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リハビリは目標を持って [日々の雑感]

こんばんは。


 ほぼ一年ほど、寝たきりのような状態だったわたしは、副甲状腺を除去する手術の後も、足のひどいむくみなどもあって、ほとんど歩くことができない状態でした。

 点滴台を持ちながらだと、それを杖がわりに何とか歩行出来ましたが、これがないと、ほんの五メートルも自力で歩くことは難しかったのです。

 それでも、病院としては、外科的治療が一通り終わった患者を、何時までも入院させておくことは出来ません。わたし自身も、早く退院したいばかりに、何とか自力で歩けるようにと、病棟の廊下に備え付けられている歩行訓練用の手すりを使い、必死で歩く練習をしました。

 すると、長い廊下の一番端に、必ず一人の若い医師が立ってこちらを見ているのです。その医師の姿は、わたしのいる位置からは逆光で黒いシルエットにしか見えないのですが、それが、わたしの手術を担当してくださった医師であることは、はっきりと判りました。その先生は、わたしが近くまで行くと、さっと姿を隠すように見えなくなるのですが、わたしが元来た廊下を戻り始めると、また、前方に姿を現わして、じっとこちらを見ているのです。

 こんな歩き方しか出来ないまま退院させなくてはならないことを、その先生も、気にされていたのかもしれません。

 わたしは、その後退院してからも、杖を使いながら、自分で言うのもなんですが、かなり一生懸命歩く訓練をしました。痛み止めを飲みながら、正にへたばりそうになりながら、家の周りを十メートル、三十メートル、五十メートルと、次第に歩く距離を増やし、ある日の通院日に、診察室までの廊下を杖なしで歩いて入室したところ、その先生は、本当に喜んで、

 「今日は、杖なしで来られたんですね。よかった----」
  
 と、おっしゃって微笑みました。自宅にいる間も、別の診療科との診療日の調整で電話をすると、すぐに直接出て下さって、毎日のように手術をして大勢の患者さんを担当されているのにもかかわらず、「足の様子はどうですか?おうちの階段は、何とか上り下りできるようになりましたか?」と、カルテも見ずに、即座に、訊いて下さるなど、その記憶力と、患者に対する真摯な気持ちに、わたしは、感謝すると同時に驚いてもいました。

 そんな担当医の励ましがあったことで、わたしは、何とか、根性のリハビリを続けることが出来、現在は、ほぼ以前と変わらない歩行で(自分では、そう思っているのですが・・・・)、杖なしで歩けるようになりました。

 リハビリは、正直、辛いです。かなり、心身ともにダメージも受けますが、痛くても、辛くても、地道に続けることで、亀の歩みではありますが、少しづつ前へ進んでいけるものなのです。でも、それには、やはり、一人の力では限界があるように思えます。そんな時、そっと背中を押してくれる医師や友人、家族のさりげない励ましが、とても大事だと気付きました。

 今思うと、わたし自身も、自分のためであることはもちろんなのですが、あの担当医の先生のためにも頑張らねばならないと、思った気持ちが大きかったと思います。

 その先生は、「ぼくは、何処へも行きません」と、言っておられましたが、大学病院の要請で、一昨年の七月に別の病院へ転勤して行かれました。

 この体験から、わたしは、リハビリには目標となる物が必要だということを、認識しました。それが、たとえば、身体が動けるようになったら、家族で旅行しようという目標でもいいですし、愛する人の笑顔をみたいという目標でもいいでしょう。子供たちと、もう一度かけっこをしたいと言っていた、元プロ野球選手の清原和博さんの例もあります。

 しかし、リハビリは、わたしのように自己流でただがむしゃらに頑張ればいいというだけのものではありません。ちゃんと、専門の理学療法士や作業療法士の方々のアドバイスに沿ってされる方が、より確実な成果が現われるものと思います。

 わたしの身体は、一時、百歳の人の体力や骨密度にも劣ると言われたのですが、それが、ここまで回復出来るのですから、何事も継続が大切なのだなァと、実感しました。

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入院病棟24時 Ⅳ [日々の雑感]

こんにちは。


 入院中、わたしは、夜になると、よくトイレと格闘していました。
  
 ある時は、トイレの個室内の電気がうまく点かず、真っ暗な中、たった独りであちこちのスイッチをいじりまくり、どうしても判らず、ナースステーションへ看護師さんを呼びに行き、ようやく点灯。トイレへ入ることが出来ました。

