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誠実な女性は、あえて苦言す [心理の不思議 4]


誠実な女性は、あえて苦言す




    「そうね。そうよ。わたしもそう思うわ。あなたが断然正しいわよ」

    こんな風にいつも彼の言い分を立ててくれて共感してくれる女性って、男性にとって嬉しいものですよね。

    「彼女、おれと気が合うなァ・・・・」

    そんな風に思うのも当然ですが、これって、少しおかしくないですか?人間は、そんなに同じことばかり考えている訳がありませんから、絶対これは自分に迎合しているだけなんじゃないかと、疑うべきですよね。

    その通り。こういう女性は、必ず下心があるので、その場だけはいい顔をしているのですが、結婚した途端に地金が出て来て、「こんなはずじゃァなかったのに・・・・」の典型女に変貌すること間違いなしなのです。

    では、こういう女性の逆に、彼にあえて苦言を呈する女性はどうなのでしょう?

    「この間、上司と口論になったんだけれど、おれの言うこと間違っていたのかな?」

    こう相談を持ちかけられて、

    「間違ってはいないけれど、目上に対する態度じゃなかったね。もう少し言葉を選んで抗議した方がよかったんじゃないかな」

    なんて、答える女性を、男性は、「小生意気な女だな」と、思ってしまうことが通常かもしれません。

    でも、これは大きな誤算なのです。

    彼女は、間違いなく本当のことを言っているのです。彼女の言葉には「嘘」はありません。

    大事なことは、女性の態度や言葉に「嘘」があるかということなのです。男性が必死で自分を正当化しようと取り繕っていることを、女性はすべてお見通しなのです。

    だから、あえて、嫌われることを覚悟で痛いところを突くのです。

    そういう女性こそ、本当のパートナーにふさわしい人間なのですが、男性はとかく単純思考のために「口うるさい奴」としか思わないのです。

    世の中、自分をほめたたえてくれる者だけが味方ではありません。そのことに気付くべきなのですが、それに思いを馳せる男はほとんどいないのが現実でしょう。

    だから、離婚増えるのも当然の結果なのでしょうね。

    しかし、そういう誠実で賢い女性は、男性の周りにいる迎合女たちとあえて競おうなどという面倒なことはしません。

    まあ、チヤホヤされることが大好きな彼には、その方が天国なのでしょうけれど、そんな愛情に人生の発展性はまず見込めませんよ・・・・ね。

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ナースに恋する心理とは? [心理の不思議 4]


[黒ハート]ナース恋する心理とは?



    入院中の男性と女性看護師さんが、男性の退院後に結ばれるというケースって、良くありますよね。

    この男性の大半は、長男だそうです。

    長男は、次男や三男にくらべて『親和欲求』なるものが強く、誰かと一緒にいたいと思う気持ちが常に働くのだそうで、病院というある意味隔離された場所で入院生活を送っていると、いつも自分のために手をかけてくれる女性ナースに親近感を懐きやすいのだと言います。

    ナースは、患者の病気やケガのケアをしてくれるだけでなく、身体を拭いてくれたり、時には悩みなども聞いてくれます。

    しかも、白衣という清楚なイメージから女性の内面を想像することが大好きな男性は、「彼女こそぼくの天使だ」と、思い込んでしまうことは容易にある訳です。

    女性患者から見れば、「どうして、あんな気の強い女がモテるのかしら?」と、思うこともままあるのですが、男性患者には、そのようなことまでは判りません。

    また、逆に、長女もこれと同じような『親和欲求』を持っていますから、入院中に男性看護師と親しくなるということがあってもいいように思いますが、これはあまり見かけません。

    何故なら、男性看護師の担当は、ほとんどが男性患者や女性でも高齢の患者ですから、若い女性患者と接することはあまりないのだそうです。

    時には、リハビリに通ううちに理学療法士の男性と仲良しになるケースなど無きにしも非ずですが、これもそう頻繁にあるようなものではないでしょう。

    では、女性患者の場合は、誰に親近感を懐くかというと、やはり、常に病棟へやって来る白衣の騎士----つまり、医師なのだそうです。ところが、医師は、一般の女性患者と結婚するようなことはあまりないそうです。

    医師は既婚者が多いということでしょうか?

