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今日は、暑かった・・・ [ちょっと、一息 40]


[ビール]今日は、暑かった・・・



    今日は一日風もなく、暑かった・・・。[あせあせ(飛び散る汗)]

    ところで、昨夜放送していた『貞子 3D』----何だか、貞子が怪獣のようになってしまっていて、ホラーというよりも怪奇アクションムービーの色が強く、あまり怖いとは思えなかった。

    特に、あの長い髪の毛がわんさと噴き出すようなシーンは、以前観た『チャーリーとチョコレート工場』の中に出て来る、チョコレート工場の従業員ウンパルンパの一人が、試作品を食べて毛むくじゃらになっている場面を思い出し、つい笑いがこみあげて来てしまった。

    まあ、お子さま向けホラーと思えばいいのだろうが、初期の同名作品の続編としては、かなり物足りない出来になっていた。

    今度また、新作が映画公開されるそうだが、こちらは初期の要素を取り入れた日本人好みのじわじわ怖さがやって来るストーリーになっているとのこと。

    『13日の金曜日』のジェイソンではないが、貞子も作品を追うごとにパワーが強化されているようで、何処まで強くなるのか興味津津である。

    それにしても、『貞子』という名前の女性たちは、どんな気持ちでこの映画を観ているのだろうか?

    わたしの中学時代の同級生にも、実は漢字も同じ『貞子』さんがいる。

    ものすごく頭が良くて、学級委員長をやっていた女の子だったが、その後は教師になったとか・・・。

    聡明な女性に多い名前なのかもしれないな。

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真夜中の呼吸音 [ちょっと、一息 40]


[夜]真夜中の呼吸音



    あまりに暑いので安眠のためにと、夜11時を過ぎた頃、アイス枕を冷蔵庫まで取りに台所へ行った。

    台所の照明をつけて、冷凍庫で冷やしてあるアイス枕を取り出し、部屋へ戻ろうとした時である。

    何処からともなく、奇妙な音が聞こえて来た。

    「スー、ハー、スー、ハー・・・」

    まるで、誰かが寝息を立てているような音だった。

    どうやら、音は、今来た台所の方から聞こえて来る。

    耳を澄ますと、台所の隣にある洗面所の天井あたりからしているようなので、もしや、また猫か何かが天井裏へ入り込んだのかと思い、じっと息を殺して天井付近へ意識を集中する。

    すると、しばらくして音はピタリと止まった。

    もしかしたら、外の虫の音か何かを息づかいと勘違いしたのかもしれないと思い直し、その時は部屋へ戻ったのだが、さらに一時間ほどして、もう一度確かめておこうと、台所へ向かった。

    と、また、あの音がしている。

    「スー、ハー、スー、ハー・・・」

    今度は先ほどよりも音が近くで聞こえる。

    その時、目の前にある台所と洗面所を区切るアコーディオンカーテンが、ゆらゆら揺れていることに気が付いた。

    そして、そのアコーディオンカーテンのすそにどういう訳かガムテープの切れ端がくっついていて、それがカーテンが揺れるのと同時に床にこすれていたのである。

    「シャー、サー、シャー、サー・・・」

    無意識のうちに、わたしが手を触れていたせいで、カーテンが揺れ、つられてガムテープが音を立てていたのだった。

    幽霊の正体見たり、枯れ尾花----。

    マジに冷や汗をかいた。

    もう、これ以上面倒くさいことが起きるのは勘弁して欲しいと思っていたので、呼吸音の正体が分かってホッとした。

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また、暑さが戻った [ちょっと、一息 40]


[晴れ]また、暑さが戻った


    
    今日は、また夏の暑さが戻ってきた。

    で、髪をカットしに・・・。

    節約のために、しばらく自己流で切ってはいたのだが、やはりだんだん格好が付かなくなり、やむなくプロにお任せすることにした。

    いつも行きつけの理容院へ電話をしたのだが、お休みのようだったので、別の美容院へ----。

    ベリーショートに近い感じにサッパリと切ってもらい、スッキリした。[るんるん]