 また、ある時は、わたしが入った個室の便器が詰まっていたため、何とか独力で詰まりを改善しようと奮闘。便器の中まで手を突っ込んで、これもやっとの思いで、詰まりを直したのです。

 そんな訳で、看護師さんたちは、昼間はぐったりしているのに、暗くなると動きの鈍い身体で病棟を歩き回るわたしのことを、かなり不思議に思っていたようです。

 また、消灯過ぎに、無性にお腹が空いて来て、点滴台を転がしながら、階下の自動販売機コーナーへ辿り着き、既に照明の落ちた廊下の、自販機の明かりだけの中で、ぼうっと立っていたわたしを、ちょうど、医局の部屋から出て来た顔見知りの外科の先生が見て、

 「おおっ!」

 ----って、何なんですか?わたしを、お化けか何かとでも思ったのでしょうか?(^_^;)

    
    
 そして、ある日のこと、同じ病室の身体の不自由な年配の女性が、ベッドの脇においてあるポータブルトイレで用を足そうと、周囲のカーテンを閉めて、パジャマのズボンとパンツを下ろしたところへ、タイミング悪く、別の患者の担当の男性医師がみえ、これが何を思ったものか、間違えて、声もかけずに、その女性患者が入っているカーテンをいきなり引き開けたものだから、さあ大変!

 「ヒャーッ!!」

 「ワオッ!!」

 お互いにびっくり仰天する破目に。先生は、大慌てで、「ごめんなさい」を言いながら、カーテンを閉めたものの、その女性は、いたくご立腹。「年寄りだからって、女であることには変わりないのよ!失礼ね!」と、もうカンカンでした。

 でも、わたしは、布団をかぶり、声を殺して、涙が出るほど笑ってしまいました。(((^◇^)))

 いや~、この病院は、色々な意味で、何とも退屈しない愉快なところでした。わたし以外の患者さんの中にも、「今までも何度か入院体験をしているけど、こんなに楽しい入院は初めてだったわ」と、いって、退院して行かれる方もいました。

 ただでさえ、憂鬱になる入院生活です。少しでも、明るく楽しく送りたいですよね。

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日本の女性は美しい [日々の雑感]

こんにちは。


 この記事は、以前、別サイトでアップしたものです。



 『日本の女性は美しい』-----これは、資生堂が販売している、シャンプー「TSUBAKI 」のキャッチコピーです。

 テレビコマーシャルは、SMAPが歌う「ウェルカム、ようこそ日本へ、きみが今ここにいること-----」という、如何にも女性心を高揚させるようなバック音楽が流れ、画面には、今をときめく美しい女優たちが、長い手足を伸びやかに、しなやかに動かしながら、街を歩いて行くという、実にシンプルな構成になっています。

 このシャンプーは、2006年三月の発売と同時に、女性たちの圧倒的な指示を受け、一気に業界シェアのトップに躍り出ました。そして、2007年九月には、先の赤いボトルに加え、ダメージケア用の白いボトルの「白いTSUBAKI」も発売され、現在にいたるまで、シャンプー市場の売り上げトップを維持しています。

 この資生堂戦略の見事なところは、このシャンプーに、特別の高級感を持たせて売り出したところにあります。とはいっても、価格は、それほど高価という訳ではありません。要するに、イメージの高級化です。
 
 同社は、これまでにも様々な種類のシャンプーやトリートメントを量産して来ましたが、今回は、この「TSUBAKI」シリーズ一本に絞って、市場展開を試みた訳です。そこに、必然的な唯一無二の高級品イメージが生まれ、加えて、常にテレビドラマなどで活躍している女優達の姿が、消費者の女性たちに親近感を与え、更に、追い打ちをかけるように打ち出されたのが、

 「日本の女性は美しい」------と、いう、このキャッチコピーです。

 これまでのシャンプーや、トリートメントのコマーシャルは、綺麗なモデルが長い髪の毛をさらさらとなびかせて、「このシャンプーやトリートメントを使うと、あなたも、このように美しい髪になりますよ」と、いった類の物が大半でしたが、大多数の女性たちは、「そんな訳ないじゃないの。あんな髪は、美容師が何日もかかって綺麗に手入れをし、その上で、映像効果を駆使して撮影したものなんでしょう」-----と、いった極めて冷めた感覚で受け止めていたものです。

