮から生み出された生活の知恵でもあったのです。

    ファッションを見せる対象者は、何も個人に限ったことではありません。

    街へ出れば、通りすがりの人に対しての配慮も必要となるのです。独自性の中にも、上品さや決めごとは踏まえて装うというスタイルが大切だと、芦田さんは説くのです。

    カジュアル化が加速し、改まった席と休日の服装に大きな差がなくなってしまった現在では、近所へ買い物に出かけるような服装のまま、歌舞伎やオペラ鑑賞に出かけてしまう人たちも多いといいます。

    芦田さんは、歌舞伎を鑑賞する際には、それなりの格式高いファッションで行くべきであるという理由として、「素晴らしい演技をした役者さんへの敬意を表するため----」と、説明します。

    以前も書きましたが、わたしが英会話スクールに通っていた時、外国人教師が真冬にアロハシャツを着てきたことがあり、これを経営者の女性がとがめたことがありました。

    「日本には、四季というものがあり、服装もその四季に合わせるのが常識です。あなたはそれで満足かもしれないけれど、あなたのファッションを見せられる相手の気持も考えて下さい」

    外国人教師は、最初は何を言われているのか良く理解できないようでしたが、わたしたち生徒が、「何故、冬にはスクールの冷蔵庫内に冷たい麦茶が用意されていないのか?」という意味を説明して、日本人の感性について話したところ、彼はそのあまりの繊細さに仰天したものでした。

    しかし、自分以外の人たちへの配慮ということでは、日本に限らず世界のファッション界にも同様の基準があるはずです。

    いえ、基準というよりも、人としてのモラルとでも表現した方が良いかもしれません。

    もちろん、ファッションは自分自身を引き立て、主張するものですが、その主張が独りよがりになってしまっては元も子もないのです。

    あなたの着ている服は、季節や街の雰囲気を壊してはいませんか?周りの人たちが不快に思うものではないですか?

    そして、その場にふさわしく、また相手への敬意を持っていますか?

    時々は、そんなことにも思いを巡らせてファッションを選んでみてはいかがでしょうか。

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最悪体験 [日々の雑感 8]


最悪体験


    生まれて初めての内視鏡による胃と食道の検査をした。

    わたしは、自分で言うのもなんだが、かなり内臓は過敏体質だということが判っていたので、手術前にも胃カメラの検査をして下さいと医師にいわれたが、断固拒否した経緯がある。

    しかし、今回、父に訊いたところ、「胃カメラなんか、大したことない。おれなんか、知らないうちに終わっていた」というので、それならば、一度くらいは受けておいてもいいかなと思い、医師の勧めを承諾した。

    ところが、父の言葉を信じたのが、そもそもの大失敗だった。

    検査が始まると、最初から最後までゲエゲエのしっぱなし。

    とにかく医者が下手なのか、一度飲んだ内視鏡が飛び出してしまったり、内視鏡の管を奥へと進めるたびに喉のあたりをこするので、気持ちが悪いわ吐き気が襲うわで、正に拷問である。

    看護師は看護師で、「肩の力を抜いて!頭を下げて!深呼吸して!」など、無理難題を耳元で繰り返すばかりだ。

    わたしは、気持ち悪さと怒りで、「もう、良いですからやめて下さい」と、言った。

    内視鏡が口に入っていても、話は出来る。

    しかし、医者はやめようとはしない。

    終わった時には、既に怒り心頭に発し、「もう、冗談じゃない!!最悪もいいところ!!偉い目に遭ったわ!!」と、怒鳴ってしまった。

    初めての内視鏡検査がこれでは、もう二度とやりたいとは思わない。

    トラウマになったこと間違いなしだ。

    患者は、病院の都合に合わせ、ご飯を食べるなと言われれば食べずに行くし、朝早く来いと言われれば万難を排してでも行く。

    そして、やりたくもない検査のために、5640円もの大枚を支払うのだ。

    せめて、そんな患者に苦痛を与えないように検査をするのが医療サービスというものでなないだろうか。

    喉にかける麻酔も、ほとんど何の用もなさない。

    こちらは、ただでさえ風邪気味なのだ。涙と鼻水と胃液でぐしゃぐしゃである。

    それにしても、他の患者たちは意外に平然とした顔で検査室から出て来ていたが、皆、よほど内臓や喉が鈍感と見える。

    とにかく、今回は、モンスターペイシェントの気持ちが判った。

    医者を殴り付けなかっただけでも御の字である。[ちっ(怒った顔)]

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買い物自慢は誰にするのか? [日々の雑感 8]


買い物自慢は誰にするのか?