    そこで聴いたラジオ放送で、今は女流競技麻雀士なる職業の人がいることを知った。

    二階堂さんという美人麻雀士なのだそうだが、最初、この世界へ入ると決めた時はかなり抵抗があったとか。

    「マージャンは、男性の仕事というダーティーなイメージがあったので、初めは躊躇した」

    と、言う。

    しかし、実家が雀荘を経営していたこともあり、妹さんが高校生の時にプロの競技麻雀士になると宣言。

    妹さん一人をそんな危険な世界へ飛び込ませるわけにはいかないと思い、保護者感覚で自分も入ったのだそうだ。

    今では、妹さんよりもマージャンの腕は上になり、G1と呼ばれる最高レベルの試合を制した押しも押されぬ女流プロになったのだという。

    マージャンのマの字も知らないわたしなんぞは、パーソナリティーたちと二階堂さんの会話に出て来るマージャンのルールなどはまったくチンプンカンプンだったが、彼女には多くの男性ファンもいるということで、世の中にはさまざまな業界があるものだと感心した。

    因みに、彼女の話によれば、マージャンを日本に紹介したのはかの明治の文豪・夏目漱石だったとか・・・。(注・夏目漱石が日本に麻雀を紹介した明治42年と同年に日本上陸第1号の麻雀牌を もたらしたのは日本語と英語の教師として中国四川省に赴任していた名川彦作という 人物である)

    かつてのマージャンは庶民の娯楽というよりも、上流階級の知的遊戯としての要素が大きかったようである。

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声なき声は賛成とみなされる [ちょっと、一息 40]


[ビール]声なき声は賛成とみなされる



    信濃毎日新聞の「山ろく清談」に、前中国大使の丹羽宇一郎さんの談話が掲載されていた。

    「(中国大使を務めて)2年半ぶりに日本へ帰って来たら、知的空気が非常に悪い。本当の自分の意見を言うと、疎外感を感じてしまうという意味です。政権側に反対する意見を言うと弾かれるというような。例えば、政権内にいろんな会議、協議会が立ち上がっていますが、ほとんどが賛成者の集まりになっています。これでは、本当の意味の改革になかなかならない。右傾化していると海外でも言われていますよ。----

    尖閣諸島購入計画について、私は英紙のインタビューで、『もし計画が実行されれば、日中関係に深刻な危機をもたらす』と発言し、日本国内からさまざまな批判を浴びました。おかしいんですよ。私は賛成も反対も言っていない。大変なことになりますよと言っただけ。(私の発言に)賛成だという人も結構いたんです。じゃあ、言ったらどうですかと、私が言っても、(公には)言わないんですね。声なき声は賛成になってしまいます。選挙の投票に行かないのも同じ。民主主義社会の中で全員が一致するというのは、気持ち悪いことです。異常な社会ですよ。

    第二次大戦前の日本とそれほど大きな差がないんじゃないですか。危ないですねえ。軍部に反対すると嫌がらせを受けるとか、殺されるとか、そういうのが怖いからみんな黙っている。そういう空気で対戦に入って行ったのではないですか。-----」


    政権内に生まれつつある疑問や矛盾を直に見て来た人物による、何とも実感がこもった談話だと思う。

    消費増税についての有識者会議も、一応賛成派、反対派の双方を招いているそうだが、これは、国民の中にアベノミクス効果が未だ浸透しきれていないため、政府としても来年度からの引き上げを強引に推し進めようとしている訳ではないとのパフォーマンスだという説もある。

    テレビ番組の街頭インタビューでは、もちろん消費増税に反対する声が大きかったが、中には、

    「将来の国民に大きな負担を背負わせるのは困るので、増税には賛成」

    と、言う女性店員もいた。が、その女性でさえ、増税で客が減るのは痛いと付け加える。

    おそらく、本音は反対なのだろう。

    マイクの前では本音が言えないような雰囲気が、既にじわじわと広まりつつあるのではないかとの不気味ささえ覚えた。

    TPP交渉の詳細も、国民には一切知らされていない。

    噂では、結局日本はかなり大幅な譲歩をせざるを得ない状況になりつつあるのではないかと、いうことである。

    ある消費増税反対派の政治評論家が皮肉をこめて話していた。

    「来年から、1%ずつ上げることになるかもしれません。最初は国民もそれなりに抵抗するでしょうけれど、そのうちに慣れてしまいますからね」

    でも、確実に生活保護受給者は増加するだろうな。

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インターネットは軽慮の温床 [ちょっと、一息 40]