 ところが、今回、資生堂は、「そういう『美』は、特定の女優やモデルだけのものではなく、日本女性は全員が既に持っているものなのだ。だから、日本の女性は美しいのだ」と、高らかに宣言した訳ですから、これを受けた女性の消費者たちは、今までの劣等感をかなぐり捨てて、「もともと美しいわたしたちが、より美しくなるためには、『TSUBAKI』を、使わなくては」と、なる訳なのです。

 SMAPは、歌います。「きみが、ぼくのいる、この日本に生まれて来てくれたこと、このとびきり素晴らしい運命に、心からありがとうを言うよ」と------。

 これにより、日本女性たちの自らへの期待は、確信へと変わったのです。そして、その自信の裏付けが、資生堂の「TSUBAKI」という訳なのです。こうして、彼女たちのハートをがっちりと握った資生堂戦略は、次の世代へと向かって行きます。

 母親の愛用するものは、娘も愛用するという、いわゆる「のりたま現象」です。

 これからは、以前のような急激な経済成長が見込めない化粧品業界にとって、如何にして、今までのお客を手元に引き付け続けられるかが、勝負なのです。

 今後も、資生堂は、「わたしは、誰が何といおうと美しいのだ!」と、確固たる自信を芽生えさせた多くの女性たちと共に、「美」の王道を、驀進(ばくしん)して行くことでしょう。

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コロッケをナイフで食べる [日々の雑感]


おはようございます。


 この不況下では、夕食にステーキを食べるなどという贅沢は夢のまた夢というご家庭も多いことでしょう。

 我が家も、そんなところです。でも、このような閉塞的時代でも、気持ちだけは贅沢に生きたいものですよね。



 何年か前まで、わたしは、小原流の華道を習っていました。

 一応これでも、二級教授の資格を持っています。一級準教授の免状を下さると、本部から二度ほど通知が来ましたが、最近は、お稽古をしていないので、ご遠慮しました。

 それに、、一級準教授ともなりますと、会費や免許料もかなりの額になりますから、とても手元不如意の現在は、そんなお金は出せません。

 ある夏の日に、そんな、華道のお稽古先で、やはり生徒さんのホテルや旅館の女将たちとお茶をしていた時に、「人間の質」というような話題で、盛り上がったことがありました。

 あるホテルの女将は、「人間の質は、子供の時からの情操教育で、ほぼ決まると思う」と、言います。

 つまり、掻い摘んで言うと、「子供には、本物を体験させろ」と、いうことなのです。

 味にしても、音楽にしても、スポーツにしても、中途半端なものではなく、一流のものを経験させてこそ、人格はしっかりと育つのだというのです。すると、他の女将が、

 「でも、そんなお金、うちにはないわ。一流料亭や、世界的音楽家の演奏なんて、そう簡単に食べたり聞いたりできる訳じゃないでしょう?」

 と、言うと、ホテルの女将は、「別に、毎回ということじゃなく、たまに、家族で食事をしたり、コンサートへ出かけたりする時でいいのよ」と、言います。

 つまり、一流を一度も知らずに大人になると、いざという時、その物の真偽のほどが判らず、自分に自信が持てないため、ここぞという一歩が踏み出せなくなるというのです。 

 「それにしても、そこまで、子供に手をかけるということも、難しいんじゃァないの?」

 別の女将が言いますと、ホテルの女将は、「それなら、こういうことなら可能なんじゃない?」-----と、いうことで、こんな提案をしました。

 「もしも、家でコロッケを買ったとするでしょう。普通は、お皿に取ったら、ソースをかけて、そのままお箸で食べるわよね。でも、その時、お母さんが、『今日は、洋食だから、レストランみたいに、ナイフとフォークで食べましょうね』と、言って、コロッケにキャベツやトマトを添えて、ソースの味も、少し洋食風に工夫して、フォークとナイフを揃えて食卓に出したら、それだけでも、子供たちは、洋食レストランの雰囲気が味わえるんじゃないかしら。要は、気持ちの問題なのよ。大事なことは、たとえ貧しい食事でも、貧しい気持ちで食べれば、その子供の性格は、貧しいままになってしまうけれど、優雅な気持ちで食べれば、子供は決して卑屈にはならないと思うのよ」