    心理的なことを書いている当ブログでも、女性の心理の不可解さには未だに首を傾げることが多いのです。

    女性はどうして自分の買った服や靴、食べた料理などに関して平気で値段を言うのでしょうか?

    しかも、安物を買ったり食べたりした時は滅多に口を割りません。

    それは、安物を買ったことは自慢にならないばかりか、自分の恥だとさえ思っているからです。

    「昨日、デパートでどうしても欲しい服があったので買っちゃった!3万円もしたんだけれど、いいわよね?」

    誰に対して「いいわよね?」なのでしょう?

    あんたのお金で買ったんだから、良いも悪いもこっちには関係ないことだろうが!

    同僚のOLに相談されて、胸中に苦虫をかみつぶす男性社員も多いのではないでしょうか。

    「あたし、この間5万円もする化粧品買ったんだけれど、どう思う?」

    お前は、頭大丈夫か?どう思う?って、おれに訊いてどうするんだ?「常識外れだ」と言ったら店へ返しに行くのか?

    本当に、奇妙な話ですよね。

    要するに、彼女は「自分はこんなに高価な物を買えるのだ、羨ましいだろう」ということを自慢しているにすぎないのです。

    誰に対して?

    その話を聞いている男性に対して?----いいえ、その男性のそばで仕方なく話を聞いているであろう自分のライバルたちに対してです。

    つまり、OLの買い物の金額自慢は、同じ職場で働く女性たちに対するものなのです。

    「いいわね~。あなたに似合うわよ、その服」

    そんな周囲の羨望の言葉を聞くことが、彼女の幸福感になっているのです。虚しい話ですよね。

    でも、これこそが女性特有の『公的自己意識』の究極なのです。すべては、他人が自分をどう思うかが肝要で、自分自身が自分をどう考えるかではないのです。

    しかし、このOLのように自分が稼いだお金で買ったものなら、そんな自慢もまだいいでしょう。

    でも、そういう自慢話をご主人の稼ぎをあてにしている女性の口からは聞きたくないものですね。要は、スポンサーから出ているお金が軍資金なのですから。

    「わたしって、主人がいないと何にも出来ない女なんです」

    そう公表しているも同然なのに、何か勘違いをしている人ばかり。

    ご主人のステータスを、自分のものだと思い違いをしている訳です。

    また、そういう人に限って、いくら使ったと臆面もなく口に出すのです。ご主人とあなたは人間がまったく違うのに、たまたまその男性と結婚したことをこれ見よがしにひけらかすなど、恥ずかしいと思わないのでしょうか。

    まあ、そういうことを恥だと思うくらいなら、そんなことを平気で自慢したりはしないでしょうね。

    ご近所の50代の専業主婦三人が、つい先日何かのご招待で東京へ行ってきたそうです。

    「もう、ここぞとばかりに散財したわ。たまには、自分のためにパーッと使いたいものね。一気に7、8万円も買い物しちゃったわよ」

    「あたしも、洋服に5万円使ったわ。気持ちいいものね~」

    二人の主婦は、もう、これ見よがしに話に花を咲かせています。

    でも、もう一人の主婦は、そんな二人をやや困惑顔で眺めていて、彼女たちがいなくなってから、こう言いました。

    「わたしも、アニメのキャラクターの入った子供服を二枚くらい買ったけれど、とてもあの人たちのようには使えなかった。だって、あたしのお金じゃないし・・・・。お父ちゃんが一生懸命稼いでくれたお金、そんなに簡単に使えないわよ」

    この主婦は、もう二度と彼女たちと同じ旅行には行かないと言いました。

    わたしは、これを聞きながら、「なんて空虚な自慢話をしているのか」と、呆れるばかりでした。

    あんな二人と一緒に旅行に行ってしまった主婦の気持ちは、きっと旅の間中、針のむしろ同然だったことでしょう。

    痩せても枯れても、そんな無神経で浅ましい女たちのようにだけはなりたくないものですよね。

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メールの落とし穴 [日々の雑感 8]