[喫茶店]インターネットは軽慮の温床


    インターネットが普及したせいで、即断即決即答ばかりが求められ、熟慮出来ない人たちが増えているという。

    メールやラインはもとより、フェイスブックやツイッターでも、相手の相談や質問に対して即座に反応しなければならないという癖がついているために、一昔前ならば、一日二日、いや、問題によっては一週間も熟考した上で答えを出していたことを、ものの五分も経たないうちに即応しなければならないのが現実である。

    そのせいで、物事を極めて軽薄に考える習慣が常態化しているのが、今のネット文化といっても過言ではないようだ。

    たとえば、昔の学生たちは一つの疑問が浮かぶと、図書館に通ったり、教師を追いかけ質問責めにし、徹底的に自ら疑問と格闘して答えを導き出していた。

    ところが、今はネット検索するだけで、信じられないほど楽に答えが手に入る。

    知恵袋のようなネット上の質問コーナーへ投稿すれば、あらゆる人が一瞬にして回答を寄せてくれる。

    つまり、自分の頭でじっくりと思考する必要のない時代になってしまったわけだ。

    そのため、自分のこれまでの人生で培ってきた経験のみを正しいと信じる者も少なくなく、一方的な見方しか出来ない若者が増えていることで、例の「風立ちぬ」の喫煙シーン問題のように、時代背景を無視するような意見が公然と発表されたりするのであろう。

    今日、たまたまそうした若者たちの思考の浅さが話題に上り、ある女性が、

    「やっぱり、昔の文豪たちが書いた小説や評論をたくさん読むべきだね」

    と、語っていた。

    さすれば、携帯電話がなかった時代の人々の暮らしぶりも想像できるし、ネット世代とネットが存在しなかった頃に教育を受けた世代との物事の捉え方の違いも、察することが可能になるのではないかというのである。

    現代社会は、ある意味、まったく異なる二つの世界の空気を呼吸する人たちが共存している時代だといえる。

    生活にネットのあるのが当たり前と思う世代と、ネットなどなくても十分暮らしていけると考える世代だ。

    これは、かつて一度として人類が体現し得なかった、実に稀有な現象なのだそうだ。

    もしも、日本の自治体の中にネットや携帯電話がつながらない、もしくは必要としないながらも、日常生活にはまったく困らないという、古き良き日本そのものといった地域があったならば、手に入る情報量は本や新聞、ケーブルテレビ、ラジオ等からに限られるものの、そこに暮らす子供たちの想像力や知識、思考レベルは驚異的に発達するだろうという人もいる。

    このネット社会がどんどん成長し続ければ、今度はすぐにキレやすいネット高適応者だけが社会の中枢を握ることのできる時代がやって来るかもしれない。

    そして、ある水準以下しかネットを使いこなせず、思考も浅い低適応者たちは、彼ら高適応者の支配下に甘んじなければ生きていけない未来が来ないとも限らないのである。

    それもまた、今以上に格差のある生きにくい世界なのではないだろうか。

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東日本大震災にまつわる不思議なエピソード [ちょっと、一息 40]