    芸能人などには時々そういうケースも見かけますが・・・・。

    そこは、医師と看護師の世界の違うところなのでしょうね。

    まあ、そんな訳ですから、もしも、あなたの意中の彼が長男で、何かのアクシデントで入院した時は、積極的にお見舞いに行くことがあなた自身を印象付ける大チャンスなのです。

    そして、そういう時にはベッドサイドでリンゴの皮をむいて彼に食べさせるというような、ベタベタの看病も効果的だと言います。

    あなたが、女性看護師の代わりをしてしまうことで、人恋しい彼は、あなたを天使のように感じるはずです。

    有名人が結婚する時のエピソードに、「彼女は、ぼくが病気の時に献身的に看病をしてくれたので・・・・」ということは案外あるものです。

    この手、意外に使ってみる価値、あるかもしれませんね。

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歯科医院にクラシックが流れる訳 [心理の不思議 4]


歯科医院クラシックが流れる訳♫



    最近は、歯科医院や産婦人科などでクラシック音楽を流している所が多くなってきたそうですね。

    わたしが通っていた歯科医院では、日本の童謡や唱歌、イギリス民謡などをメロディーのみで流していました。

    音楽には、人間の身体にかなり影響を及ぼす力があるそうで、心理トリックの良い道具として活用する職場などが増えてきているのだと言います。

    たとえば、レストランや回転ずしなどでは、客の回転をよくするためにテンポの良い曲をあえて流し、短時間でたくさん食べるように仕向けているのだとか----。

    歯科医院や産婦人科などの患者に緊張を強いる場所では、リラックス効果をねらって、ある特定のクラシック音楽を流すのだそうです。

    (もちろん、クラッシック音楽ならば何でもいいという訳ではありません。やはり、それなりの用途があり、病院でワーグナーの「ワルキューレ」では、むしろ逆効果ですよね)

    でも、わたしのような極端に神経質で繊細な人間には、あまり効果はないように思うのですが・・・・。(笑)誰の話だ?

    また、緊張した神経を緩和する場合、いきなり穏やかな曲を聴かせてもあまり意味がないそうで、最初は更に神経を緊張させるような曲をあえて聴かせ、その後、徐々に神経を鎮静させる音楽に移行させて行く方が、より効果が高いのだということです。

    これを「同質の原理」と名付け、悲しみに打ちひしがれている人の気持ちをいやすためにも、この方法は効果的だということでした。

    つまり、始めのうちは悲しい曲を流し、やがて穏やかで明るい曲にシフトして行くのです。

    そうすることで、立ち直りが早くなることが実験で判ったとのことでした。

    音楽療法の権威である心理学者の研究によれば、頑固な便秘で苦しんでいる人に食事の前と就寝前にモーツァルトの「メヌエット」、ショパンの「マズルカ舞曲」、シュトラウスの「ウィーンの森の物語」と聴かせたところ、三日目から便通があったそうです。

    便秘の解消には、この曲の他にドボルザークの「ユーモレスク」やチャイコフスキーの「白鳥の湖」なども効果があったそうです。

    音楽療法ではないですが、わたしは子供の頃書店の棚に並んでいる本の背表紙を眺めていると、無性にトイレへ行きたくなるというまか不思議な現象に襲われることがよくありました。

    読書は大好きで、書店へ行くことが何よりも嬉しかったのですが、この現象が起きることをあらかじめ想定して、お目当ての本の場所へ直行すると、他には目もくれずにそれを手に取り、レジへと向かうよう心がけていました。

    音楽は耳からの情報ですし、本は目からの情報であるため、あまり関連性がないようにも思うのですが、もしかしたら共通の何かがあるのかもしれないと、ふと思ったしだいです。