[携帯電話]メールの落とし穴


    「出会い系サイト」などのメールのやり取りがもとで、犯罪に巻き込まれた人が多いという話を聞きます。

    それも、被害者になるのは、大半が女性だとのこと。

    このブログでも時々触れていますが、女性は「言葉」を重要視するという性質を持っているために、メールの文面をそのまま信用してしまうきらいがあるのです。

    しかし、メールのように顔が見える訳でもなく、言葉の抑揚が聞こえる訳ではない場合、相手の書いていることが正真正銘真実か否かなど判る訳がありません。

    つまり、感情の起伏をつかむヒントがまったくメールからは読みとれないのです。

    どれほど絵文字を多用しても、それが事実とも限りません。

    文字のやり取りだけで、「きっと、この男性はわたしのことが好きなんだろうな」と思い、いざ、実際に会ってみたら、実は相手の男性は彼女を面倒くさい女だと嫌悪していたなどということだってあるのです。

    男性としては、メールが来るので仕方なく返事を送っていただけだということなど、良くある話で、突然彼女が訪ねて来たことにパニクって、暴力をふるってしまったという事件もあるのです。

    だったら、「もうメールしないでくれ」と、女性へはっきりと伝えればいいと思うのですが、男性はこれが出来ません。

    女性から恨まれたくないという身勝手な理由も手伝って、つい返信してしまっていたという男性も多いのです。

    特に女性は、「よく判らないことは、自分に有利な方向へと解釈する」という癖があります。

    これを『妄想性認知』と呼ぶのだそうですが、これが高じるとストーカーまがいの行動にさえ走ることもあるのです。

    そこで、ついに思い余った男性が女性を殺害----などということにもなり兼ねません。

    もしも、男性からのメールがこれまでよりも文章が明らかに短くなったとか、文面が単調な言葉でつづられ始めたとか、返事が来るまでの間が心なしか長くなったように感じた時は、あえて、女性側からメールをするのを少し控えてみると良いでしょう。

    そのまま、男性からのメールがまったくなくなれば、それは間違いなく女性とのやり取りに飽きが来た証拠です。

    しばらく、日にちを置いて「ごめん。忙しくてメール出来なかった」という言い訳めいたメールが来ても、それは、単に気まぐれで送って来ただけのもので、本心からではありません。

    メール一通、本当に気になる相手であれば、どれほど忙しくても仕事の片手間にでさえ送れないものではないからです。

    こういう相手には、本気で好意を持つのではなく、ある程度の距離感を保ちながらメールのやり取りをすることが大切なのだと思います。


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野菜無人販売所で盗難 [日々の雑感 8]


野菜無人販売所で盗難


    外国人が信州の田舎を訪れた際、まず驚くことが秋の収穫前の田んぼに響き渡る、雀おどしのためのあの「パン!!」と、いう音だそうです。

    突然、あの乾いた破裂音が鳴り渡ると、何処かから自分が狙撃されたのではないかと、慌てる人さえいるそうです。

    次に驚くのが「野菜の無人販売所」がある光景だとか----。

    誰も人がいない販売所から人々が野菜を購入し、そこに書かれている値段通りの代金を支払って行く。

    完璧、人が人を信用していなければ決して成り立たない商売に、外国人は皆どぎもを抜かれるのだそうです。

    店頭や街頭に普通に置いてある自動販売機でさえ、海外では、考えられないことだという外国人もいるくらいで、もしも自分の国でこのような自販機があったら、中の品物やお金目当てに一夜にして破壊されるか、持ち去られてしまうだろうと、話す観光客もいるのです。

    ところが、それに輪をかけて無防備な「野菜の無人販売」など、彼らの感覚からすると、正にクレージーの一言に尽きるのでしょう。

    その「野菜無人販売所」が、今、危機に立たされているという新聞記事を読みました。

    農家が丹精込めて作った農産物を並べる無人販売所で、盗難が後を絶たないのだそうです。代金を支払わずに商品を持ち帰ってしまう不届き者が多く、農家は、泣き寝入りするしかないのだとか。

    下条村の農家の女性は、今月4日、自分が商品を並べている販売所の料金箱を開けると、中には100円玉が二枚だけしか入っておらず、並べた豆と春菊の計9袋(900円分)のうち、7袋が持ち去られていたのだそうです。