[ぴかぴか(新しい)]東日本大震災にまつわる 不思議なエピソード



    昨日の大雨も上がり、秋風が感じられる涼しい一日だった。

    昨夜のNHK総合では、東日本大震災で肉親を亡くしたそれぞれの家族の悲痛な思いを特集していたが、中でも印象に残ったのが、「不思議な白い花」の話だった。

    大好きな父親を、まだ54歳という若さで津波に奪われた女性が語っていた。

    「震災後、ようやく父親の遺体が見付かったので、急いで遺体安置所へ向かったのだが、遺体に触れることが許されなかった。どうしても、最後に一度だけでも触りたかったのだが、ただ眺めるしか出来なかった。
    その時、気付いた。お棺に納められている父親の胸に、見覚えのある真っ白な花が一輪置かれていることに・・・。
    で、思い出した。
    自分の職場のげた箱は、ロッカーのように鍵がかかるタイプで、そのげた箱に靴を脱いで入れると、いつもちゃんと鍵をかけていたのだが、ある日、帰り際にげた箱から靴を出して履こうと片方に足を入れたら、足に何かが触った。
    ひんやりと冷たくて、やわらかい感触・・・。靴下の上からでも、それがはっきりと分かった。
    何だろうと靴の中を見ると、まるで今摘み取って来たかのようなみずみずしさを保った真っ白な花が一輪入っていた。
    遺体安置所の父親の上に置かれていた花が、正にその花だった。
    ああ、きっと、父の遺体に触れたとしたら、あの花の感触と同じだったんだろうな・・・。あの日の白い花の感触は、父親の肌そのものだったに違いない」

    本当に不思議な体験談だった。

    これを語った女性は、今、大震災の記憶を原稿にまとめているそうだ。

    他にも、保育園に通っていた息子を津波で亡くした母親は、最近、自宅の仏壇の前に座ってニコニコ微笑んでいる息子の夢を見たといい、やはり、津波で奥さん、11カ月の長男、生後間もない次男を亡くした男性は、背が伸びてお兄ちゃんらしくなった長男と次男が着物姿の見知らぬ女の子と手をつないで夢に現われたと、話していた。

    男性は、

    「二人の息子がすぐそばにいることが分かるんです。だから、いつまでも悲しんでばかりいられない。息子たちに恥ずかしくない父親になります」

    と、前向きな決意を言葉にしていた。

    あの日、思いもかけない悲劇に襲われた人々は、皆、何とかして愛する肉親の死を納得し受け入れようともがいている。

    「どうして、彼らは死ななければならなかったのか・・・。運命などという陳腐な一言で片付けて欲しくはない」

    しかし、その答えが出ない以上、おそらく遺族は一生それを納得することは出来ないであろう。

    ならば、せめて、彼らの想いを自分の想いとして心の中にその存在を感じていたい----その気持ちがこれからの人生を前向きに生きるための支えともなる----そう番組は伝えたかったのではないかと思いながら視聴した。

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ネットでの反論は攻撃と認識される [ちょっと、一息 40]


[本]ネットでの反論は攻撃と認識される



    先日の新聞記事に、インターネットとの向き合い方について、フェリス女学院大学の高田明典教授の見解が掲載されていた。

    現在のネット社会を、実に的確に分析している。

    ネットが社会に与える影響として、

    「まず、感情の過剰反応を促している」

    と、教授は語る。

    人間は、生身の対面型コミュニケーションを前提に進化し、社会も発達してきたのだが、そこに文字だけのコミュニケーションが登場したことで、これが生身のコミュニケーション能力が備わっていない若者層に急速に広まってしまったがために、自分と違う意見を攻撃とみなして、頭に血をのぼらせて激しく反論したり、また、逆に殻に閉じこもってしまう者も出て来たというのである。

    実際に顔を合わせて話をすれば、相手の微妙な声や表情なども分かるために、それほど険悪にならないことでも、文字だけのやり取りでは、極めてダイレクトにしか内容が伝わらず、時には、読み手の感情を必要以上に刺激し、『孤独』や『悪意』までも増幅させることになり兼ねない。

    そして、この『孤独』や『憎悪』は、ネット利用者に悪意のよろいを身につけさせることともなり、時には、自分と同じような感情を懐く仲間を広げる手助けもしてしまうのである。

    しかも、残念なことに、一度こうしたよろいを身につけた者たちが改心することはほとんどないし、良心や寛大さが増幅されることもまずない---と、教授は語る。

    そして、そうした悪意の攻撃に遭った場合、現実社会の常識的感性で生きている人たちは、ネット社会では太刀打ちできない。何故ならば、良心は悪意に反撃することが出来ないから----と、説くのである。

    さらに、

    「ネットは増幅装置であり、出来ないことを出来るようにするわけではなく、能力や技術をより強化、拡大することが出来るという装置であるため、実際ネット社会の中では、『格差』が拡大しつつある。高度な技術を獲得するものは、さらに高度な技術を獲得し、ネット社会の中で力のある者と落ちこぼれ組との落差が、どんどん開いているのが現実だ」