    因みに、頭痛の軽減には、ガーシュインの「パリのアメリカ人」やベートーベンの「ロマンス・ヘ長調」なども効果的だという実験結果が出ているそうです。

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一時間悩んでさっさと忘れる [心理の不思議 4]


一時間悩んでさっさと忘れる


    以前、野球賭博で前代未聞の退職金なしの解雇処分になった大嶽親方。

    先のテレビインタビューでは泣きの涙で元大関琴光喜を庇っていた姿とは裏腹に、最後の会見では、「もう、謝ったでしょ」と、いたってサバサバした表情であった。

    さすがは元貴闘力。いつまでもウジウジと引き摺らない勝負師の性格が出たなと、呆れながらも感心した。

    いつまでも自分の言動に固執し、「あんなことをしなければ良かった」「あんなことを言わなければ、あの人を傷付けずに済んだのに・・・・」などと悩み続ける人は、身体や心にストレスをためまくるばかりで、運勢までもマイナスに働くのだそうである。

    良いか悪いかその人の人間性はさて置くとして、悩む時は徹底して悩んでも、そのあとはさっさと忘れる方が人として大成するのだそうだ。

    一つの失敗にこだわっていると、それが気持ちの中で大きく広がり、再び同じような状況になった際、そのことに気を取られて肝心なことが見えなくなってしまうのだという。

    自分の発言のミスが増えると、ますます言葉が出なくなり、ストレスもたまり自信をも失う。

    そうなってしまうと、自分で自分をがんじがらめに縛りつける状態となり、とても成功や飛躍は難しくなるのだ。

    こういう時は、「相手はこちらが気にしているほど、その言動に執着してはいない」と、思うことが正解で、事実、そういうものらしい。

    それでも、どうしても気になって仕方がない時は、一筆相手に謝罪の手紙を送るのがよいという。

    書くことで自分の心のわだかまりも薄れるのだという。

    また、手紙をもらった方も、詫びられて悪い気がする者はいないはずである。





    と、まあ、一般的には言われているが、手紙を送っても決して相手を許そうとしない執念深い人間もいる。

    そうした精神状態の人間も稀ではあるがいることは事実なので、とにかく、相手が何を考えていようが、自分はきれいさっぱり忘れることが出来た方が世の中勝ちなのかもしれない。

    「あっさり忘れろ自分の失敗。とことんほじくれ他人の失敗」

    こんな言葉が一時はやったが、出来ればわび状を書くことでストレスもろともさっさと整理してしまうことが望ましいようである。



    

    

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オープナー [心理の不思議 4]


オープナー



    「オープナー」といっても、別に缶切りのことではありません。(笑)

    要は、他人が悩みや個人的な問題を相談しやすく、また、そういう秘密の話を引き出すテクニックに優れている人をこう呼ぶのだそうです。

    では、ここで、あなた自身にオープナーとしての素質があるか否かを調べてみましょう。


    1)  打ち明け話をされることが多い。

    2)  聞き上手と言われる。

    3)  自分といると相手はくつろいだ気分になるようだ。

    4)  人の話を聞くのが好きである。

    5)  相手が何を考えているのか、話すように促すことがある。


    この質問に三個以上〇の付く人は、「オープナー」だと思われます。

    人が、自分のことを聞いて欲しくなるという人には特徴があると言います。


    A  相手としっかり目を合わせて話が出来る。

    B  相手の気持ちを聞く時は、いつも肯定の相づちを欠かさず、穏やかで好意的な反応を示してくれる。

    C  相手の話に好意や興味を示す態度で話を聞いてくれる。


    こんな特徴を持つ人には、他人も心を許し、今まで誰にも言わずに悩んでいたことなどを打ち明けることが出来るのだそうです。

    ところが、こういう「オープナー」を自称する人の中には、時々思い違いをしている人もいて、自分の方が社会的力関係が上であるにもかかわらず、「部下は何でも話してくれる」などと、間違った認識を持っている人も多いのです。