    1995年ごろ仲間8人で販売小屋を設けて商品を置いてきたが、相次ぐ盗難に5人はやめてしまったと記事は書かれていました。

    「これまでに約50万円分が盗まれた」

    と、女性は話しているそうです。

    下伊那郡の無人販売所では、7月に農家からの届けを受けて飯田署員が張り込み、数百円の代金を払わずに持ち去ろうとした男を見つけ、口頭で注意したとのこと。

    また、岡谷市でも同様の持ち去り事件が多発し、岡谷署員に厳重注意された70代の男は、「金を払うのが惜しかった」と、話したそうです。

    松本市でも、販売所にあった料金箱から売上金170円を持ち逃げした20代の男を、やはり張り込み中の松本署員が発見し、現金を箱に戻させたという事例もあったそうです。

    つまり、それだけ世の中が不景気になっているという証拠でもある訳で、「盗んだ物を食卓に並べておいしいのか?」との問いかけにも、もはや、背に腹は代えられないという危機的なほどに、庶民の生活が困窮し始めているのだと思います。

    どれほど被害額の小さな盗みでも、盗みは犯罪です。

    たとえどのような理由があろうとも、これを正当化する理由はありません。

    しかしながら、貧しさは、明らかに人の気持ちを変えて行きます。生活への不安感が理性を上回った時、信頼は生きる支えとしての意義を持たなくなるという風潮が、少しずつ社会に蔓延し始めているようで空恐ろしい予感がするのは、わたしだけでしょうか?

    このまま不景気がさらに深刻さを増して行くことに反比例して、善意と信頼で成り立ってきた「野菜無人販売所」は、県内から姿を消すことにもなり兼ねないと思います。

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観音様のような人 [日々の雑感 8]


♦ 観音様のような人



    わたしの知り合いに『観音様のような人』だと言われる女性がいます。

    わたしは、以前、『八方美人は八方敵』という記事を書きましたが、この女性こそ、その典型だと思うのです。

    『観音様のような-----』と、表向きは尊敬されていますが、裏へ回れば周囲の人たちの評判はすこぶる悪いのです。

    人の陰口は叩かない。いつも頬笑みを絶やさない。相手の意見に反論しない。地区の用事なども率先してやる。

    正に非の打ちどころのない女性なのですが、その女性への評価は最悪なのです。

    どうして、こんなことになってしまうのでしょうか?

    人間の心理とは不思議なもので、気持ちを同じくして結束するためには必ず『敵』の存在が必要なのです。

    かつて、自民党の小泉元総理が自民党内の抵抗勢力を国の敵だと思わせて国民感情を団結させたように、また、アメリカ国民の気持ちを結束させるためにブッシュ政権がイラクには大量破壊兵器があると唱え続けたように----。

    ですから、誰の批判もせず、何ものに対しても平等に接する女性を、周囲の人たちは「信用のおけない女」と、思うのです。

    「他人の批判をしない」----「八方美人」

    「いつも頬笑みを絶やさない」----「辛いこともないなんて、幸せな女だこと」

    「陰口を言わない」----「仲間として認めるには信用が出来ない」

    「文句を言わず率先して働く」----「真面目すぎて、こっちの手抜きが目立つだろう」

    つまり、『観音様のような人』は、『信頼できない厄介者』というレッテルを貼られてしまっているのです。

    ですから、もしも、あなたが「自分は仲間外れだ」と感じたら、周囲に対してそういう八方美人的な態度を取っていないかということを考えてみて下さい。

    「でも、わたしは人の悪口など言えないわ」

    と、思うのでしたら、誰でも知っている政治家や有名人などについて批判してみて下さい。

    それも無理なら、家族の愚痴でもこぼしてみて下さい。

    事件や事故の加害者に対する批判でもいいですから、話してみるのもいいでしょう。

    とにかく、人間は人間臭さを好むのです。いくら良い人でも、血の通わない『観音様』は、敬遠されるのです。

    有名人が亡くなった時、故人が毒舌家ほど告別式に集まる人は多いものです。

    「自分が落ち込んでいた時、一緒に社会を非難してくれた」

    そういう弔辞を読む人もいます。

    その人が人々の記憶に残る良い人か否かは、結局その人物の有する『信頼度』で決まるのではないでしょうか?