 聞いていて、なるほどなァと、思いました。

 情操教育といえば、何だかひどく大層な問題のように思えますが、そういう身近なことでも、充分に教育出来るのだと、感心しました。

 家の中に、いつも花を飾るとか、夏には夏らしい涼しげな食器で食事をするとか、アイスクリーム一つを食べるにしても、ひと手間かけて、サイダーの中に浮かべてクリームフロート風にして楽しむとか、そんな時は、テレビを消して夏向きの音楽をCDなどで聴いてみるとか-----。

 考えてみれば、そんな簡単なことが、子供たちの心の栄養になって行くのかもしれません。

 他の女将たちも、目から鱗のような顔つきで、ふんふん頷きながら、聞いていましたが、わたしは、見てしまいました。

 そう言っていた、ホテルの女将がカップアイスのフタを開けたあと、何気に、そのフタの裏をペロリと舐めた瞬間を!

 まあ、情操教育は、うまく行っても、やはり、何処かで地金は出てしまうものなんだなァ・・・・。

 エレガントな大人になるって、難しいものなのですね。(^_^;)

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八方美人は、八方敵 [日々の雑感]


おはようございます。


 昔から、「八方美人は、八方を敵に回す」と、いう諺があります。

 周りに気を遣いすぎて、誰にも良い顔をしていると、それらの人たちとの付き合い方に矛盾が生じて、結局、優柔不断人間だと思われ、全員に嫌われてしまうという言葉です。

 あっちの人にも、こっちの人にも良い顔をして、AさんとBさんが仲たがいをしているのに、Aさんに向かって「あなたのいうことが正しい」と、言い、今度はBさんに向かって、「Aさんの言っていることは、間違っているよ。あなたの方が正しい」などと、平然と言ってのける訳です。そんな態度を取り続けていれば、いつかそのことがAにもBにも知れて、結果的に、「なに、あの人、その場限りのお世辞ばかり言って!」と、周囲の不信と怒りと買ってしまうのです。

 でも、そういう人に限って、自分は皆の良き相談相手で、みんなが自分を頼って来てくれる-----などと、大いなる自負心を抱いているもので、いつも、「わたしは正しい人間だ。みんながわたしのアドバイスを必要としている」と、本気で思っているのです。しかし、周囲が呆れた目で、その人を見ているということには、まったく気が付きません。

 まあ、考えようによっては、無邪気な子供のような可愛い人だと、言えなくもないのですが、聞く方にすると、「この人は、いったい誰の味方なのだ?」と、思い、腹立たしくなるのです。

 実は、わたしの周囲にもこういう類の八方美人がいまして、その人とどうしても立場上仕事をしなければならないということで、「会うたびに不愉快だ」と、嘆いていた女性がいました。その女性が、ある日、わたしに言いました。

 「わたし、やっと気が付いた。あの八方美人、結局は誰の味方でもないのよ。自分が一番可愛いの。周りから、いつもいい人だと思われていたいもんだから、ああいう嘘をつきまくるわけよね。でも、人間は、みんなが尊敬する人物なんかになれる訳ないし、十人の友達がいれば、三十人の敵がいる-----それが、当たり前なのよ。だから、わたしは、嫌なものは嫌だというし、間違いは間違いだと、はっきり言うことが大事だと思うのよ」

 まったく、その通りだと思いました。八方美人は、自分のことが大好きなんです。自分は、素晴らしい人間なんだと、いつも自慢していたいのです。俗人など相手にするような、小さい人間ではないと、心の底で思っていることが、つい、お門違いの人間愛に発展してしまうのでしょう。

 しかし、その人の言葉で、誤った認識を植え付けられて、右往左往と振り回される周囲は、本当に迷惑です。

 そういう八方美人-----あなたの周りにもいませんか?