    つまり、オープナーの立場は、常に相手に対して特別の影響を及ぼさない対等な力関係であることが重要なのです。

    何故なら、もしも、オープナーの方の力が相談者よりも大きい場合、話を促すことは一種の「命令」となりかねないため、相談者が必ずしも真実を語るとは限らないからなのだそうです。

    ある小学校教師で「子供たちは、自分を信頼し、いつも色々な相談や悩みを打ち明けてくれる」と、オープナーを自認していた女性がいたのだそうですが、子供たちの本音は、「あの先生には本当のことを話せない」という、まったく正反対の答えだったというのです。

    どうして、このような意識のギャップが生まれるのかというと、そこには、「教師は児童に点数を付ける人間」と、いう立場的に対等でない事実があるからなのでした。

    自分の成績を気にする子供たちが、女性教師の前で良い子を演じることなど当たり前です。

    相談する悩み事でさえ、どんなことを話せば先生が喜ぶかということまでもリサーチした上で相談していた子供さえいたのだと言います。

    これでは、本当の「オープナー」とは言えません。

    他人に自己開示をするということは、かなりの勇気や決心を必要としますが、ひとたびオープナーに気持ちを打ち明けることで自分の内面が整理され、客観的に自分自身を見つめることが出来るようになるきっかけにもなるのです。

    ですから、オープナーの立場は、実に難しく、常に慎重でなければならないのです。

    ところが、最近の軽々しい人間関係では、そういう自覚がほとんどない人がオープナーを気取り、また、相談を持ちかけた方もそのオープナーの好意を平気で足蹴にすることもあるのです。

    特に、ネットの社会では、この似非オープナーが増殖中で、秘密を打ち明けたばかりに煮え湯を飲まされたというケースがとても増えていると聞きます。

    これからは、本物のオープナーと偽物のオープナーを見分ける目も必要な時代になるのかもしれません。

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人は、服装で判断される [心理の不思議 4]


[ブティック]人は、服装で判断される

    
    以前、「人は見た目が大事」と、いう話題が新聞紙上で議論されたことがありましたが、心理学上では、大事か否かは別にしても、人は見た目にかなり影響を受けることが判っているそうです。

    一人の男性が始めはネクタイを締めた背広姿で、堂々と赤信号で横断歩道をわたると、驚いたことにそれを見ていた信号待ちの数人の人たちまでもが、その男性について赤信号にもかかわらず道をわたり始めてしまったのだそうです。

    その後、今度は、この男性はラフなTシャツジーパン姿で同じように赤信号で横断歩道をわたったのですが、これを見ても誰一人真似をしてわたろうとする者はいなかったのでした。

    つまり、最初の男性は背広姿の紳士であることから、このスタイルを一種の常識的権威の象徴として人々が認識していたために、彼の行動は間違いがないと思われてしまった証拠なのです。

    しかし、その後のTシャツとジーパン姿には、この権威が感じられなかったために、周囲の人たちは、単に「ルールを守らない変な奴」としてしか男性を見ていなかったということなのです。

    こういうことからも判るように、人間は間違いなく服装で人を選別しているのです。

    人を見た目で判断してはいけません-----とは言いますが、社会生活を営む人にとっては、どうしても払しょくできない概念として深層心理に刻み込まれているものが、「見た目」なのです。

    白衣を着ている人には、一目置くということも同じ意味ですし、警察官や消防官などの制服を見ただけで緊張するという心理もこれと似ています。

    アメリカでは、かつてスーツ姿の実に真面目そうな男性がドラッグストアで強盗を働いた時、銃で脅されてレジのお金を渡さざるを得なかった店員でさえ、警察官の質問に対して「とても礼儀正しくて、言葉づかいも丁寧な立派な紳士だった」と、強盗を褒めるような言い方をしていたというのです。