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いじめに我慢は禁物 [日々の雑感 8]


いじめに我慢は禁物


    昨日、共同浴場で近所に住む40代の女性と会った。

    この女性と会うのは、何と十数年ぶりだ。近くに住んでいるのだが、ここのところまったく顔を合わせる機会がなかった。

    聞けば、つい先日まで20年以上も勤めていた会社をやめて、別の会社へ就職したのだそうだ。

    その新しい会社は家からは遠いが、それでも前の会社に比べてずっと働きやすいと言っていた。

    どうして、前の会社を辞めたのかといえば、結局、原因は従業員同士のいじめであったという。しかも、それに加えて、社長の娘婿という男性が、自分よりも会社に長くいる従業員を煙ったく思い、パワハラまがいのことをして来たために、もうこれ以上耐えられないとして辞表を出したのだという。

    「あの人みたいにはなりたくないから・・・・」

    その女性が言うので、誰のことかと思ったら、前にこのブログで書いた社内いじめに遭った女性のことだった。

    わたしと同じ頃病院入院し、ちょうど同じ病室にいた女性のことである。

    その女性は、彼女の元同僚だったという。

    その女性は、わたしが談話室にいると時々やって来て、会社でのいじめの話をし、そのストレス病気になったのだと悔しがっていた。

    わたしがその女性と会ったのかと、会社を辞めたという彼女に訊くと、退院後に一、二度会ったが、つい先日亡くなったという。

    「穏やかで物静かな優しい女性だったけれど、あの人もひどいいじめに遭っていたから、本当に可哀そうなことをしてしまった。お孫さんも出来て幸せそうだったのに・・・・」

    彼女は、心底辛そうに話していた。

    「だから、わたしは、あの職場をやめたこと、ぜんぜん後悔していない。あのまま勤め続けていて、病気になったんじゃバカを見るもの。亡くなったあの人も、『あたしみたいにならないように気をつけてね』って、言ってくれていたから、社長にバカにするなって辞表を叩きつけてやった時は、本当にせいせいしたわ」

    女性の言葉は、正に実感がこもったものだった。

    今の職場は、通うには距離があるけれど、周りの人たちもとても親切で、一緒に働いていてとても楽しいと、女性は笑う。

    「今夜もこれから会社の人たちに、飲み会に誘われているの。だから、ちょっと、早めにお風呂へ入って、さっぱりして出かけようと思って----」

    「仕事の内容よりも、気兼ねなく働けることの方が大事だもんね」

    と、わたしも言葉を返した。

    「ほんと、いじめに我慢は禁物だよね。命がけで勤める会社なんて、この世の中にある訳ないし----」

    女性は、そう言うと、「お先に失礼します」と、急いで上がって行った。

    そうか・・・・。あの女性、亡くなったのか・・・・。

    わたしが髪を切ったら、「可愛くなったね」なんて褒めてくれたこともあったっけ・・・・。担当医が同じ先生だったから、「今日は、先生、お髭を生やしていたわよ」なんて、教えてくれたこともあった。

    いくらいじめでも他人の命を縮めるような真似を誰も許しはしない。

    いじめられたら我慢などせずに、相手に思いのたけをぶちまけてからやめることだ。ストレスは、そこできっちりと精算してから新たな一歩を踏み出すこと。

    自分の命は自分が守らなければ、誰も守ってなどくれないのだから。

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高齢者ほど熱中症になる訳 [日々の雑感 8]


高齢者ほど熱中症になる訳


    
    今年の夏のニュースで、熱中症は高齢者に多く、しかもその発症がほとんど屋内で起きるということを取り上げ、その理由を解明しようと実験を行なっていました。

    9歳、25歳、69歳の男性を同じ部屋へ入れ、三人を壁を背にして椅子に腰かけさせます。

    その前方には、幾つもの赤外線ランプの付いた機械があって、それを点けて徐々に温度を上げて行くのです。

    最初に9歳の男の子が28度の段階で早くもペットボトルの水(スポーツドリンクかも?)に口を付けました。

    子供は、身体が小さい分、水分が少し減っただけでも喉の渇きを覚えるのだそうです。

    次に、ペットボトルを手にしたのは25歳の男性でした。男性は、30度を超えた時点で、「頭がボーッとして来た」と話していました。

    そして、33度。しかし、69歳の男性はそれでも平然としたものです。汗はそれなりにかいているのですが、あまり熱いとは感じていないようで、「やっと、ぬくぬくとして来た感じだ」と、話しました。

    この実験は、医師や保護者立会いの下で行なわれていましたが、このぐらいが限界とみて、33度まで上げたところで終了しました。

    若い二人は、本当に暑さで大変な様子でしたが、高齢男性は涼しい顔でした。

    医師は、これが危険なのだと言います。高齢者は、我慢強いのではなく、明らかに温度の高さを感じていないのだというのです。

    つまり、気温の上下に鈍感になっているため、真夏に部屋の窓を閉め切ってクーラーや扇風機もつけずにいて、意識がもうろうとなった時は、既に手遅れという状態になるのだとか。