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入院病棟24時 Ⅲ [日々の雑感]

 「わたしのパンティーが盗まれたァ!」

 外科病棟で同室だった一人の女性が、ある日突然叫んだのです。女性は、六十代後半の乳がん患者で、伊藤(仮名)さんといい、他にも色々な疾患を持っているため、この病室に既に一ヶ月ほど入院しているのです。が、もう入院生活にも慣れたもので、自分の下着類は、病棟内に設置されている洗濯機で自ら洗い、洗濯室の隣にある乾燥室に干して乾かしていたそうなのですが、その下着が乾いた頃を見計らって、取り込みに行ったところ、何故か、パンティーだけがなくなっていたのだそうです。

 「どんなパンティーなの?」

 同室の女性患者が訊きます。すると伊藤さんは、今にも爆発しそうなくらいの怒り顔で、

 「紫色の、フリル付の可愛いやつなのよ。すごく気に入っていたのに-----。それに、高かったんだから」

 「幾らぐらいなの?」

 「三千円はしたわ。それも、外国製なんだもの」

 六十代後半の女性が、外国製のフリル付のパンティーを履いているのか・・・・。わたしは、一瞬、その姿を想像し、何とも言えない鬱屈した笑い顔になってしまいました。(~_~;)それにしても、本当に盗まれたのでしょうか?伊藤さんの勘違いなのではないでしょうか?わたしが、そう思った時、女性看護師さんも同じことを考えたらしく、

 「仕舞い忘れということはないですか?もう一度、戸棚の中を見てみたら?」

 と、アドバイス。伊藤さんは、慌てて戸棚の中を捜しましたが、やはり見当たりません。そして、再び、乾燥室の中を点検するべく、その女性看護師さんと一緒に行ってみたのですが、やはり、見付からなかったそうです。

 「この病棟には、下着泥棒がいるのよ!やだわ!きっと、盗ったのは、男の患者の誰かなのよ」

 伊藤さんは、もう半ばパニック状態です。よほどのお気に入りのパンティーだったと見えて、今にも、看護師さんに犯人探しを依頼しそうな勢いです。わたしは、内心、入院するというのに、そんな高価なパンツを履いて来るなよ-----と、呆れ返りながらも、本当に、下着を盗む趣味のある人間が、この病棟にいるのだろうか?と、少々げんなりしていました。病気で入院しているのなら、治すことだけ考えていればいいのに、何で、そんな余計なことに労力を使うのかなァ・・・・。と、実に、馬鹿らしくもありました。看護師さんも、如何にも困惑顔になり、

 「伊藤さん、そのパンティー、どうしても必要なの?もし、着替えの物がなかったら、ご家族の方に代わりを持って来てもらうように、お電話したら?」

 「代わりなら、あるわよ。それに、もし出て来ても、変な男が触った奴なんて、もう履く気にはならないけれど、そういう変態が近くにいるなんて、気持ち悪いじゃないの」

 確かに、伊藤さんの言うことにも一理あります。そこで、 同室の患者の中でも世話好きの一人のおばさんが、

 「それじゃァ、もう一度だけ調べてこようか。洗濯物を洗い場に持って行く途中で何処かへ落としているってこともあるし、念入りに見て来るわ」

 そう言って、部屋を出てからしばらく経ち、やがて、戻ってきたおばさんの手には、一枚の紫色のパンティーがのっかっていました。これじゃないの?-----と、言いながら、おばさんは、まだ湿った感触のそのパンティーを、伊藤さんに渡します。

 「そう、そう!これよ!-----何処にあったの?」

 満面の安堵感で訊ねる伊藤さん。

 「洗濯機の洗濯槽に、へばりついていたわよ。あんた、中から取り出し忘れたんでしょ?」

 世話好きおばさんは、答えます。その言葉尻には、人騒がせも大概にしてよ----と、いう、うんざり感がはっきりと読み取れました。わたしも、まあ、これ以上の大騒動(おおごと)に発展しないでよかったと、ほっとしました。

 病院へ行く時は、極力、貴重品は持ち込まない方がいいと思います。それが、たとえ、フリフリのパンティーだとしても、万が一、紛失した時に大変な迷惑を周りの人たちに掛けることになりますし、ましてや、それが、病室内で起きた紛失事件などともなりますと、お互いの不信感が募り、あらぬ騒動を持ち上げる発端ともなり兼ねませんので、気を付けたいものだと、思いました。

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濁音と鼻濁音 [日々の雑感]


こんにちは。


 皆さんは、言葉を話す時、濁音と鼻濁音の区別をちゃんとつけて話していますか?