    ということなのである。

    教授は、ネット社会のもう一つの特徴として、『群化』があるという。

    傷付くことを恐れる人たちが、同じ意見を持つコミュニティーの中でだけおしゃべりをする。そして、自分たちの意見のみが正しいと思い込んでしまう。

    これもかなり怖いことだが、思い当たる節のある人も多いだろう。

    または、そうしたコミュニティーからのけものにされたくなくて、反論が書き込めないという人も少なくないはずである。

    自分はネットの『高適応軍』だと思っている人ほど、実は適応できていないというケースが多々あるのも事実。

    つまり、教授は、ネット社会の中ほど、利用者の対話能力が必要となる----と、諭したいのではないかと思われる。

    しかし、そこへ至るまでには、自ら右往左往しながらネットを活用し、なおかつ良きにつけ悪しきにつけさまざまな体験を経る必要がありそうだ。

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ナトリウム量と食塩量って、どう違うの? [ちょっと、一息 40]


[サーチ(調べる)]ナトリウム量と食塩量って、どう違うの?



    今日は内科の診察日だった。

    「夏はたくさん汗をかくので、腎臓のためにも水分を多めに摂って下さい」

    と、担当医の先生からアドバイスを頂いた。

    診察のあとは、久しぶりに栄養指導室へ-----。

    そこで、栄養士さんから興味深い話を聞いた。

    皆さんは、よく食品のパッケージなどに表示されている、「ナトリウム」という言葉を見たことがあるだろう。

    「ナトリウム」とは、もちろん塩分のことなのだが、実は、これ、いわゆる食塩量とはまったく違うのだそうだ。

    たとえば、カップラーメンの栄養表示に「ナトリウム 2.5g」とあったとする。

    これを単純に、「食塩2.5gだから、大したことないわね」などと思ったら、大間違い。

    ナトリウム量(mg)×2.54が食塩量の概算になるのだそうだ。

    つまり、2500mg×2.54となり、食塩量に直すと6350mg----これを1000で割ることで、本来の食塩量がはじき出され、カップラーメンをつゆまで飲み干せば、食塩を一気に6.35gも摂ってしまったことになるのだという。

    早い話が、ナトリウム400mgは、食塩1gと考えれば、おおよその食塩相当量が分かるのだそうである。

    食品メーカーは、消費者の錯覚(無知)を利用して、如何にも少ない食塩量を使用しているように見せてはいるが、そこには実に巧妙な販売戦略が隠されていることを知っておく必要があるようだ。

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こんなことってあるの? [ちょっと、一息 40]


[いす]こんなことってあるの?



    長野・松本市の私立の小中一貫校「才教学園」で、免許のない職員が授業していたことがわかり、警察は21日、教員免許法違反の疑いが強まったとして、学校を家宅捜索した。
   才教学園は20日、2005年の開校当初から、免許のない補助の職員が授業をしたり、中学校の教科の免許しかない教員が、小学校で担任をしていたことを明らかにし、謝罪したうえで、「事務長の認識不足によるもので、組織的に行ったものではない」と説明していた。
   警察は、免許のない者が教員となったり、教員として雇用することを罰する、教育職員免許法違反の疑いが強まったとして、21日、学校を家宅捜索した。(YAHOO!ニュース)



    
    こんなことって、本当にあるのだろうか?

    教員免許がどういう種類に分けられているかなど、素人にだって判りそうなものだ。

    それを、教育のプロが、「認識不足でした」とは、にわかには信じがたい。

    さらに信じがたいのは、免許を持っていない者を採用した学校側の意識はもちろんだが、採用された側が、採用試験面接や免許コピー提出の時点で、「実は、わたしは小学校教諭免許は持っていないのですが・・・」と、何故、自己申告しなかったのか----ということである。

    それとも、小学校教員免許を持っていないことが判っていながら、「いずれにしても補助教員なんだから、そんなに四角四面に考える必要はないのでは?」とでも、双方が深く考えていなかったのだろうか。