    もしも、初対面の人に自分をよく印象付けたいと思うのならば、それなりに身なりにも気を配ることが必要だということのようです。もしも、素の自分を見せたいと思うのならば、その後に気心が知れた頃を見計らってからでも遅くはないと思います。

    因みに、昔の人は「金を借りに行く時は一番いい着物を着て行け」と、言ったそうです。つまり、今で言うところの『勝負服』と、いうものですね。これだけ立派な身なりの人ならば、間違いなく返済してくれるだろうと、相手を納得させる効果を期待していた訳です。

    また、夫の愛人のところへ妻が乗り込むような場合も、「これでもかというほど化粧をしてめかし込んで行け」と、言ったそうです。美しさで愛人を圧倒して、「奥さまには勝てない」と、思い込ませるように仕向けたのだそうです。

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男女の視線の面白さ [心理の不思議 4]


男女の視線の面白さ



    最近は、人の目を見ないで自分の好きなことばかりを言い続ける人が増えて来ましたが、それは、会話とは言えませんね。

    年配の女性の中には、逆に相手の目をじっと見つめ続けながら、相手に視線を外させまいと、つまり自分の話を聞かせ続けようとする技巧派も出てくる始末ですが、これも、会話とは言えません。

    そういう人たちは他人の話など聞きたくないのです。自分のしゃべりだけを聞いてくれればいいという態度なのです。

    もはや恋愛感情などはどうでもよくなった形振り構わずの人たちならば、こうした視線で顰蹙を買うことも特段気にしないのでしょうが、まだ、相手から自分がどう思われているのかが気になる若い人たちは、こんな視線の配り方では人間関係に無理が生じるというものです。

    そんな訳で、男女の視線について考察すると、面白いことが判ると言います。

    男女ともに好意を抱いている相手の目は良く見る傾向があるのですが、男性は、自分が聞き役に回っている時、女性の目を見つめる傾向があり、逆に女性は、自分が話す側に立っている時に、男性の目を見つめる傾向があるのだそうです。

    お互いに目を見ている時は、まだ話がしたいという意思表示なのですが、どちらかが視線を外した時は、外した方が「もう、話を終わりにしよう」と、思っているのです。

    それを構わず話し続けると、「うるさい人だな」とか、「面倒な人だ」と思われてしまい、せっかくの好印象も台無しになると言う訳ですね。もちろん、好意とは関係なく、相手がうるさがっても言っておかねばならないことは言うべきですが。

    つまり、お互いに恋愛感情を持っている男女は、女性が話し続け、男性が聞き役に回っている時、見つめあっている場合が多いということになりますね。

    また、どちらかというと女性は相手の男性のことを特別に感じていない場合でも、良く視線を合わせて来る時があります。

    これは、女性の方が男性よりも自分が他人からどう見られているのか気にする性格なので、良い印象を与えたいがために、わざと視線を合わせて来るのです。

    初対面にもかかわらず目を見つめて来る女性に対しては、「この女性はよほど自己顕示欲が強いな」と、思って正解だそうです。別に、男性のあなたに好意を感じている訳ではないので、勘違いしない方が賢明ですね。

    ただし、一般的には10秒以上視線を合わせ続けると相手に不快感を与えると言われます。

    好意を持っているか否かは置いておくとしても、お互いの会話をスムーズに運びたいのであれば、相手の目を3秒見詰めて視線を外す。----これが、大事なのだそうです。

    アイコンタクトの3秒ルール----会話上手な人は、これを無意識のうちに行なっているのだそうです。

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すれ違いざまの心理 [心理の不思議 4]


すれ違いざまの心理


    公共の施設の廊下で人とすれ違う時、その相手がまったく見ず知らずの他人でも何故か緊張することってありますよね。

    声に出して挨拶をするべきか、無視して通り過ぎてもいいものか、会釈ぐらいでお茶を濁す方が賢明か?

    そんな色々な考えが一瞬のうちに頭の中で渦を巻くようなこと、ありませんか?