 濁音とは、例えば、「が」という文字を、「ga」と、発音する仕方で、鼻濁音とは、同じ「が」を、「nga」と、発音する仕方です。

 「ga」は、そのままストレートに音に出せますが、「nga」は、いったん鼻に音を引っ掛けてから「が」と、発音する訳ですよね。一般的に、この鼻濁音の発音がうまいのは、東日本側に住んでいる人たちで、西日本側の人たちは、比較的下手なのだと言います。

 下手というよりも、そういう言葉を生まれつき聞いていないために、発音の仕方が判らず、もしも、そういう発音を聞くと、不快に感じる人もいるそうです。

 しかし、日本人ならば、鼻濁音を話すことは当たり前のことで、それが出来ないということの方が、むしろ、異質なのです。

 NHKのアナウンサーは、新人教育で、この濁音と鼻濁音の違いを徹底的に練習させられるそうです。しかし、これを生れながらに使ったことのないアナウンサーは、この練習で挫折し、職場を去る例が少なくないということです。

 彼らが、最も悩むのは、どの言葉のあとは濁音でいいが、どの言葉のあとは、鼻濁音になるという区別が認識できないということなのだそうです。たとえば、「わたしが、好きな、かいがいの、がっこう」という文章があるとして、皆さんは、どの「が」が濁音で発声するもので、どの「が」が鼻濁音で発声するものなのかは、無意識のうちに理解していますよね。それは、信州人が、この区別に敏感な県民だからなのです。(答えは、最初の二つのがは、鼻濁音、最後の一つが濁音です)

 しかし、初めて聞く人には、その区別が全くつかず、これを覚えることは至難の技なのだそうです。

 発音は出来ても、日常会話で使えない。これでは、言葉のプロとしては、失格なのです。

 ところが、最近は民放テレビ局のアナウンサーやキャスターに、これがめちゃくちゃな人たちが大勢出て来てしまいました。その人たちが発音する、「が」、「ぎ」、「ぐ」、「げ」、「ご」の汚らしいこと。

 あまりに聞くに堪えず、県内某民放テレビ局へ苦情が殺到し、一人の女性アナウンサーが辞表を出したという話もありました。

 濁音、鼻濁音が完璧に出来るということは、それだけ言語能力に長けているということで、必然的に知能指数の高さにも影響してくるという報告もあるそうです。

 たかが、鼻濁音------。されど、鼻濁音------なのです。

 では、皆さんで、次の文章を朗読してみましょう。

 「まだ、あげそめし、まえがみの、りんごのもとに、みえしとき、まえにさしたる、はなぐしの、はなあるきみと、おもいけり」

 「ごご、ごじ、ごふん、ごじゅうごびょう」

 「あげぱんが、すきな、にんげんが、ならぶ、ぎんざの、みせは、どたぐつ、げんきん」

 上手に読めましたか? 

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入院病棟24時 Ⅱ [日々の雑感]


こんにちは。


 田舎の総合病院の外科入院病棟で起きる、様々な人間模様を、一患者でもある、わたしなりの視点から書いてみます。


 医師や看護師たちの来ている白衣は、一般の洗濯機で洗うことはタブーです。こういう白衣は、すべて危険物扱いですから、ちゃんとしかるべき業者さんに依頼して洗濯をしてもらうように決められているそうです。そして、これは、ある外科医に聞いた話ですが、白衣にも、丈の長い物や、短い物、長袖に半袖などがあり、看護師さんたちの白衣は特に、色もバリエーションに富んでいますが、毎日、自分の好きな物を選んで着ているのだそうで、わたしの入院した病院では、特段、今日はこれを着なさいというような決まりは設けられていないようでした。

 病院の食事は、その患者に栄養カロリーなどにも気を配った物が提供されますが、入院中に誕生日を迎えた患者さんの夕食には、小さなケーキが付きますし、このケーキは、クリスマスの日の夕食にも付きます。また、クリスマスが間近に迫った頃には、病院内でボランティアの人たちや病院スタッフなどによる、クリスマス音楽会が開かれます。曲は、讃美歌が主に演奏されますが、誰もが知っている歌謡曲などが演奏されることもありました。中には、讃美歌を聞きながら、涙を流す患者さんもいて、病気と闘う中で耳にするおごそかな曲は、特別に患者一人一人の胸を打つものがあります。