    人間の身体は、気温が上がると汗をかいたりして体内の熱を外へ逃がし、調節するのですが、その体外の気温が体温を上回ると、逆に熱は体内へ戻って来るという状態になり、体内温度が生命を維持できないほどに急上昇して、死にいたるというのです。

    しかも、実験でも判ったのですが、この実験の間、高齢男性はただ一人水を飲もうともしませんでした。喉が乾かないというのです。

    この水分(+ミネラル)補給を怠るということも、体内の温度を上げる要因となり、熱中症を加速させてしまうのです。

    70代の高齢者夫婦は、「クーラーはぜいたく品だから滅多につけない。電気代がかさむ」「妻がクーラーが嫌い」などと言って、ものすごく暑いマンションの部屋の中で、とても真夏とは思えない長袖を着て、平気で座っていました。

    これには、レポーターも愕然としていました。

    とにかく、熱中症対策には、自分の体感温度を信じるのではなく、室内に寒暖計を用意し、気温が28度を超えたらとにかくクーラーをつけるのが肝心と、説明していました。

    もしも、寒く感じるのなら、その中で厚着をすればいいのではないでしょうか。

    そういえば、わたしの周りの高齢者たちからも「窓を開ければ涼しいから・・・・」「エアコンをつけるなんてもったいない」という声をよく聞きます。

    就寝中に窓も閉め切った中で亡くなるケースも多いことから、「寝冷えは大敵」などという、最高気温28度などといっていた30年も前の常識にとらわれることなく、エアコンを上手に利用して酷暑を乗り切りたいものですね。

    因みに、35度を超えたら、扇風機のみの使用はやめて欲しいそうです。

    確かに、扇風機はエアコンに比べて消費電力がお得なので、28度に設定したエアコンと併用して使えばかなり体感温度を下げることが出来ますが、35度にもなれば扇風機だけを回すと身体に熱風を浴びせることになるので、逆効果なのだそうです。

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新選組女子の本音 [日々の雑感 8]


新選組女子の本音



    『歴女』とか『新選組女子』のように、戦国物や幕末物を好む女性は意外に多い。

    その理由は、何か?

    一言でいえば、そこには女性同士では逆立ちしてもあり得ない「同志愛」が描かれているからなのである。

    早い話が、「みんなで一緒に徒党を組んで問題に立ち向かおう」と、いう意気込みに魅せられているのである。

    その問題が命がけの戦いとなれば、ますますテンションも上がる。そこに描かれる男同士の友情も恋愛に近いほどの濃密さを帯びて来る訳で、「わが身の危険も厭わずにを友人を助けようとするなんて、最高じゃない!」と、なるのである。

    ところが、現実問題これが女性同士となると、そんな同志愛はほとんど見当たらない。

    女性は、結婚して夫や子供の妻や母になると、これまで親しく付き合っていた女友達よりも、家庭のことが第一になってしまうのだ。そりゃ、独身時代のように一緒にお茶を飲んだり旅行をしたりもするだろうが、やはり、友情よりも家庭なのである。

    しかも、愛する夫との間に、その夢にまで見た同志愛を構築できるかと思えば、そう簡単にはいかない。

    夫には会社の同僚やかつての男性クラスメート、チームメートなどといった家庭とはまったく異なる世界に既に同志がいるのである。

    夫にとって妻はあくまで妻であって、同志ではないのだ。

    しかし、妻は、夫に対して同志的感覚を持ちたいと願うがゆえに、「うっとうしい女」と思われてしまうことが少なくないのである。離婚した春風亭小朝師匠と、元妻の泰葉さんが正にそれだったと思われる。

    だから、そういうことはほぼあり得ないと既に自覚している女性たちは、戦国武将たちの生きざまや幕末のヒーローたちの友情に憧れ、現実では決してあり得ない同志愛に自分を重ね合わせて楽しむのだ。

    そんな訳で、独身女性が増える理由もこういうところにあるのだと思う。

    結婚相手には相変わらず良妻賢母を望む男性と、部活の合宿生活のようなチームメート的役割を望む女性では、折り合えるはずがない。

    つまり、そういう女性の本音は、近藤勇の妻になりたいのではなく、土方歳三になりたいのだということなのである。

    お判りですか?

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