    公立校ならばいざ知らず、私立はある程度の自由裁量が容認されてしかるべき----と、甘く考えていたのかもしれない。

    学校教諭に採用されたくても試験ではじかれ続けている者は多い。

    いや、万が一採用試験に合格しても、各学校に実際に雇用してもらえるかは、また別問題なのだ。

    せっかく採用試験が通っても、雇用校が見付からなければ採用資格は失効してしまう。

    やはりそこはある程度の人脈や縁がなくては就職もままならないことは、採用試験を受けたことがある者ならば自明の理だ。

    個人の素質や成績だけではいかんともしがたい現実があるのは、いつの時代も同じなのだ。

    しかし、もしも、無資格のまま児童や生徒を教えることが出来る現状がまかり通れば、これまで歴とした資格を持ち、なおかつ教員になりたいという長年の夢、情熱、実力がありながらも、コネがないばかりに悔し涙を飲んで来た誠実な不採用者たちに、県教育委員会はどう説明をつけるつもりなのだろうか?

    また、そうした無資格者の授業を受けた子供たちの単元履修は、果たして認められるのだろうか?

    認められるというのならば、何も教員資格を持たなくても小、中、高の教師は誰にでも出来るという前例を作ることになる。

    この前代未聞の不始末----県は何処に落とし所を見付けるのか、県民は冷ややかな視線で今後の成り行きを見詰めている。

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やっぱり夏はこれでしょ! [ちょっと、一息 40]


[ビール]やっぱり夏はこれでしょ!



    「ほんとにあった怖い話 夏の特別編2013」----夏といえば、やっぱり、これでしょう。

    鈴木福くん主演の引っ越した家の二階に幽霊が住んでいるというエピソードも、なかなか怖いものがあった。

    子供の純粋な感性故に見えてしまう幽霊たち。

    でも、大人は信じてくれない。

    幽霊も怖かったが、母親が「うちにはお化けがいる」と、いう子供の声にまったく聞く耳持たずの方が、何だか不気味な感じがして・・・。

    もしや、あの家の二階が幽霊たちの通り道になっているのではないかと、想像してしまった。



    研修医が病院で奇怪な体験をするという「Xホスピタル」は、恐怖体験の定番といえるが、やはり、夜の病棟は気味が悪いもの。

    ただ、夜の病院ほど実は騒がしい空間もないので、ああいう体験は、実際にはあまりないのではないかと思われる。

    誰が押すともしれない無人のストレッチャーに追いかけられるようなことがあっても、入院病棟は患者であふれているし、ナースステーションも24時間煌々と明かりをつけて稼働している。

    廊下だって、看護師さんたちが何度もラウンドに回るし、トイレへ起きる患者が何人も行きかう。

    必ず誰かに気付かれるはずだ。

    あの研修医さんは、日々の激務でよほど疲れていたのだろうなァ・・・と、思わずにはいられない。

 
    
    中でも奇妙だったのが、学校でのエピソード。

    女子校という設定だけに、ああいう集団恐怖体験のようなものはあり得るだろうな・・・と、思った。

    校舎の屋上から飛び降りる女子高生の姿を、大勢の生徒が目撃する。

    しかし、その少女の身体は飛び降りた途端に消えてしまう。

    それが何度も何度も繰り返される。

    錯覚が共有されるという摩訶不思議な現象だった。



    黒い影が入って行った家に不幸が起きる----という話は、その影の正体の説明がなかったのがちょっと残念。

    主人公の女性と彼女の祖父だけに見えるという怪現象。

    幽霊というよりも、彼女自身の霊感の強さがそうした奇異なものを見せてしまうという超能力的お話。



    最後は、アンティークショップで手に入れた木彫りの兵隊人形が、買った女性の周辺に災いをもたらすという話。

    せっかく出来た彼氏が人形の呪いに脅かされて彼女の元から去り、彼女の友人も怖い体験をする。

    女性は、人形にまがまがしい恐ろしさを感じ、ついには捨ててしまうのだが、人形はボロボロになりながらも彼女の元へ戻って来てしまう・・・という都市伝説的ほん怖。



    今回の「ほん怖」は、昨年ほどのインパクトはなかったものの、夜一人で観るにはちょうどいい感じの怖さだった。

    ユーチューブ投稿映像などで怖がらせる番組が最近増えて来たが、こういうドラマ仕立ての納涼物も正に背筋が寒くなる・・・という意味では絶品。

    ぜひこれからも続けて頂きたいものである。

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