 そんなある日のこと、夜の消灯時間が過ぎたというのに、廊下で大声を上げている一人の男性患者がいました。看護師が自分の頼みごとをやってくれないとでも言っているようです。それが、何分も続くので、わたしと同室の七十代の女性が、その男性患者を黙らせようと、廊下へ出て行き、「静かにしなさい!何時だと思っているの。人の迷惑も考えなさい」と、命令口調で諫めたところ、その男性患者は、何と、彼女に向かって「うるせえんだよ!このばばあ。黙るのはお前の方だ」と、逆ギレし、ついに、男性看護師さんたちまでも出て来て、やっとの思いで、その男性患者を黙らせました。

 また、看護師に「おしっこをカップにとって、このビニール袋の中に入れて下さいね」と、言われたある男性は、いちいちカップにとって、また袋へ入れるなんて煩わしいと、直にそのビニール袋の中へおしっこをしていた光景も目にしました。つまり、そのビニール袋は、皆の行き来する場所にあるために、否が応でも目に入ってしまう訳です。これには、看護師さんたちも、やめるようにと男性を説得していました。

 また、ある女性患者は、六人部屋の自分のベッドの脇へ、毎日見舞いに来る自分のご主人を、いつも四六時中はべらせていて、時折、各ベッドを仕切るカーテンを隠れ蓑に、中で二人してじゃれ合いを始め、同室の患者に雷を落とされたこともありました。「非常識にもほどがある!ここは、ラブホテルじゃない!」-----本当に、その通りです。いったい、病院をなんだと思っているのか?大バカ野郎の夫婦もいたものです。

 トイレの洗面所で、水ばかりを大量に飲む老人。洋式トイレでは用を足したことがないので、我慢をしすぎて便秘になっていしまった女性。彼女は、ついに、洋式トイレの両脇に椅子を持って来て、そこの上に跨る形で、ようやく用を足すことが出来ました。早く退院したい思いから、毎晩の腕立て伏せを欠かさない五十代の男性。廊下の片隅で、禁じられている携帯電話取り出し、「もうすぐ退院できますから、その仕事は、別の奴に回さないで欲しい」と、必死で上司に掛け合っている四十代のサラリーマン。リハビリを、徹底して拒み続ける年配の女性。自分の過去について、延々と話し続ける男性などなど・・・・・。

 総合病院の入院病棟の一日は、波乱万丈かつ悲喜こもごもの人生が繰り広げられて行くのです。

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激  痛 Ⅱ [日々の雑感]


こんばんは。


 頸の副甲状腺を取り除く手術が終わると同時に、今度は、身体中の骨が血液中のカルシウムを急速に取り込もうとし始めます。

 その吸収の仕方は、すさまじく、とても口から摂取したくらいでは追い付きません。そのため、胸の静脈から直接カルシウム輸液を送り込むための中心静脈カテーテルを挿入し、一日に1.5リットルもの液体をどんどん注入して行くのです。

 そうなると、骨はますますカルシウムを吸収し出し、その時、身体中は、ものすごい痺(しび)れに襲われます。そして、その痺れは、さながら無数の剣山で身体中を刺されているような痛みなのです。

 頭をさわっても、顔をさわっても、皮膚に触れているという実感はありません。無数の針が出ている鉄板で身体を巻かれて、その上から撫でているという感覚しかないのです。

 そして、問題はそれだけではありません。身体の栄養失調が原因なのか、腎臓の機能がかなり低下しているために、カルシウムと共に入れる輸液の水分が体外に排出出来ず、その水が身体中の細胞に溜まり始めます。

 わたしの場合は、まず、左足の甲からむくみ始め、次は右足、更にそのむくみは次第に足の上部へと上って行き、両脚は、さながら丸太ほどの太さにまで膨れ上がり、それが下半身の方まで溜まり始め、ついには、肺にも水が溜まり始めてしまいました。それでも、骨のカルシウム吸収はおさまりません。もちろん、口からも一日16グラムものカルシウム剤を服用します。

 ここまで来ると、さすがの担当医の先生も、焦り始めました。これ以上身体に水分がたまると、肺水腫を起こし、呼吸困難で最悪の事態になりかねないとのこと。骨にカルシウムを入れないと、命にかかわる。かといって、これ以上輸液を入れ続けると、窒息死するかもしれない。-------正にジレンマです。