    それが気まずくて、わざと視線をあらぬ方向へはずしてみたり、前をまっすぐ見たまま相手には気付かない風を装ってみたり、仕草がぎこちなくなることって、ままあるものです。

    わたしが街中を散歩している時、向こうから歩いてきた年配の夫婦連れの観光客に、いきなり会釈をされたりすることもあるのです。

    時には、声を出して「こんにちは」と、言って通り過ぎる人もいます。

    女性同士の場合は、意外に抵抗感なく自然体でそういう挨拶が出来ますが、相手が男性となると、こういうことは少々違和感が伴うために、その年配男性たちは、すれ違う際、不思議と皆さん同じような仕草をするのです。

    それは、咳払いです。

    わたしは、これまでも何度も見ず知らずの男性たちと散歩の途中ですれ違いましたが、たいていの男性たちがまるで判で押したように、すれ違う瞬間に「ゴホン!」と、一つ咳払いをするのです。

    どうして、このような反応が出てしまうのでしょうか?

    それは、女性と近距離ですれ違うという一種の緊張感がなせる業のようで、黙って通り過ぎることにわずかながら罪悪感を覚えているせいのようです。

    見ず知らず同士なのだから黙って通り過ぎても当たり前なのですが、それが何となく失礼なことをしているように感じてしまう。それをごまかすために咳払いをするのです。

    つまり、社会生活を長年続けてきた年配の男性たちの感覚だからこそ、つい出てしまう「咳払い」なのでしょう。

    しかし、これが若い男性となると、そんな感覚は皆無のようで、道で誰とすれ違おうがまったくの知らん顔です。中には、すぐ近所の住人であることが判っていながらも、挨拶をしない青年だっています。

    社会で揉まれ続け、人と人のコミュニケーションがどれだけ大事かということを実感しているお父さん世代の人たちは、たまたま観光に訪れたような見知らぬ土地でも、相手に自分の印象を悪く取られたくないと思う習慣を捨てきれずにいるようで、真面目な人ほどすれ違いざまには緊張を強いられるのではないかと思うこの頃です。

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嘘をつくなら一歩近づけ [心理の不思議 4]


嘘をつくなら一歩近づけ


    あなたがどうしても相手に嘘をつかなくてはならない時、近くで話をするのと、やや遠くから語りかけるのとでは、どちらが嘘をつきやすいですか?

    おそらくは、やや遠くから話した方が嘘をつきやすいと思います。

    人間の心理としては、面と向かっては嘘をつくのがどうしてもはばかられ、無意識に相手との距離を取ろうとするのが普通なのです。

    そのため、どうしても自分の嘘を相手に悟らせないようにするためには、むしろ、一歩相手へ近付くように距離を詰めてから話を持ち出すことが大切なのです。

    人と人との距離には、実に微妙な影響を及ぼす効果があり、誰かを自分の意見に賛成させるためには、そのターゲットとの間を50センチほどに保つ必要があると言われています。 

    この50センチという距離感は、ちょうど片方の人が腕を伸ばした長さで、相手の肩に触れるのに適した距離でもあります。

    かつてのソ連のゴルバチョフ書記長は、この距離を称して「相手と足で蹴り合える距離」と、言ったそうです。

    つまり、他人同士でもそれだけ親密な話し合いが可能な距離だということなのです。

    また、面白いことに、会議などで自分から離れた席に腰かけた人は、自分に対して批判的な考えを持っている人だと思いがちですから、そういう離れた位置に腰かけた人がむしろ好意的な意見を述べた時、人は、「あいつは、わたしに対してごまをすっているんだ」と、受け取るのだそうです。

    ところが、少し遠くに座る人は自分に批判的な考えを持っているに違いないと、思い込んでいる場合、そのやや遠くに座っている人がその通りに批判的な意見を述べた時、人は、「これは、わたしのためにあえて苦言を呈してくれているのだ」と、肯定的に受け取ることが多いのだとか----。