 この頃になると、わたしの両脚は、片足だけで約5キロの水分を蓄えてしまっていましたので、とても自力で歩くことなど出来ません。若い外科医の先生は、この足を見た瞬間、「わァ!」と、言って仰天し、病室を出て行ってしまいました。

 痛みも相変わらずで、そんなこともあり、手術前の予定の入院日数をはるかに超える病院生活となってしまったのです。

 その恐ろしいむくみは、今も完全には治っていません。(以前よりはかなり細くはなりましたが)ですから、わたしは、正座が出来ません。まあ、痛みの方は、かなり解消されてきましたが、それでも、曲がった背骨はまだ完全に伸びてはいませんし、体力もなく、毎日が懸命の状態で生きているといった有様なのです。

 でも、未だ若いうちに、骨がもろくなり筋力も低下した100歳の高齢者が、どのような痛みや辛さを抱えながら生きているのかという経験をしたことは、実に貴重な人生勉強でもあったと思っています。

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帰りたい場所は何処ですか? [日々の雑感]


こんにちは。

 
 養護老人ホームなどで生活をしている認知症の高齢者によくみられる症状に、「帰宅願望」があるといいます。

 「自分のいるべき場所は、こんな所ではないから、早く帰して欲しい」と、職員に頼むのだそうです。

 職員は、毎度のことなので、「ここが、〇〇さんの新しいお家なんだよ。お友達もいるから、寂しくないでしょう?」と、なだめながら高齢者を部屋へ戻すのだそうですが、十分も経つと、また、

 「家へ帰りたいので、送ってくれ」と、頼みに来るのだそうです。

 それがあまりに頻繁なので、一度、その高齢者がかつて住んでいた家へ連れて行けば、少しは納得してくれるのかと思い、自動車に乗せて連れて行くこともあるといいますが、何故か、その元住んでいた住居を見ても、あまり懐かしがることがない人が多いのだそうです。

 殊に、女性の高齢者にそういう傾向が見られるので、「あれほど、帰りたいと言っていたのに、どうして?」と、職員たちも不思議に思うのですが、その理由は、わたしには、とてもよく判ります。

 何故なら、職員たちがその女性高齢者を連れて行くのは、彼女の本当の家ではないからです。

 それは、嫁ぎ先のご主人の家であり、彼女が嫁として働いていた、いわゆる職場なのです。そんな職場に、何十年も住んでいたからといって、そこは、結局、最後まで彼女の家ではありません。

 つまり、そういう女性高齢者が帰りたい家は、彼女たちが生まれ育った実家であり、「帰りたい」と、言っている彼女たちのその時の精神年齢は、ほぼ十代の、人生の中で一番楽しかった頃に逆戻りしていることが多いのです。

 自分の父親がいて、母親がいて、いつ帰っても安心出来る最良の場所。-----彼女たちは、そこへ帰りたいと願うのです。

 こんなことを言うと、ご主人たちには気の毒かもしれませんが、結婚している間は、本当にご主人のことを愛しているように見える奥さまも、実は、その深層心理では、やはり、無意識の仮面をかぶっているものなのです。

 それは、たとえ自分の子供に対してでも、同様のことが言えるようです。子供の前でも、しっかりとした優しい母親を演じている彼女たちは、決して真の姿を見せません。

 認知症になり、再び心が子供時代に戻った時に見せる姿こそ、その女性の真実の姿なのではないでしょうか?

 わたしの家のご近所のおばあさんも、生前、わたしの父に、「段ボールと縄をもらいたい」と、頼んできたことがあり、父が驚いて、「そんなものをどうするんですか?」と、訊ねたところ、「これから実家へ帰るので、荷造りをするのだ」と、言うのです。

 でも、そのおばあさんの実家は、既に誰も住む人がいないので何年も前に取り壊されたと、聞いていましたから、父は、そのおばあさんの家のお嫁さんにそのことを伝えると、お嫁さんは、とても驚いていたそうです。

 この前、新聞に、こんな俳句が掲載されていました。

 嫁し経ても  心の春は  山向こう

 この家へ嫁いで来て、もう何十年も経つけれど、やはり、わたしの心の中に描く春の景色は、山の向こうの実家の家族と迎えた春なんですよ。

 そう考えると、高齢者の「帰宅願望」も、決して不思議なことではなく、人間なら誰しも懐く当たり前の気持ちなのではないかと、思うのです。

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