    つまり、相手を褒める時は、片腕を伸ばしたくらいの近距離で話し合い、相手の意見を否定したり苦言を呈する時の距離は、お互いが腕を伸ばし合い指先が触れるくらいの距離が、相手に無用の反感を抱かせずに説得できるベスト・スタンスだといえるのだそうです。 

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男の本心は言葉よりも行動で見抜け [心理の不思議 4]


男の本心は 言葉よりも行動で見抜け


    「あなた、わたしのことが好きなの嫌いなの?」

    「そんなこと判っているじゃないか・・・・」

    「判らないから訊いているんでしょ!」

    「何で判らないんだよ。おれくらい判りやすい男はいないと思うけれどな」



    付き合い始めた男女が、時々、喫茶店の片隅などで交わしている会話ですよね。

    どうして、太古の昔からこの手の口論が絶えないのかといいますと、もちろん、そこには男女の微妙な心理の違いがあるのです。

    でも、この二人も、間違いなくお互いを好きなのです。

    だったら、いちいち口に出さずとも良いのではないかと思うのですが、それがそうもいかないのが女性なのです。

    女性は、はっきり言って「言葉で相手を信用する動物」なのです。裏を返せば、言葉が伴わない恋愛は恋愛ではないのです。言葉といっても、別に声という意味だけではありません。表情でも文字でも仕草でもなんでもいいのですが、そうした表現方法を用いての現実的アプローチがないことには、相手を100パーセント信用できないのです。

    しかし、男性はこれとはちょっと違います。

    多くの男性にとっては、言葉は単なる信号に過ぎませんから、「この娘を自分に振り向かせたい」と、思えば、どんな軽慮な言葉でも平気で口から出すのです。

    「きみ、可愛いね。今度一緒にドライブでもしない?」

    ドラマなどで見かけるベタな誘い文句ですが、意外に一般の男性もこれと似たりよったりの言葉で女性の興味をひいているのです。

    ところが、付き合い始めた頃は頻繁にその女性の良いところなどを持ちあげていた男性が、ある時期からパッタリと女性を褒めることも優しい言葉をかけることもしなくなります。

    そこで、女性としてみれば「あの人、わたしのことが嫌いになったのかしら?」と、一気に不安になり、上記の台詞となる訳です。

    ところが、男性の方はそれとはまったく逆で、「おれときみは、もう言葉でとやかく言う間柄じゃないだろう。それほど、おれはきみに気持ちを許しているんだよ」と、いうことになるのです。

    その証拠に、そういう男性は言葉は発しなくても、常に女性の近くにいるはずなのです。男性は、誘い文句には長けていても、その後の恋愛言葉にはまったく無器用な人が多いのです。 

    ですから、あとは必死で自分の思いを行動で示そうとするので、女性はそれを見落としてはならないのです。

    もしも、男性が女性のことを本当に嫌いになるとか、女性に興味がなくなった場合も、「きみのことが嫌いだ」「もう、飽きた」などとはおそらく言わないでしょう。    

    まあ、中にはそういうはっきりとした意思表示をする男性もいるでしょうが、ほとんどの男性は、自然消滅を目論みます。

    これもやはり、行動で示す訳です。女性のメールにいつまでも返事をしない。女性が電話をかけても常に留守電状態。メールアドレスを変えてしまうとか、万が一電話に出ても「今忙しいから・・・・」「悪いけれど、会社にいる時はかけてこないでくれるかな?」などと、言い訳をするはずです。

    しかし、女性は、「言葉の動物」ですから、はっきりとした意思表示がないうちは一年でも五年でも待つことだってあるのです。

    時には、男性が既に別の女性と結婚しているにもかかわらず、「わたしって、まだあなたの彼女よね」などと言って、男性の家へ押し掛ける人もいるくらいですから・・・・。

    だから、男性がこうした冷遇的行動を女性にとるようになったら、言葉の「さようなら」はなくても、女性はある程度察する覚悟も必要だということです。

    しかし、どっちにしても、面倒くさい問題ですけれどね。

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